123 魔獣からの逃亡訓練




 野営地に戻り、早速それぞれが分担して作業をしていると教師たちがやってきた。

 定期見回りだ。

「どうだ、問題はないか?」

 担任のマットは、相変わらず気さくな様子で話しかけてくる。

「特にありません」

「そうか。ちょっと早めに帰ってきたから、気になってな。でも、シウがいるしなあ」

 そう言って苦笑する。マットは防御科の教師アダンテと、魔法実践科のサンドラと一緒で、互いに顔を見合わせて笑っていた。

「どれ、何を狩ってきたんだ。お!」

「……もう剥いできたのか? 現地で? すごいなあ」

「あら? 解体はアリスさんがやったの? まあ……」

 唖然としながら、照れ臭そうにしているアリスや、その周辺の生徒を見ている。

「これ、もしかして飛兎か。魔獣を取ったのかあ」

「魔核は採取したパーティーのもので、いいんですよね?」

 シウが確認すると、マットは、

「あ、ああ」

 とちょっと引き気味に答えてくれた。

「……毎年、誰かが魔獣を狩ってはくるんだけどさあ。こんなに多いのも初めてなら、一年生が狩ったのも初めてだよ」

「あ、そうなんですか」

 そんな会話を続けていたら、サンドラが、レオンの手元を見て驚いていた。

「あら、薬草の採取まで?」

 そうですと答えている二人を見て、シウは思い出してまたマットに報告した。

「今朝も言いましたけど、魔獣避けの薬玉に使えないものがかなり混ざってますよ。足りなくなると思って、うちはついでに採取してきて今、薬玉作りをしてもらってますが」

「……そういえば、湿気てると言ってたなあ。でも他のパーティーからは報告がないんだよ」

「ちゃんと使ってるのかな。それとも、気にしていないのか。どちらにしても確認しといた方がいいと思いますよ」

「あ、ああ、そうだな」

 ついでだからと、シウはマットとアダンテを連れて、その場を少し離れた。

「探索がてら上空を飛んだんですけど」

「なに?」

「あ、フェレスが飛べるので、僕の騎獣です」

「ああ、申請していたフェーレースの子か。もう成獣になったんだな」

「はい。それで探索していたら、ここから数キロほど先の北北西に、岩猪と岩蜥蜴がいました。それぞれ十数匹ですが、近くに洞穴があって巣になっているかもしれませんから、気を付けてください」

「……分かった。それにしても、事前調査の結果と随分違うな」

「そもそも、このあたりに魔獣はほとんどいないはずなのに」

 二人の顔が険しくなっていた。

 シウは後のことを頼んで、皆のところへ戻って行ったが、二人の教師は少しの間会話を続けていた。


 魔獣がいない場所というのは、有り得ない。森であれば当然、どこかにいる。

 なので、演習地に決まってから大抵は掃討しているはずだというのがアレストロの話だった。

 貴族の子弟だって数は少ないが参加する。彼等の親が不安材料を見逃すとは思えなかった。

 第一に、子供を危険な場所に行かせる学校などあるはずがない。

「じゃあ、依頼を受けた冒険者が適当にやったってこと?」

 ヴィヴィが眉を寄せて発言する。

 それに対してアレストロは首を振った。

「いや、それはないよ。だって、討伐証明が必要なはずだ。だよね、シウ」

「うん。それに、調査した人間の報告数と違っていたらすぐに分かる」

「学校としても、二重三重の調査ぐらいは行うと思うよ。それこそギルドを変えたり、騎士に要請を出したりね」

「騎士がそんな仕事請け負う?」

 アントニーがびっくりした顔で質問したが、それにはラヴェルが答えてくれた。

「騎士学校の生徒も参加するからね。話は行っていると思うよ。彼等にとっても訓練になることだし」

 そうかーと納得して、アントニーは頷いた。

 ラヴェルたちとは交友を深めようと――どのみち護衛をしてもらうのだから――晩ご飯も一緒に摂っていた。ただし交代制なので、今はラヴェルのみが参加している。

「どちらにしても、僕らは危険な森の中にいるのだと認識しておくことだよ。常に、魔獣に襲われる心配をしておくべきだ」

「はい」

「了解!」

 その後、アレストロの護衛とも情報を共有して、彼等の持つ通信魔道具へも連絡を入れることにした。

 彼等は街の中専門の護衛だからと謙遜していたが、森の中の様子を詳細に記憶しており、やはり一流の人は違うのだなと皆が感心していた。



 翌朝は、東に向かって出発した。その先には岩場があり、そこを越えると見通しの良い草原があるので集団の訓練には向いているのだと言っていた。

 岩場を乗り越えて到着すると、確かに見渡す限りの草原が続いていた。遠くに森が見える。俯瞰で見ると、ここは森の中に突然ぽっかりと空いた場所のようだ。

 少し気になったが、号令がかかりそちらに集中した。

「指揮科のクレール=レトリアだ。これより、魔獣のスタンピードから逃げる訓練を行う。魔獣役は先生方にお願いするので、見付けた場合は安心したりせず逃げるように。事前に通達していたが、今朝までいた場所を第一地点、昨日の朝出立した広場を第二地点として、最終的には第二地点まで戻る。途中テントを張って野営する場合はなるべく第一地点付近として、無理ならば拓けた場所で行うように。何かあれば通信魔道具を使うか、光で示す、あるいは火を使って狼煙を上げるんだ。では、これより訓練を開始する」

 そう言って、杖を手に、誰から逃げるのかを指示していく。

 高い場所からの指示なので地形も分かっているのだろうが、かなり不安な指示をしていた。

 それと、予想はしていたが、やはり誰を先に逃すのか考えてやっているようだ。

 つまり、高位貴族の子弟を中心に、それを守るように逃しているのだ。

 こちらにはアレストロがいるので、早めに呼ばれるかとも思ったが、アルゲオたちのパーティーが呼ばれた後も連絡が来ない。

 何故だろうなあと思っていたら、アレストロが苦笑しながら小声で教えてくれた。

「あそこと仲が悪いんだよね、うち」

「あ、そうなんだ」

「祖父の代から、よく分からないけど、競争し合っているとか。意味が分からないんだよねえ」

「ほんとだね」

 肩を竦めあっていたら、ようやく呼ばれた。

 ただ、指示された先が岩場ばかりで歩きづらい。なんというのか、地味な嫌がらせだ。

 シウは皆に改めて指示しなおした。

「無能な指導者の言うことは聞かなくてよろしい。ということで、南西方向へ進もう」

 走り出したら、クリストフが、いてっと叫んだ。

「どうしたの?」

「キンキン声で通信が入って、あーあー、もう、耳が痛い」

「それ、無効にできないの?」

 アレストロが聞くと、まだそこまでできないと言う。

「さっきから、そこは違うとか、自分の言う通りに進めとか、命令に従わないと処罰するとか、ああ、うるさい……」

「困った人だなあ。どうしようか、シウ」

「うーん。そうだ、クリストフ、ちょっと来て」

 近付いてきたクリストフの耳元に、風属性を使ってまず音を遮断させる。

 するとホッとしたのか、彼の肩から力が抜けた。

「待ってね。さてと、《認識阻害》っと」

 クリストフのローブに洗濯バサミのような木製で作った小さなピンチを付ける。バネにウーツ鋼と魔核を混ぜて練ったものを使っているので、その部分に付与が可能だから、とりあえず何か付与して使いたい時用にピンチをたくさん作っていた。

「全く聞こえなくなった。どうやったの?」

「クレール=レトリアの声だけ聞こえなくなるように、設定したんだ」

「……えー? それは、どうやって」

「まあまあ」

 詳しくは説明できない。

 なにしろ、人物指定は普通ではできないのだ。

 シウがやったのは、人物の指定を探知と探索を風魔法で行い、送られてくる通信魔法を回避する、というものだ。

 実際には、無属性の探知、無属性の探索、風属性、無属性で阻害、闇属性で命中率低下という同じ属性を含んだ複合魔法だった。

 単純に人物指定と回避の魔法を持っていたらもっと簡単だったのだが、シウにはないので回りくどいことになった。

 これを説明するのも面倒だし、説明しても理解してもらえないような気がして「内緒」ということにした。


 とにかく逃げやすい場所を見付けて、なるべく他の生徒と同じルートを辿れるようクリストフに通信魔法を使ってもらって指示していく。

 ところが肝心の他の生徒たちが段々とばらけていくのが分かった。

 森の中に入ると、更にひどくなる。

 後方を確認するとようやく指揮科の生徒たちと、魔獣役の先生が動き始めていた。

 意外と早く追いかけてくるようだ。

 採点されるというし、こちらを落として、先に逃した高位貴族の子弟グループに点を上げるのだろう。

 ちょっと腹が立ったので、自分たちの通ってきた道に簡単な罠を仕掛けた。

 自然と笑っていたらしく、クリストフが横で怪訝そうな顔をしていた。

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