124 嫌な予感
森の中へ入って一時間ほど経った頃、異変を感じた。
シウはすぐにパーティー内と騎士見習い三人、それから護衛のスタンたちに下位通信魔法を使って知らせた。
「(止まって! 緊急事態発生。全員集合!)」
斥候役のヴィクトルが一番遠かったが、全員同じぐらいに女子三人のところへ集まった。こうした緊急事態で集合する場合、指定しなければ女子を中心にすると事前に決めていた。
「どうした、追いつかれているのか?」
「違う。ものすごいスピードで近付いてくる大きな物体がいる」
隠す必要も取り繕うこともせず、説明した。
「たぶん、竜だと思う。追いかけあっている二頭を先頭に、その後からもかなりの数が続いている」
「え、え、え?」
ニールが意味が分からないといった様子で声を上げた。シウの顔をみて冗談じゃないと知ったのか、周囲の人の顔を順に見回している。
シウのパーティーは誰も嘘だとは思わなかったようだ。
「探知の魔道具か? だが、このへんに、竜はいないはずでは」
スタンが信じられないというよりは信じたくないといった様子でシウに問いかけてくる。冷静なように見えて、しかしその顔には警戒の色が現れていた。
「竜は、たぶんこれ、大繁殖期の影響じゃないかと」
「……そういえば、そのような通達があったが」
護衛の間でも連絡は入っていたようだ。だがやはり半信半疑だったのだろう。
「とにかく、これは間違いないと思って。もし間違っていても、ただのバカな少年のほら吹きで済むけれど、間違っていなかった場合は――」
「ああ、とんでもないことになる」
スタンは敬語を止めて、顔を引き締めた。シウも厳しい顔で続けた。
「進行方向はやや外れていますが、いつこちらに方向を変えるか分からない。僕が誘導してくるので、スタンさんとロドリゲスさんは生徒たちを護衛しながら、あちら」
と、北北西を指差した。
「洞穴のあったところです。後で調べたら、奥深くまで頑丈な岩で作られていました。そこに避難をお願いします。他の生徒たちを見付けたら彼等にも避難指示してください。大人の護衛の言うことなら聞くでしょうから」
「いや、しかし」
「待ってくれ。確かそこには岩猪などがいたのでは?」
「今はいない。彼等は竜の異変を感じていたのかも。昨日の行動もおかしかった。いたとしても、スタンさんたちでなんとかなるし、君らでも狩ることはできる。それより、あそこに入ってくれた方が僕は助かる」
全体に空間壁で取り囲んで防御できるからだ。
「一応、探知式の魔道具を付けていて。何かあったらこれで伝わるし、コーラとクリストフが通信魔法を使える。レオンは攻撃に徹して、そのための指示に通信魔道具を使うといい。スタンさん、あなたはアレストロの専任だけれど、お願いします、皆を――」
「それはもちろん、了解している。だが、君は本当に?」
「内緒ですが、僕には逃げるだけなら誰にも負けない魔道具を持っているんです。フェレスもいますので。それより、皆がいると気が散ってしまう」
「……分かった。ここで言い争っている暇はない。君を、信じよう。だが、必ず」
スタンの言いたいことは分かった。
「大丈夫、逃げ足だけは冒険者の爺様に鍛えられたんです。誘導が終わったら戻ってきます。それまで持ちこたえていてください。それと、コーラ、クリストフ、先生たちに――」
「分かった、連絡ね!」
二人はすぐに通信を始めていた。
「……シウ、本当に大丈夫なのか、その、俺たち」
手伝いたいが足手まといなのは充分分かっていると、その顔に書いてあった。なにしろ大人の護衛であるスタンたちが一緒に行くとは言わなかったのだ。
リグドールのその不安な顔を、シウは笑って軽く叩いた。
「なんだよ、その顔。大丈夫だって」
「あ、うん」
「これはもう訓練でもなんでもない。だから魔法袋から使えるものは出して使っていいから。後で先生に怒られるなんて心配必要ないよ」
「……そうだな」
「それに、嫌な予感もする。こっちより、むしろ皆の方が心配だよ。とにかく気を付けて。いいね?」
それぞれに付与をつけたピンチを体に付けるよう指示して、シウはすぐに、フェレスの上に跨った。
「通信は常に開けててね。クリストフ、さっきのピンチは外したらクレールの声が入るから気を付けて。じゃあ、洞穴で再会しよう。死ぬ気で走っていってね。疲れたらポーション飲んで!」
シウの魔法袋も渡し(その場で使用者権限を外して)、シウはそのままフェレスと飛び上がっていった。
昨日から気になっていたので、シウは高域全方位探索を更に広げて森全体を探知していた。
上空もある程度探知していたのだが、竜たちはもっと上の高高度を蛇行して飛んでいたようだ。今も、探知内に入ったり出たりと、追いかけあっているので動きが読めない。
が、どうしたって近付いてくる。こちらに目当てがあるのだ。
シウは探知を思い切って更に広げてみた。
クラッと頭が回りそうになる。いつもよりも桁違いの情報が一気に流れ込んできて、気分が悪くなった。慣れるまで時間がかかりそうなので、探知を竜の気配のみに絞ってみた。
「いた!」
竜が、ロワイエ山脈の北北東にいる。数体だが、小ぶりだ。
「そうか、あれが、雌か」
いつの間にあんなところへ雌の竜が来ていたのか、最近ロワイエ山へ行っていなかったので気付かなかった。
(《感覚転移》)
周辺を調べてみると、魔素溜まりがある。更にあちこち移動させてみると、火口ができていた。
「地下からマグマが噴出したのか。というと、火竜、リントヴルムだ」
厄介だなと思う。火竜は気性が荒いのだ。体の大きさはさほどでもないのだが、とにかく荒っぽいことで有名らしい。
「フェレス、かなり大変な追いかけっこになるけど、やってくれる?」
「にゃ!」
任せて、と勇ましい返事がきたので、シウはフェレスの後頭部を撫でながら、雄の群れが飛ぶ空域まで向かわせた。
そうしながらも、リグドールたちの様子はちゃんと見ていた。
先ほど、皆に渡したピンチには防御と軽い身体強化をかけている。あのあたりにいる魔獣相手になら傷を負うことはないだろう。
が、心配なので《感覚転移》のひとつをそちらに向けていた。
そして、生徒たちを追い込む魔獣役の教師たちも俯瞰で確認した。
最初はコーラやクリストフの通信を冗談だと思っていた彼等だが、大人の護衛から「間違いない」と伝えられてからは本気で狼狽え始めていた。
状況を確認するために騎獣に乗って上空へ上がり、探知をしている教師も出てきたので、そちらは安心だと思って探知を切った。
問題は、先ほど広範囲の全方位探索をやった時に、逃げている生徒たちを追いかけているはずの指揮科のメンバーだ。騎獣に乗った者もいるはずなのにどうもゆっくり進んでいる。あれでは逃げ遅れてしまうではないか。
幸い、教師がすぐ近くにいるので、拾っていってくれると思うが。
そんなことを考えている間に、ものすごいスピードで飛んでいる竜の群れを肉眼で見付けた。
「よし、集中だ」
パシッと自分の頬を叩いて、フェレスにも伝える。
「行くよ! 怖くても、僕の指示通りに飛ぶんだよ」
「にゃっ!」
うんっ、と勇ましい声で応えてくれた。
周りで何かがウロチョロしていても全く目に入らないのか、それとも繁殖期による興奮のせいか、火竜たちはお互いに邪魔をし合いながら飛んでいた。
時折、吹き飛ばされた若い竜が森に落ちていく。そのあたりの木々が滅茶苦茶に薙ぎ倒されていた。
巻き込まれた鳥も獣も、おかまいなしにその場で争いが始まる。
「天災って、本当だなあ……」
一応、ガルエラドに教えてもらった、竜語を風に乗せて伝えたのだが誰も聞いちゃいない。そもそも繁殖期は荒々しくなり冷静にはなれないそうだが、この大繁殖期は規模が大きく期間も長くなり、更には荒っぽさが増すと言う。
「やっぱり無理かあ」
ガルエラドには下位通信魔法で伝えたが、さて、本当に届いているのやら。彼がどこにいるのかも分からないし、そもそも下位の通信では遠くまで届くのかも不明だ。まして離れた場所にいると、こちらへ来るにも時間がかかる。
誰も当てにできないので、シウは彼等の気を引きつけることにした。
(《閃光弾》)
光属性のレベル五まで使って、凝縮した明かりを一気に弾けさせたのだ。
「ギャッ、ギャギャギャーッ!!」
ついでに、竜の嫌がる音というのを教えてもらっていたので、空間壁に圧縮させたシウの声で作った音を風属性魔法で一気に加速させて弾けさせた。
「ギャーッ!! ギャオギャッギャギャギャ!!!!」
森に落ちた竜と追いかけて争っていた竜は、その場で身悶えており、飛んでいた竜たちはその場をぐるぐる回って頭を掻きむしりたいといった動作で、小さな前足を頭にやっている。
何度か、ガポッと間抜けな音を出して火を吐いていたが、どこにも到達せずに不完全燃焼のように途中で消えていた。
やがて、辺りを見回して犯人捜しを始め、ようやくシウに気付いた。
何あのちっこいの、といった声が聞こえてきた気がする。
そして、竜だというのにとても人を馬鹿にしたような視線を向けてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます