315 聖獣レーヴェの説得
シウに真っ先に追いついたのは聖獣レーヴェだった。
その前足の鋭い爪が振るわれたが、結界に阻まれた。
レーヴェは驚いたようで、一瞬虚を突かれていた。
それはそうだ。なにしろシウは幾つもの魔法を展開している。こんな複雑な魔法を連続して幾つも同時にこなすのは普通に有り得ない。
「どうしたの。僕を殺すんだろ? 主の言うことをただ漫然と聞いて、疑いもせずに相手かまわず傷付ける。それが聖獣の仕事なんだよね?」
「がうっ、がっ」
「人を殺すなんて、魔獣と同じだ」
「がう!!」
違う、と反論してくるレーヴェを躱しつつ、飛び続けた。
「違わないよ。もし僕に罪があるなら、何故捕えて裁判にかけないんだよ。こんなところに騙して呼び出して、聖獣に人殺しという罪を犯させるなんて、おかしな話だ。それをおかしいと思えない君らは可哀想だ」
「がっがうがうっ、がうっ」
そんなことはないと叫ぶが、どこか自分自身の言葉を信じきれてないような焦りがあった。またしてもシウの前にスッと出てきたが、爪を振るうことはなかった。
「可哀想だね。主を選べないんだ。あんな非人道的な人が主だなんて、可哀想だと思うよ。そりゃあ、僕だって自慢できる主とは言えないけれど、少なくともフェレスに人を殺せなんて命じたりしない」
「がっ」
「相棒を選べないのは君らのせいじゃないから、今回の事も君らが悪いんじゃないって分かってる。だけど、考えてみて。本当にそれでいい?」
何度か躱しつつ、それぞれに語りかけた。
「ちゃんと自分で考えなよ。うちの子だって、あれでも考えてるんだよ」
必死になって、フェレスが囮役をやったりして気を引こうとしている。シウがやられないように考えて行動しているのだ。
「聖獣って慈悲深くて、誰よりも強くて、人と共存して生きる神獣なんでしょ? その力をどうしてあんな下種な人間の頼みのために使わなきゃいけないのか、僕は全然分からない」
「がぅ、がうっがうがうがうっ!!」
「うん、だから、可哀想だねって言ってるんだよ」
主を選べない自分達がどうすればいいんだ、と怒っていた。
レーヴェはまだこうして会話になるが、ティグリスやドラコエクウスはほとんど話にならなかった。とても単純な思考らしく、レーヴェに命じられるまま動いているという感じだ。
自分で考えることを、もう諦めたのだろう。そんな気がした。
人でもそうだ。考えることを放棄したら、それはそれである意味幸せだから。
「主従関係とはいえさ、生命に関わるような一番強い契約で縛られているわけじゃないんだよね? だったら、もっと自分の意見を言えば? フェレスなんて、嫌なことはやらないよ」
シウやフェレスに爪が届く距離となったのに、レーヴェはもう攻撃する気持ちはなくなっているようだった。
「対等なんだよ。従う必要ない。フェレスだって、ブラッシングやマッサージをやってくれって要求してくるのに。ね、フェレス」
「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃー!! にゃふっ」
今日もいっぱいお風呂で遊んでもらうもーん、と一際高い声で鳴いた。
少々息が上がっている。
やはりこの面子相手に逃げ回るのはしんどいようだ。
それでも持ちこたえているのは基礎体力のせいか。普段からの運動量の違いかもしれない。
「やりたくないなら、やっちゃだめだよ。カリン、君、人を殺したくないんだろ?」
「……がぅっ」
「だったら、そう言いなよ。それこそ、君ら賢いんだから、交渉したらいいんだ。パレードの時に振り落とされて恥をかきたくなかったら変な命令出すな、とか」
レーヴェがぽかんとした顔をした。やっぱり聖獣は人間くさい表情をする。
「君が誘導すれば良いんだよ。相手はどうせ、あんなのなんだからさ」
結界に阻まれて、叩くのにも疲れて項垂れて座り込んでいるチコを見下ろした。
「君の方がよっぽど賢そうだ。とにかく、今は大型魔獣の討伐が優先事項だろ。こんなことしてる間にこっちへ来てるんだ」
「がっ」
「そうそう。だから、君らは主の心配をした方がいいよ。あそこにいたままだとやられるからね」
「がうっがうがうっ」
結界を解いてくれ、とお願いされた。
が、シウは突っぱねた。
「やだよ。結界を解いて拘束を外したら、即、炎撃魔法が飛んでくるもの。シルヴァーノさんの方は雷撃? あんなの受けたら今度こそ死んじゃうって」
「がう……」
「言っとくけど、僕を殺しても解除されないよ。固定したからね。剥してほしいなら、本人達の攻撃しないって誓約をもらうか、憲兵が来るまで待っててもらうだけだよ」
それを聞いて、他の3頭は慌てて地面に降りてしまった。
心配になったのだろう。
レーヴェ自身はその場に留まった。攻撃する意思も完全になくなったようで、威圧感も消えた。
「がうがうっ」
どうすればいいんだ! というジレンマのような声が届いた。
チコがシウの望む答えを出さないことを分かっているのだ。
「しようがないから、僕等だけでグラキエースギガスを討伐する?」
「が、がう?」
「お誂え向きに、ものすごい助っ人が来てるんだ」
きっとこの人には英雄レーダーでもついているに違いない。
シウは苦笑して、通信魔法を使った。
「(キリク様ー、ちょっと迂回して森の方まで飛んできませんか?)」
「(なんだよ、いきなり通信してきたかと思ったら敬語で、って、おいまさか、お前、妙なことを企んでいるんじゃないだろうな?)」
そのまさかである。
グラキエースギガスを警戒するために使っていた強力な全方位探索で、遥か遠くにキリクの乗る飛竜を捉えることが出来た。
付き添いの飛竜は、あれは、ソールだ。乗っている騎士はラッザロ。交替要員なのかサナエルも乗っていた。
ルーナにはキリク1人のみ。どうやら3人だけでやって来たようだ。
さすがに1人きりの家出をしないだけの分別はあったようだが、護衛は他に誰もいない。しかも連絡を受けてから2日。最高速度で来たようだ。
今は昼なので、相当な強行軍だと思われた。
シウ達を運んでくれた人のような通いなれたルートというわけでもないから、考えてみればものすごい技術だと思う。
さすが破天荒の英雄だった。
取り敢えず、地面に降り立って話をすることにした。
その間に簡易の四阿を作る。
心配そうに結界の中の伯爵やら騎士達を見ていた希少獣達に、それぞれ声を掛けて集めた。
「あの人達に攻撃されたら嫌だから、拘束は外さない。けど、結界からは出してあげてもいい。どうする?」
「がうっ」
お願いしますと、レーヴェが頭を下げたので、シウはひとつ頷いて結界を解除した。
チコが急いで何か呪文を唱えようとしていたが、そんなことは織り込み済みだったので慌てることなく適当に草の根などを伸ばして猿轡にした。
むがむが叫んでいたが、知らんぷりだ。
それを見ていたからか、シルヴァーノは結界を解いても何も言わなかった。
騎士達もだ。
兵達にも聞こえるように拡声魔法を使って話しかけた。
「拘束を解くから、集まって。敵意を示さずに逃亡もしないなら、特に拘束したりはしないから」
そう言うと、おそるおそるやってきた。
1人逃げようとした者がいたので、それは拘束した。フェレスが襟元を噛んで連れてきてくれたが、本人は噛み殺されるとでも思ったのか暴れて失禁して気絶してしまっていた。
「こんな兵士でいいのかなあ」
魔獣と戦ったことなどないのではないかという体たらくだ。
「……それは、まだ若い兵で、経験も浅いからだ」
騎士であるスパーノが弁解していたが、苦々しい顔だった。
「じゃあ、揃ったところで話し合いなんだけどね」
「わっ、わたし達をどうするつもりだ! フェルマー伯爵に対してこのようなふるまい、許されないぞ!!」
震えながら叫ぶシルヴァーノに、シウは苦笑した。
「その話し合いじゃないよ。あなた方は罪を犯したのだから、憲兵にでも引っ張ってもらいます。それまで拘束するのは当然のことでしょう? 一応、命令した上官として、彼だけ捕えているけど、あなたも同罪ですよ」
「なっ」
「それよりもっと大事な話です。グラキエースギガスが先程の騒ぎに気付いたようで、こちらへ向かっています。速度を上げているので、ものの1時間ほどで到着すると思う」
「な、なんだと!!」
「それは本当なのかっ」
兵の数人が浮き足立って、先程逃げようとした男も這って逃げ出そうとしたが、分かり易く氷の結界を作り上げた。
「落ち着いて、最後まで話を聞くように」
「あ、ああ」
シウはスパーノに顔を向けた。この中で一番話が通じるだろうからだ。
「ここで逃げても追ってくるだけです。グラキエースギガスはすでに第一宿営地にも気付いていますよ。逃げたって追いつける。どれほどの速さだと思ってるんですか。それよりは迎え撃った方が良い。本来その為に来たのでしょう?」
兵達は真っ青な顔をしているし、事情を分かっているはずのスパーノ達もごくりと唾を飲み込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます