317 氷巨人の討伐と飛竜の大技
シウの通信を傍で聞いていたリエトやスパーノは、段々と顔色を変えていた。
相手側の声は聞こえないが、シウの言葉だけは聞こえるから話の内容が大体分かったのだろう。
「お、おい、キリクってまさか」
「その名前で英雄って」
2人して動揺しているので、シウは隠す気もなかったから正直に答えた。
「キリク=オスカリウス辺境伯だよ。今、上に来てるんだ」
「はあ!?」
「前回、チコ=フェルマー伯爵にいろいろやられたから、後ろ盾のキリク様が乗り込んできたんだ。ちょうど今日が到着日だったから、ついでに手伝ってくれって連絡入れたら大回りして来てくれたんだよ」
「まじかよ」
ククールスが呆気にとられて呟いていた。
「あの人、魔獣スタンピードに慣れてるらしいから、たとえ相手が大型魔獣でも、たった1匹だったら大丈夫じゃないかな?」
「……英雄を顎で使うのか」
リエトも呟き声だ。その横では誰よりも早く正気に戻ったドメニカがあっはっはと大口開けて笑い、ジャンニの背中をバンバン叩いていた。
「そりゃ、いいわね! 隻眼の英雄がいたら、やれるわ。こんな頼もしい後ろ盾なんていないわよ。さっすが!」
「……まあ、そうだよなあ。頼りにならないどっかの宮廷魔術師より、他国の英雄の方に安心するなんていろいろ問題だろうけど」
リエトも納得顔になった。
シルヴァーノだけが、恨めしそうにチラチラと冒険者集団を見ていた。
そして、現地に到着してから1時間ほどで、森の奥からバリバリという木の倒れる音が聞こえてきた。
地震のような揺れと同時に、数少ない獣達の逃げ惑う鳴き声。
魔獣のうち幾つかは防衛地に迷い込んできていた。それを冒険者達は一刀両断で倒す。
倒した遺骸はそのまま放置だ。匂いが餌にもなるので丁度いい。
はたして、グラキエースギガスは真っ直ぐに用意した場所へと向かって来た。
人工的に拓いた場所に、10mはあろう人型の魔獣が現れる。
ヒエムスグランデルプスも大きかったが狼型で横に長かったし、見た目が魔獣そのものであり、それこそルプスの大きくなったものとして見られた。
が、目の前の、氷の巨人という名のグラキエースギガスはまるで人間のようだ。もちろん、よっつの目があり黒い肌のオーガそっくりの見た目は人間とはまるで違うけれど。
「よし、予定通り、散開して攻撃だ。ジャンニ班、右から撃て!」
開始はジャンニの雷撃からだ。ここでの指揮は魔獣との戦闘に慣れているリエトが取ることになっていた。宮廷魔術師はもちろん、騎士達では圧倒的に経験値が足りないと、シウが切って捨てたのだ。
まあ、本人達も自分がやれるとは思っていなかったようだ。素直に受け入れていた。
「奴が魔法を使うぞ!」
リエトがグラキエースギガスの初動を察知して叫んだ。この巨大魔獣は氷柱を作って投げる魔法を持っている。その体躯に似合った大きな氷柱は、もはやミサイル並の兵器だ。
「相殺するわ!」
ドメニカが氷撃魔法で周辺の雪などを取り去ろうとした。
こうした氷を使った魔法は、魔力の節約のためにも周辺の材料を使う。何もないところで火を燃やし続けるのが大変なように、氷も温度の高いところなどでは出しづらい。
しかし、相手は膨大な魔力量を持つ魔獣だ。
多少の雪などが減ったところで、この温度だ、とても相殺しきれなかった。
「ギャガアアアアアアアッッ!!」
大音量の雄叫びと共に氷柱が空気中に出来上がり、それが飛んできた。拓けた場所の中央部分に作っていた、泥人形に。
シウが幻惑を掛けて、動いているように見せた土くれは、あっという間に破壊された。人だと間違ってもらえるよう魔石を仕込んで熱量を持たせた泥人形だが、役に立ってくれた。
グラキエースギガスの攻撃は防壁にまで、泥や割れた氷が突き刺さるようにして飛び散っていた。崩れた岩の防壁はその都度、ルドヴィコが魔法で補修をかける。
相手の攻撃を待つまでもなく、リエトの指示通りに四方八方から魔法に寄る攻撃が始まった。
普通なら、これほど大きな技を出した後は一瞬の間というのか、硬直とも言うらしいが反動で動作が鈍るものなのだが、グラキエースギガスにはそれがないようで幾つかは躱していた。
巨体なのにとてもフットワークが軽く、小さな地震を起こしながら右へ左へと逃げる。
逃げながらも、視線は鋭く、どこからの攻撃か確認しているようだった。
この相手は頭も良いようだ。
ノルベルトはクアフに乗って火属性魔法で上部の攻撃を繰り返していた。
スパーノも同じく上部の攻撃班だ。騎獣持ちならではの戦い方を、リエトに指示されて行っているが、グラキエースギガスの手が飛んでくるため危険でもある。
足元では兵達と、冒険者達が剣や槍を奮っている。
ただし、動きの速い相手のため、蹴られてはいけないから全体を見渡して指示する人間が必要だった。
それがシウだ。
子供を前線には出せないと最後までリエトに反対されたため、シウが防壁代わりの岩場の上に立って拡声魔法を使い知らせていた。
「左回りに移動、右腕の予備動作あり、氷柱攻撃の準備、左手地面に行くよ! 左足付近の兵達は散開!! スパーノ、光の点滅最高レベルで、右側から飛んで!」
予めどういう攻撃をするのか打ち合わせていたので、極端に削った言葉で指示を繰り返す。緊急以外はすべて、グラキエースギガスの行動のみを伝え、主語が入れば当事者たちへの行動指示だ。
「カリン、後頭部へ! シルヴァーノは顔へ雷撃を、ルーラが合わせてくれるから、任せていいよ!」
怯えているシルヴァーノにそう声を掛けた。ティグリスのルーラは任せておけ、と張り切って飛んだ。
騎士ほどには慣れていない飛行だけれど、さすがティグリスで恐れを知らずに向かっていく。
意識をシルヴァーノに向けさせないためにとリエト達冒険者が後方から狙い撃ちをしていた。このへんは阿吽の呼吸というのか、経験によって分かっているようだった。
「≪天からの光を地に落とせ、雷撃≫!!」
強烈な雷撃が、グラキエースギガスの顔にまともに当たった。
レベル4もある魔法なので、当たりさえすれば相当な攻撃力となる。
「すごい、さすが宮廷魔術師だ。俺のとは違うな!」
ジャンニが叫んだ。彼だってレベル3あるから、相当すごいのだが、相手に花を持たせたのかもしれない。
シルヴァーノも当たったことが嬉しかったらしく、頬が紅潮していた。その一瞬の間が命取りにならないよう、ルーラは状況を冷静に見て、反撃されないようすぐさま翻って攻撃範囲から離脱していた。
魔法使いはそう続けて何度も攻撃魔法を撃てないので、この攻撃後が一番怖いのだ。
案の定、目のひとつをやられたらしいグラキエースギガスが腕を振り回し始めた。
持てる魔力量を使って、次々と氷柱を作ろうとしている。残った目の狙う先が、的確に上位者だ。本能で分かっているのだ。強いものを先に始末する、ということを。
「氷柱作成の予備動作あり、発現に合わせて捕獲網投下! 足元の兵達は防壁第一内に避難! 南側の堀班、音を出して!」
全員がグラキエースギガスの足元から退避した。氷柱が出来上がったと同時ぐらいに、スパーノとノルベルトが上空から捕獲網の強酸型を投げた。
「グギャアアアアアアッッ!!!!!!」
強烈な肉の溶ける音と臭いが広がった。グラキエースギガスが痛みに暴れまわりながら、堀へと向かう。そこに人がいると思ってのことだ。
水を張った堀には、泥人形も立たせていた。その向こう側に兵達を配置している。音を出させているのだ。
人間でもそうだが、魔獣も、熱い痛みを感じると生理的な現象として水を求める。
強酸に晒されたグラキエースギガスも人間を追ってきたのだろうが、目の前の水を見てつい飛び込んでしまったようだ。
しかし、堀は想像以上に深い。浅く見せて、深く掘り下げていたのだ。
グラキエースギガスは、足を嵌らせて更に痛みのせいもあって身動きが取れなくなった。
「よし、追い詰めたぞ! シウ、あとは止めだな!!」
「了解! (キリク、グラキエースギガスの足を押さえた。上空から見える?)」
「(よーく見えてるぜ。これなら、飛竜でやれるな。お前ら、みんな離れていろよ! 俺の得意技を見せてやる)」
楽しげな声とともに、高高度から降りてくる様子が感覚転移によって分かった。
「皆、離れて! 巻き添えを食らうから、頭を押さえて隠れるんだ!!」
最初に説明はしてあったが、呆然としている兵達もいたので急いで注意した。
皆、一斉に持ち場から駆け出した。
だから、見ていたのは冒険者や、離れた上空で待機していたスパーノ達だけだった。
あれほどの高高度から減速もせずに真っ逆さまに落ちてこられる度胸がすごい。
キリクはルーナに乗ったまま、逆さに落ちてきて、地面すれすれのところで縦旋回を行った。同時に火と風属性魔法を添わせた大型剣でグラキエースギガスの首を切る。
こんな大技は見たことがなかった。
同時に思い出す。あれは飛行機で言うところのひねりこみだ。ひねりこみ同様に、キリクは速度を落とさないまま人のいない北側へ横滑りしつつ旋回しきった。
グラキエースギガスの首からは大量の黒い血が噴き出していた。
手で抑えようとしているが、遅い。
第二弾の飛竜ソールが急降下してきたのだ。その巨体に見合った巨大な爪で、グラキエースギガスの頭を掴んだ。爪がぐっさりと目の中に入り込む。
「グッギャアアアアアアッッッ!!!!」
手を振り回すが、ソールはもう片方の足で簡単にあしらっている。その間もホバリングしたままだ。
ラッザロは笑っているが、乗せられているサナエルはげんなりした様子だった。急降下が堪えたようだ。騎手と、乗せられている者との差だろう。
「成功! 飛竜が押さえている間に、皆で一斉攻撃を!!」
拡声魔法で知らせたが、冒険者達はもう我先にと向かっていたし、スパーノやノルベルトもドラコエクウスを向かわせていた。兵達もシウの声で、慌てて走り出していた。
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