142 状況説明と安らかな岩の個室
急いで洞穴に戻ったシウは、遠巻きにされたままのヒルデガルドと、どうしていいか分からないといった顔の面々を見て苦笑した。
「見ての通り、森の中を彷徨っていてね、あちこち破けてるんだ。幸い治癒魔法で怪我は治ったみたいだけど、虫に追われたりして疲れてるし食事もしていないんだ」
「……まあ! では、すぐに用意します。コーラ、あなた替えの服を用意して差し上げて」
「あっ、はい! どうぞ、こちらへ」
従者としてアリスに付き従うコーラはヒルデガルドが何者かは分かっているようだった。急いで女子たちの専用小部屋としている場所まで案内していた。
アリスはヴィヴィと一緒に食事の用意を始めてくれた。
「シウ君もまだでしょう?」
「うん。もうペコペコ。疲れたよ」
ヒルデガルドがいなくなると、途端に騒がしくなった。
皆がテーブルに集まり、誰とはなしに話を始める。
「最初の広場にいた生徒たちはもう護衛と一緒に撤退し始めたそうだ」
「夕方までに中間の野営地にいた生徒まで辿り着いたそうで、体調を崩した生徒を先に救助したらしいよ。ここは最後になるから申し訳ないって、マット先生が言ってた」
「そっか。じゃ、明日の昼ぐらいになるのかな。結局二日かかったかー」
「シウの言った通りだったね」
「本当はもう少し早いと思ってたよ。一日ぐらいで、せめて護衛ぐらいは来ると思ってたんだけどなー」
溜息を吐くと、先にサラダをどうぞとアリスが木で作った皿に入った野草盛りを渡してくれた。
フェレスもテーブルの下で、獣の肉をもらって食べている。
「このへんは何もなかった?」
食べながら聞くと、レオンが特にないなあと答える。
「時折、すごい音が聞こえてきたが」
「そうそう、爆発音みたいな」
「ああ、それ。爆発してたんだよ」
「……スタンピード発生地点でか?」
レオンとリグドールが身を乗り出して聞いてきた。
「うん。埒が明かないんで、竜騎士の体力に余裕を持たせるためにと、爆発させてた。攻撃力のある魔法使いが竜騎士にはあまりいないんだって。でもあれだけできたら、充分だよね」
「……すごいな。竜騎士の戦いをその目で見たのか」
いつも冷静なレオンが興奮して、鼻息が荒い。もちろん、リグドールは頬が紅潮していた。
「いーなー。見たのか!」
なんとなく嫌な予感がしたので、牽制するためにちょっと脅かしてみた。
「その代わり、四肢が飛び散ったぐっちゃぐちゃの魔獣の死骸を山のように見たけどね」
皆がウッと息を呑んだ。
そして、お互いに顔を見合わせている。
「魔獣の毒液を浴びて酷い目に遭った騎士もいたし、戦場ってろくなもんじゃないね」
言いながら、スープを飲んだ。
「あ、美味しい。アリス、料理が上手になったね」
「……え、ええ。それよりシウ君、その」
褒めたのに、アリスの顔は浮かない色で、心配げだった。どうしたのだろうと思っていたら、ヴィヴィが後ろからやってきた。
「食べてる時にそんな話をしちゃダメでしょ! 皆も! シウは疲れてるんだから、食べてる時ぐらいほっといてあげたら?」
腰に手を当てて怒るものだから、皆、慌ててテーブルから離れて行った。
「もう! ……でも、こうして皆が笑って話ができるのも、シウが無事に戻ってきてくれたからよ。何もなくて良かった」
「うん。ありがと、ヴィヴィ」
彼女はちょっと照れたような顔をして、それからパンを渡してくれた。
「はい、ちゃんと食べないと。明日もどうせ手伝いに行くんでしょ?」
「あ、うん、たぶん。聞いてないけど、そうなる、のかな」
「だったら、いっぱい食べて、ゆっくり寝ること!」
「ヴィヴィ、お母さんみたいだね」
微笑ましくて、褒めるつもりで言ったのだが、何故か急にヴィヴィの顔が曇った。
「……みんな、そんなこと言うんだけど、あたしってそんなに老けて見える?」
どうやら真剣な悩みになってしまったようだ。
シウは慌ててパンを置き、彼女の慰めに入った。隣ではアリスがようやく心配そうな顔から、笑みを零すようになった。
食事の後、浄化をかけてからフェレスを先に寝かせ、シウは皆と打ち合わせをした。
この日も一日ほとんどの生徒が籠っていたようだが、周囲の探索と罠設置などのためにレオンやリグドール、そしてスタンたち大人の護衛が交互に見回っていたそうだ。
罠にかかった獣を解体したり、野草を集めたりもしたとかで、意外と食糧は残っていた。
兵站科のディーノが物資の管理をしてくれるので、節約も上手にできているようだ。
万が一のことを考えて、全員で工夫しているとか。
だからこそ、教師からの連絡にも、救助は最後でいいと答えられたそうだ。
「浄化ができる生徒もいてね、皆やっぱりお風呂に入れないのは辛いからとても有り難いよ」
「へえ、そうなんだ」
「それと、シウの考えた便所だね。あれはとにかく評判が良い。王都に帰ったら即、商人ギルドへ行くべきだよ」
などと、最後には和気藹々とした話になった。
ちなみに、岩石魔法の持ち主は自分の力の有用性に気付いたようで、張り切って洞穴を広げ、居住性能を更にあげていた。
シウには個室を与えてくれるぐらいで、安眠してもらえるよう頑張った、と言われてしまった。
その日は確かにぐっすり眠ることができた。
個室と言っても、大人が一人寝られるぐらいの広さしかないが、ちゃんとふかふかのベッドを作ってくれていたのだ。
枯草を干して、浄化したものを幾重にも敷き詰めて、その上に看護用で持参していたシーツを敷いてある。
部屋にも蔓のカーテンが設えられており、ゆっくり寝ることができるようにとの優しさが見えた。有り難いことだ。
朝起きて伸びをしたら、体がとても気持ち良かった。
蔓のカーテンを開けると、ちょうど女子たちも起き出してくる頃でカーテンが開いた。
女子の部屋のカーテンは葉や花も飾られており、どこかアジアンテイストな様相をしていて面白かった。
笑っていると、ヴィヴィが首を傾げて、どうしたのと聞くので正直に答えた。
「だって、花を飾ってるんだもん。女の子って、すごいね」
「そう? でも、こんなところだから、気持ちが落ち込んじゃうじゃない。ちょっとでも明るくしようと思ったのよ」
「そうだね。それって、すごく良いことだと思うよ」
「ほんと? 最初はコーラにも引かれるし、アリスだって絶句してたのよ」
「でも今は違うでしょ?」
「ええ、まあね」
えへへ、とヴィヴィは照れ臭そうに笑った。
「まだ早いわよ。シウは休んでたら?」
「ヴィヴィは?」
「あたしは、朝ご飯の用意。朝が早いのは慣れてるしね」
「僕も手伝うよ。僕も、朝は早いんだ」
そう言って台所になっている場所まで二人して向かった。
大きな中央部分では当番の生徒が二人、座っていて、お互いに朝の挨拶をした。
「表の見張りもそろそろ交替かな。俺は見張り当番を起こしてくるよ」
そう言って一人が寝室にしている部屋へと向かった。男子の部屋はひとつだけで、大部屋だ。ただし、見張りをしている者には個室が与えられていた。時間差があるので睡眠を妨げないようにとの配慮かららしい。
皆、よくよく考えているものだなと思った。
今朝の食事が最後になるかもしれないしと、シウは背負い袋から取り出したように見せて、とっておきの出汁の素を取り出した。
「それ、なに?」
ヴィヴィが見つめるので、シウは、にこにこと笑って自慢した。
「スープの素。どうせ作る手間は同じだから大量に作り置きしていたんだ。それを、携帯しやすいように固形化したんだよ。これだと味気ない冒険の旅が、少しはましになる」
「……面白いこと考えるのね」
「堅焼パンだけの旅って、意外と堪えるんだよ」
「身に染みてるわね。どこかの冒険者みたいな台詞よ。うちに来るお客さんも、食べる話が多いけど、もしかして冒険者特有の職業病みたいなものかな」
「そうだと思う。ほら、長く旅に出ていた冒険者が街に戻った途端に言うのが――」
「「肉ーっ、肉をくれ!」」
二人で顔を見合わせて笑う。有名な冒険者の物語にある一節なのだ。
「ま、実際には肉は現地で調達できるんだけどね」
「ああ、狩った魔獣? でも食べられないものも多いんでしょ」
「毒のあるのとかはね。でも意外となんでも食べられるよ」
「うーん。あたしは嫌だな。こう、うねうねっとしたのは、無理」
「あ、蛇とか?」
「やめてー。その名前を聞くだけでも無理」
そんな風に騒いでいたら、他の女子も起きだしてきた。
「手伝います!」
アリスが慌てて参加してくるので、シウはいいよいいよと手を振った。
「ずっと料理担当なんだよね? 今朝は僕がやるから、座ってて」
「いえ。手伝います」
いやにハッキリ返されてしまった。
「そう? じゃ、このパンを半分に切っていってくれる?」
「はい!」
アリスが張り切って手伝う中、コーラは休みたいけど休めない、そんな感じで右往左往していた。
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