318 カリスマ性と、事後処理
大きな巨体が堀の中に倒れ込んだのは、それから半時間後のことだった。
キリクの一撃が効いていたようだ。
そのキリク達は上空から確認して、一旦降りてきた。
「上手く行ったな」
「ありがとうございます」
この場の代表としてリエトと、シルヴァーノ、そしてスパーノが立ち会った。
それぞれ簡易ではあるが上位貴族に対する略式礼をしてキリクを出迎えていた。
兵達も直立不動だ。
滅多にみられない戦闘飛竜と、そしてもっと見ることは叶わない「隻眼の英雄」を前に緊張しているようだった。
この頃になって第一宿営地から兵達が辿り着き始めた。
彼等の到着が遅かったのは、大きな音に怯えて行軍の足が乱れたからだ。上官の叱責によりなんとかここまで辿り着いたことを、シウは感覚転移によって知っていた。
すでに事が終わった後だと知って、兵の指揮をしていた上官は冬だと言うのに大量の汗をかいていた。兵達は呆然と、グラキエースギガスの死体を見ていた。
「それにしても、あの高さから減速もせずに降りてくるなど、人間技ではないですね」
シルヴァーノが感心しきりにキリクへ話しかけていた。
「その速度があるからこその攻撃力だ。剣に添わせる魔法にしたって、俺のレベルじゃ大したことはないからな」
「ご謙遜を」
なんだかごますりおべっか官吏のようだ。実際そういう人種なのだろうが。
シウは黙って聞き耳を立てつつ、リエトと大型魔獣の処理について話し合っていた。
「謙遜じゃないぞ。俺にはあんたら宮廷魔術師と違って、攻撃用の固有スキルは持っていない。頭を使って、常に魔獣と対峙していないと腕も鈍る。うちじゃあ、精度の差こそあれ、誰でもあれは使えるな」
「そ、そうですか」
戸惑ったように返事をしているシルヴァーノが少し可哀想になった。
苦笑していると、リエトもシウの隣りで笑っていた。
「英雄からの嫌味じゃ、どう返せばいいのか分からないんだろうな」
「だね」
「それにしてもすごい人だ。あの技を見た後だからってわけじゃないだろうが、皆の目が変わった。誰も彼に逆らえないぞ」
「カリスマ性のある人だよね」
「かりすま?」
「強い魅力を持った人のこと。英雄とも言いかえられるね」
「……成る程。ある意味、勇者だろうな」
「ああ、そうかも」
とはいえ、勇者とは称号なので、勝手に名乗ったりはできないのだが。
「オーラがすごいものな。俺も何人もの一流冒険者と付き合いはあるが、レベルが違う。さすがはオスカリウス辺境伯だ」
「……そんなに、違うものなの?」
ふと、気になって真剣に聞いてしまった。
ふてぶてしい人だとは思っているが、オーラというのが分からない。
「偉そうな態度とか、そういう意味だよね?」
「……分からないのか? 威圧感とも違う、なんというのか、相手をひれ伏すことのできる自然の力、のようなものだ」
「ええっ? でもだって、あの人だよ? あの――」
「おいこらっ」
ポカッと頭を叩かれた。
キリクが立っていて、睨んでいる。笑ってはいるが、叩かれたのは結構痛かった。
「いや、だって」
「オスカリウス辺境伯様」
「ああ、そういうのは要らん。キリクでいい。それより、これはどうすることに決まったんだ? 運ぶなら、手伝ってやらんこともないが」
頭を撫でていたら痛みはなくなったのだが、キリクが自然と頭に手を載せて撫でてきた。撫でながら、リエトと話を続ける。
「討伐証明は要らんだろうが、このまま置いておくと魔素だまりができて厄介だ。解体は必要だろうな。魔核も取らねばならんし」
「はい。一応、ギルド側の指示では、使える部位があれば解体して運ぶということで、残りは現地で処理して良いとのことでしたが」
ちらとシルヴァーノ達に視線を向けた。
キリクもそちらを見る。
「……いや、わたしは、その、今回の討伐隊の長はフェルマー伯爵でして」
「その隊長はどこだ?」
「あ、捕まえてるんだ」
ああ? と怪訝な顔をして、キリクがシウを見降ろしてきた。撫でていた手を止めて、改めてシウを見ている。
「……お前、ちょっと背が伸びたか? いや、あんまり変わってないか。大丈夫か? もう成長が止まったとか言わないよな」
むっとしてキリクを睨んだら、はっはっはと笑って、またシウの頭を撫でてきた。今度は豪快にぐしゃぐしゃっとされて、何故かフェレスが怒ってキリクに体当たりしていた。
「おっ、と、いてて、おいこら、本気でやってるだろ。やめろって、フェレス」
「にゃっ!!」
「あ、触るなだって。これ以上は冗談じゃないみたい」
「分かった分かった。苛めてないのになあ」
キリクは手を放し、両手を挙げてフェレスに見せた。
「ふーっ!」
鼻息で威嚇して、フェレスはシウとキリクの間に体を割り込ませてしまった。
呆れつつ、シウはキリクに本日あったことを話して聞かせた。
「……というわけで、殺されそうになったので捕まえてる。あっちに」
第二防壁の裏を指差して言った。
キリクは複雑そうな顔をして、シウを見ろしてから、次にシルヴァーノやスパーノ、兵達を見回した。
それからまたシウを見て、はあと溜息を吐いてから、兵達を見た。
「お前ら、とんでもない相手に喧嘩を売ったんだぞ? 分かってないだろうが。まあ、シウは優しい人間だから、厳しい罰は与えんだろうがな。さて、と。じゃあその、バカも王都まで運ばなきゃならんということか」
「逃げないと思うけどね」
「ばーか、逃亡したって無駄だ。ただ二度手間が面倒なだけだよ」
あー、面倒くせえと文句を言って、岩場の方へと歩いて行った。自然と彼の後ろにサナエルがついていく。護衛替わりなのだろう。ラッザロは2頭の飛竜に寄り添っていた。
解体は慣れている冒険者達でやることになった。
鑑定のできる者がいないので、シウが簡易鑑定なら出来ると言ってそれぞれの部位を確認していった。
しかし、あまり使えそうな箇所はなかった。肉はほぼ全滅だ。毒にもならないのだ。
「うーん、だけど、目と内臓、爪や角は使えるかな」
「そうか」
「目と内臓は薬師が喜ぶかも。爪は武器だね。角は、飾り?」
「飾り?」
「ほら、こんなの取れましたって、自慢する」
「……ああ、飾りね。貴族の自慢ね、はいはい」
冒険者達が一斉に笑った。
狩りをして、剥製にして飾るのが好きな貴族も多いのだ。魔獣は狩れないのに、というような揶揄が、冒険者には代々受け継がれて笑い話になっている。
そうしたことをわいわいやっていると、兵達が数人やってきた。
「俺達も解体を手伝いたいんだが、その」
経験値がないことを恥ずかしいと思ったのか、これも勉強になると考えたか分からないが、前向きな姿勢は良いことだ。
冒険者達も快く受け入れていた。
死の匂いを嗅ぎ取ってすでに魔獣が寄ってきているので、それらを倒していたこともあり、その解体も一緒に手伝ってもらった。
ちょっとしたものは解体した兵達に記念として与えたので、その後、新たに手伝う兵が増えていた。
必要な部位を取り除くと、それらはシウが魔法袋にて保管した。
残った不要な肉塊はその場で燃やすことになった。
火属性持ちの騎士や冒険者などが一緒になって燃やしたが、思った以上に燃え辛く時間がかかっていた。
一部を現地の守備に残し、兵達はまた第一宿営地まで一旦戻ることになった。
冒険者達も護衛がてら一緒に向かう。魔獣が増えてきたせいだ。
「スパーノ達は撤退の指揮があるだろうから、ここでお別れだね」
「ああ。今回の事は、その、ありがとう」
「その言葉を彼から聞きたかったけどねー」
チラッとチコを見て言った。彼はもう暴れる気力はないようで、ふてくされてずっと静かにしている。何を話しかけても無視だ。
従者がおろおろしていたが、助けようとはしなかった。執事なのか秘書なのか分からないお付きの者達は兵達と共に付いてこなかったのでこの仕打ちを見たら怒るだろうか。
いや、付いてこなかったあたりで、主への思いのなさがよく分かる。
表面上は怒るだろうが、さして心は痛まないだろう。
とにかく煩くなくて良かった。
「今度会う時は、どこだろ、とにかく、その時は攻撃してこないでね」
と冗談半分で明るく言ったところ、スパーノとノルベルトが顎を引いて困った顔をした。
「……その、辺境伯のお顔が、怖いんだが」
シウが振り返ると、少し離れた場所からキリクが睨んでいた。話が聞こえたようだ。
「あはは。まあ、悪いのはチコ=フェルマー伯爵だって言っておくね。あなた達に殺意はなかったし、止めようともしてくれていたし」
「ああ、そりゃまあ」
「長いものに巻かれろって助言もしてくれたし?」
「……頼む、もう」
キリクからの視線が強くなったようだ。お互いに苦笑して、別れることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます