125 火竜の大暴走
しようがないので、シウは空間庫から水竜の角を取り出した。
「ほーら、水竜の角だ。僕が倒したんだぞー」
と、せいぜいこちらもバカにしたような顔をして、振り回してみた。
最初はなんだ小さいのがウロチョロしてるぜといった様子の火竜だったが、ふと、振り返ってこちらを凝視した。
シウの持っている角に視線が行ったらしい。
「ギャ、ギャ……? ギャギャギャギャ」
真下ではようやく正気に戻った火竜の二頭が上空の火竜に目を向けてから、こちらを見た。
「ギャッ、ギャギャギャッ!!」
シウは全員がこちらを見たのを確認してから、彼等にもよく分かるようにもう一度、閃光弾を放つことにした。今度は分かり易く手のひらに圧縮した玉を作り、それを光らせながら彼等の元まで一気に飛ばす。
なんだ、と見ている彼等の前で閃光弾が破裂し、強烈な光がその場を覆った。
「ギャ、ギャギャギャギャッ!!!!」
怒ったのか、火を纏い始めた。
森に火が付いたらまずいと思ったが、森にいた二頭は上空に飛んでくるだけで火を纏っていない。
じっくりと見極めているような気がする。
「しようがないなあ。よし、これは水竜の尻尾と目玉だぞ! 肉は食べちゃった!」
まだあるが出すのが面倒だし、そもそも出しても竜のものだとは分からない気がする。なんといっても全部ブロックに分けてラップしてしまっているのだから。
が、肉まで出さずとも気付いてくれたようだ。
これが、水「竜」のものだと。
火を纏った竜がどんどん増えていく。
その瞳に怒りが灯った。
よし。
「フェレス、行くよ!」
フェレスの体を軽く叩いて、その場で反転した。同時に勢いを付けて飛ぶ。フェレスの得意な弾丸スタートだ。
後ろからは竜の遠吠えが聞こえてきた。同時に圧力のようなものも感じた。
下位とはいえ、さすが竜だ。
一際大きく鳴いた声など、胴にびりびりと響くぐらいだった。
フェレスが怯えたらどうしようかと思ったが、大物なのか天然マイペースだからか、全く気にせずにそれどころかとても嬉しげにスピードを上げて飛んでいる。
今どうなっているのか理解しているのかなあと、ちょっと呆れてしまうほどだ。
誘導は上手くいって、ロワイエ山脈の北北東にできた火口まで一直線に向かっていた。
そこでもきっと雄同士の争いに発展するのだろうが、周囲に人家もないし貴重な採取場でもなさそうなので被害が大きくならない程度にやってほしい。
ところで、猫型騎獣のフェーレースは騎獣の中ではあまり早い方ではない。ティグリスという虎型騎獣や、ドラコエクウスという竜馬の方が早い。
それにシウはまだ見たことはないが聖獣の方はもっとスピードが出せるらしく、とても敵わないとか。竜より早い聖獣もいるそうだから、この世界でも一位二位を争うほどだろう。
というわけで、フェレスは飛竜よりも断然遅く、火竜にだって追いつかれてしまうほどのスピードしか出せない。
それで追いかけっこをするなど、バカにされても仕方ないのだが。
「ギャ、ギャギャギャ?」
追いつかれそうになると、スッとバレない程度に少し先へ転移する。
フェレスは転移に慣れきっているし、これも遊びの一環として受け止め、とにかく楽しそうだ。
主に、後ろの火竜をやりこめられるのが、だろうが。
何度か振り返っては「にゃにゃーん」と挑発しているようだった。
「お前、性格いいね……」
「にゃ!」
いいよ! と返されてしまった。嫌味が分かっていない。そんなところも可愛いのだけれど。
「ギャッギャギャゥギャゥッ」
何度か火を吐かれたりもしたが、その度に躱したり、空間壁を使って軌道を逸らしたりした。
間違って森に落ちそうな時は空間で囲ってから圧縮して火を消した。
繁殖期だからか、彼等は連携してどうこうしようとは考えないらしく、それぞれが向かってくる。
ただ、連携したかのように、お互いへの干渉は減った。自分の飛行ルートに誰かが飛んでいたら体をぶつけてはいるが、そこから争いに発展しないのはシウとフェレスが巧みに誘導しているからだ。
まあ、主にフェレスが、
「にゃにゃーん~にゃにゃ?」
などと、のんびり鳴いて、尻尾を振ったりして。
なんというのか、竜は尻尾を振られるのが嫌いだと聞いたことはあるが、本当なのだなあと思った。
王都の本は正しかった。
やがて火口に近付いた。雌たちが見上げている。その真中へ突入すると、雌が驚いて身を引いてはいたが、特に敵対行動は見受けられなかった。
それよりも雄たちの団体に視線は向いている。彼女たちも繁殖期に入って、雄ほどではないが理性を失っているようだ。こんなところに人間が飛んできたのに気にしていないところがそれを証明している。
雄たちは上空で一度止まり、ようやくここが本来の目的地だと気付いたみたいで目の色が変わった。
一頭が先に雌へ向かおうとした。が、慌てて別の一頭がそれを止める。
「数体ずついるんだから、争わなくても雌に決めてもらえばいいのに」
ガルエラドに聞いたのだが、大繁殖期の竜はハーレムを作りたがるそうだ。普段は番を決めたら、死なない限りは一生同じ番と過ごすそうなのだが。
「動物の本能なのかなあ」
火口は熱かったので、シウたちはこっそりと見下ろせる一番上の岩場まで行って、そこに降りた。
フェレスが何度か足踏みをしたので、
「熱い?」
と聞いたら、そうでもなさそうで、ゆっくりと足を付けた。
「にゃ?」
あつくない、との返事だった。
そんな話をしている間にも争いは始まった。雄同士の戦いだ。
そりゃまあ激しいものだった。
火を噴いたって、お互い火竜で効かないのに、ブォーッと噴き合っている。
そのうち意味がないことに気付いた雄たちは、前足の爪で引っ掻き合ったり噛み付いたりと原始的な争いに移行した。火竜も魔法は使えたと聞いたが、飛行魔法と火魔法しか持っていないのかもしれない。
そうして少しの間見ていたが、決着がつかないのか場所を変えようとし始めた。
「もう……ここでやればいいのに」
場所は離れているが、人が稀に立ち入る採取場もあるし、シウのとっておきが壊されるのも嫌だ。
人が立ち入らないここでやってほしいと思い、初めてのことだが、この火口一帯を空間壁で囲んでみた。
「おお、すごい魔力量だ」
あっさりできたが、魔力量計測器がすごい数値を叩き出していた。
一頭の火竜がその壁に当たって跳ね戻された。更に別の火竜の吐いた火も壁を境に横へと広がった。
雌が首を傾げていたが、戦っている雄たちは一向に頓着せず、何度も壁にぶつかりながら死闘を繰り広げていた。
そうして見ていたら、突然声が聞こえた。
「(ガルエラドだ。聞こえているだろうか。竜たちがどうなったか教えてほしい。どこにいるのか分かれば向かう)」
びっくりしてしまった。使えるようになったのだ。
しかも返信が早かった。二時間も経っていないのではないだろうか。
シウは慌てて、急いで返信した。
「(ロワイエ山脈北北東に新しく火口ができたようで、そこに雌五頭、雄は、生きているのが十頭、死んだのが八頭、かな。とりあえず外へは行かないように見張っている。急がなくてもいいとは思うけど。一頭になるまで見ていていいのかな)」
返事が来るまでは様子を見ているしかない。
あ、でも空間壁で囲っているから《感覚転移》で見ていれば、演習場の森に戻ってもいいかもしれないなあ。
と考えて、演習場の森をもう一度広範囲に見てみた。
リグドールたちがようやく洞穴へ辿り着いたようだ。かなり早い。二時間であそこまで走り抜けたのか。
慎重に辺りを見回しながら、洞穴へ入っていく。外では騎士見習いの三人を中心に警戒しており、洞穴へはスタンとレオンとヴィクトルが入っていた。
ここからの探知では大丈夫なのだが、訓練にもなるしと思って知らせないでいた。
教師たちは探知によって火竜を見たか知ったようで、ものすごく慌てて森の中を突っ走っていた。
他の生徒たちも、先に出発した生徒たちは慌てながらも二番目の野営地に向かっているようだ。
ただし、シウたちと同じく後半に回された生徒たちはかなりバラバラで、放射状となっている。教師が見付けては誘導しているが、まるで戦線が伸びきった状態で始末に負えない。
一部の生徒はスタンたちが連れて洞穴まで連れて行ったようで安心だが、野営地寄りはともかくとして後半の逃げ遅れた生徒たちは心配だった。
なんといっても、火竜が森に落ちて暴れたせいで(その前からもその威圧に恐れをなしてか)魔獣たちが逃げ惑っているのだ。
それよりももっと足が遅いのが指揮科で、てんでバラバラに走っている。
それと、連絡を受けているはずの戦略科の一部が来た道を戻っていた。
誰だろうと脳内マップを狭めてみたら、ヒルデガルドとそれを追うエドヴァルドや護衛たちだ。
「……あの人たちは、もう」
何やってんだろう。
呆れてしまったが、大きすぎる正義感で取り残された生徒を助けに行こうとでもしているのだろうと思った。そんな人たちだったなあと溜息が漏れた。
二次遭難に遭うとか、捜索隊の人に迷惑をかけるなんてことは、考えていないのだろう。シウは下位通信魔法を使って、あちこちに連絡を取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます