316 英雄の条件
迎え撃てる場所に移動して、全員で対応すべきだと言ったのだが、肝心要のチコが動けないのでは意味がないとシルヴァーノのみならず騎士達も口々に答える。
「でも、今までのらりくらりで対処してこなかったこの人に、やれると思えないんだけど。大体ここで猿轡を外したら、彼、即行で僕に攻撃するよ。賭けてもいいけど」
「……だが」
「大丈夫。もっとすごい助っ人が、来てくれるから。じゃあ、迎え撃つのに最高の場所まで移動しようか。えーと、カリンだっけ。君の主がやらかした尻拭いをしてもらうのは気が引けるんだけど、昏倒している冒険者達を運んでくれる?」
「がう……」
仕方ないと、人間くさい溜息を吐かれた。
「冒険者達は第二宿営地まで運んで。その後、ここから南にある少し拓けた場所に来てくれる? 頃合いを見計らって花火を打つよ」
「がうっ」
カリンとルーラ、フェレスに頼んだ。フェレスを運び役の1頭に選んだのは冒険者達に警戒されないためだ。
このことを、同時にリエトへ通信を入れて連絡した。
ククールスはこちらへ向かっていたが、シウの提案を聞いてすぐさま方向を変えた。
他の冒険者達も準備が出来次第、後方支援組を残して南の拓けた位置まで移動することになった。
「スパーノさんは第一宿営地へ戻って、兵達を移動させてください。急いで」
「いや、しかし、1時間では間に合わないのでは」
「後方支援程度で大丈夫だよ。強力な助っ人がギリギリ間に合うだろうから、彼にやってもらうし」
「お、俺は」
もう1人の騎士、ノルベルトにはシルヴァーノと一緒に来てもらうことにした。
「兵達の中で残りたい人だけここにいていいよ。その代わり、彼の」
チコを指差して、続ける。
「見張りというか、魔獣が出た時の守り役をしていてね」
兵達と思っていた中にはチコの従卒兵もいたようだが、そっと知らぬふりをされてしまった。
ここに残るよりシウ達に付いて行った方がましだと思ったのだろうか。
チコの従者などは宿営地に残ったままのようで、ここには彼を守ってくれる人はいないようだ。
「誰も残らないの? じゃあ、一緒に討伐チームに入るってことでいい?」
嫌々そうだが、了承するような気配で軽く頷く。
シウは溜息を噛み殺して、チコを見下ろした。
「あなたの部下は、誰も残ってくれないようだよ」
「んぎっぎっ、んぐっ」
猿轡のまま何か叫ぼうとしているようだが、もちろん声にならない。
真っ赤な顔をして怒り心頭といった様子だ。
これ以上やると脳の血管が切れそうで怖い。
シウは肩を竦めて、チコの足の拘束を解いた。
「しようがないから、一緒に連れて行くよ。現地で転がしておく」
その間にもカリン達は冒険者を乗せて運び始めていた。
フェレスも行ってくるねーと呑気に飛んで行った。
毒気を抜かれたように、カリンとルーラもその後を追っている。
フェレスは1人しか乗せていないが、カリンとルーラは3人と2人乗せており、届けたらすぐ戻って来れそうだ。
「悪いんだけど、ノルベルトさんのところのクアフは伯爵も乗せていって」
「ヒン、ヒヒン……」
嫌そうに、分かったと了承してくれた。
ドラコエクウスにまで嫌われるなんてどれだけなんだと、思わず笑ってしまった。
逃げても探知してるし追跡機能があるからばれるよと脅したせいか、兵達は素直に示した方向へ進んでくれていた。
クアフは、重いだろうにシルヴァーノとチコを乗せて、更に本来の主であるノルベルトと共に現地まで飛んだ。シウもその横を飛行板に乗って見ていたが、クアフは堂々としたものだった。さすがドラコエクウスである。
とはいえ、大人2人を余分に積んだせいか、あるいは暴れるチコが鬱陶しかったのか、降り立った後は疲れたような様子を見せていた。
「ポーションあるよ。飲む?」
「ヒン……」
飲むと答えたので、ノルベルトの了解を取って陶器の皿に入れてやって飲ませた。
現場はククールスが指定してきた場所で、土地自体は安定しているが少々狭い。
ククールスもまだ到着していないので、シウなりに土地を整地していくことにした。
「岩石魔法の人がいたら助かったんだけどなー」
花火を上げつつ、魔法で木々を倒し、地面を均していった。
そうこうしているうちに、フェレス達がククールスやリエトを乗せてやってきた。
ジャンニはおっかなびっくりといった様子でルーラに乗っていた。ドメニカは嬉しそうにカリンへ乗っている。
「おいおい、こんなことやってるのかよ」
ククールスが呆れていたものの、リエトは成る程なと頷いていた。
「迎え撃つのに適当な場所だろうな」
「人間側の砦となる岩場も後方にあるし、攻撃はしやすいか。でもここに誘い込めるか?」
「人間の騒ぎに気付いて進行方向を変えてるぐらいだから、来ると思うんだけどね」
「それにしても、誘き出すとはなあ」
皆がそれぞれ話し合いを始めた。
ノルベルトも参加しており、離れた岩場の裏でチコが拘束されたまま座り込んでいた。
シルヴァーノは手持無沙汰な様子で皆と離れて立っている。
そこにスパーノがやってきた。
「兵達には指示を出してきたから、おっつけやってくるだろう。花火のおかげで方向が分かり易い。それと」
1人、乗せていた。
よいしょと、いかにも運動慣れしていないといった男性がスパーノのドラコエクウスであるオーフから降りた。
「やあ、初めまして。ルドヴィコ=クレーデル、第二級宮廷魔術師だ」
のんびりとした口調で挨拶された。
この場にいて対応すべきはリエトだったので、彼が丁寧に挨拶をすると、ルドヴィコも一緒に頭を下げていた。腰の低い人のようだ。
「岩石魔法でも役に立つかな?」
と言うので、リエトがシウを手招いた。
「この場を整地したシウです。この子に聞いてください。俺達も、この子の案で来てますからね」
「ああ、そうなの。初めまして、僕は、ルドヴィコ――」
ともう一度挨拶を始めようとしたので、シウは慌ててそれを留めた。
「あっ、僕はシウ=アクィラです。冒険者で魔法使いです! さっき挨拶はお伺いしていたので省略しましょう!」
「あ、そう?」
ダメだ、この人のんびり屋さんだ。
シウは苦笑しつつ、事情を簡単に説明して、整地の手伝いをしてもらった。
「できれば二重に防壁を作りたいです。兵達には後方支援をしてもらうので、二番目の岩の後ろに隠れてもらいたい。攻撃班は一番目の防壁内から行います。あと、堀を北と南にそれぞれ作ります。あと30分もないんだけど、できますか?」
「ああ、うん。それぐらいならできる。場所を指定してくれるから助かるよ」
特に反発もなく、請け負ってくれた。
ふと、シルヴァーノを振り返ると居心地悪そうにチラチラとこちらを見ている。
指示待ちなのかなと思って、声を掛けた。
「……攻撃班に入ってくれます?」
「あ、ああ、もちろんだとも!」
急に元気になった。
彼は誰かに命じられて、仕事をすれば良いのかもしれない。
シウは呆れつつも、そうして生きてこなければならなかった彼を憐れに思った。
20分足らずで、ルドヴィコはお願いした整地や防壁造りを終えた。
彼には討伐戦の間、待機していてもらい、必要なところで後方支援をしてもらうことにした。
「じゃあ、それまでは裏手で休んでるよ。あ、休憩所作っていてもいいかな?」
「どうぞ。良かったら、クッションとか出せますが」
「ああ、助かるねえ」
魔法袋から取り出して渡すと喜ばれてしまった。かなりマイペースな人だった。
その後、冒険者達、それからチコと一緒にいた兵達が合流した。
それぞれにリエトとスパーノが説明をして、持ち場に移動する。
第一宿営地からの兵はまだ到着していないが、こちらは仕方ない。場所が離れているし、雪中行軍は厳しいのだろう。谷を下りないと辿り着けないので、高低差があって時間もかかるのだ。彼等はちょっと当てにできないかもしれない。
兵の移動を確認しつつ、シウは逐一、地図係にグラキエースギガスの位置を教えた。
ルートを書き込みながら、リエト達が覗き込んで時間予測を立てたり、新たに思い付いた戦法などを話し合った。そこへ助っ人からの連絡が入った。
「(シウ、俺だ。もうすぐ到着するぞ)」
「(了解。上空高高度で待機は可能?)」
「(特に問題ないな。寒くもねえし。ただ乗りっぱなしで尻が痛いだけだ)」
「(あはは。お疲れ。もうちょっとでグラキエースギガスが現地に到着するから、合わせて降りてきてくれると助かるなあ)」
「(お前、手伝ってくれって、それかよ!!)」
キリクが大声で怒鳴るので、通信魔法とはいえ耳がキンと鳴った。
「(通信魔法で怒鳴るの禁止!)」
「(怒鳴りたくもなるぜ。いきなり大型魔獣の相手させようって、どういうことだ。お前が女なら、こういう時、アバズレって喩えるところだぜ)」
言葉は悪いがどこか笑いが込められていた。楽しんでいるのだ。だからシウも、笑いながら答えた。
「(だって、キリクこういうの好きだよね? 大体、こんな最高の機会、逃さないのってキリクだからだよ)」
シウのことを、引きが強いと言ったが、キリクには負けると思うのだ。
「(英雄の条件って、こういうことなんだなーって思ったもの)」
そう言うと、相手側からはくぐもった笑い声のようなものだけが聞こえてきた。
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