314 宮廷魔術師の騙し討ちと攻撃
シルヴァーノという男がまず体当たりするかのように向かってきた。
虎型騎獣ティグリスに乗っている。
普通なら体格も勝っているティグリスの方が強くて早いのだが、実戦慣れしていて小回りの利くフェレスには敵わなかった。
するっと躱されて、シルヴァーノはつんのめっていた。
「お、おいっ、ルーラ! 何やってるんだ、相手は格下のフェーレースだぞっ」
ティグリスの瞳が剣呑に光った。プライドを刺激されたようだ。
取って返して、また襲い掛かってくる。
背後には騎士達の乗るドラコエクウスが数頭いたが、少し戸惑っているようだった。騎獣同士の乱戦に慣れていないようだ。
反対にフェレスは、魔獣スタンピードの氾濫を押さえた時に、ほぼ見てる側だったとは言え戦い方をその目で見ていたからか、戸惑うこともなく右に左にと移動して躱していた。
どうかすると、尻尾でふーらふらと相手を挑発しているかのようだ。
ティグリスは頭に血が上ったらしく、真正面から突っ込んできた。
「何をやってるんだ、シルヴァーノ!! スパーノとノルベルトも囲い込め!!」
チコが怒鳴っていた。
2人の騎士が嫌々、囲い込みに来た。
「悪いな。お前に恨みはないんだが、これも貴族の命令と思って諦めるんだ」
「そうだぞ。相応の謝礼は後からする。素直に手放せ」
「それがこの国のやり方なんですか」
「……そうやって、成り立ってきた国なんだ」
諦めたような口調に、シウは憤慨した。
「つまらない国だ」
フェレスがフェイントをかけて避けた。まるで転移したかのような動きは、シウの空中階段を模したものだ。遊びの延長で追いかけっこしていたのだが、風属性魔法を細かく使いこなしている。本人は頭で考えているのではなく、感覚で覚えているだけなので、ある意味天才だった。
「上手い、フェレス!」
「にゃん!!」
下にいたチコが憤怒の表情で聖獣レーヴェに乗った。レーヴェは獅子型で、3.5mほどもある。立派な鬣の雄々しい姿は、王者の風格たっぷりだった。真っ白い姿は神々しく、飛ぶ姿も堂々としたものだ。
フェレスとでは、大人と子供である。
「もう許さん! あいつらを殺せ! 殺してしまえ」
「えっ、フェルマー伯爵、それは」
「いけません、伯爵!!」
騎士が制止の声を上げたが、チコには聞こえていないようだった。真っ赤な顔をしてシウを睨みつけたまま飛んでくる。
抜刀もした。
よし、とシウはようやく反撃に出ることにした。
テントの四隅に結界用のゲルを投げ、素早く魔術式を展開して、独自の強固な結界をくみ上げた。ついでに結界内部の生き物に治癒が利くような術式も組み込んでいる。
「な、なにを」
周りを取り囲んでいた兵士達が動揺していたが、誰もテントには近付かなかった。
これで当面の心配は減った。
あとは。
「殺してやるっ!!」
抜刀したまま突撃してくる男だけだ。
さすが聖獣だけあって、ものすごいスピードだった。
猛然と向かってくる気迫といい、威圧感は下手な魔獣よりも上だ。どうかすると火竜ぐらいあるのではないだろうか。
大抵はそれで下位の獣は怯むのだろうが、残念ながらフェレスは数々の上位種を見てきた経験者だ。
火竜にも会っているし、大型魔獣ヒエムスグランデルプスの前で囮をしたことだってある。
なので、フェレスは相手が聖獣だというのに、まったく意に介さず平然と立ち向かおうとした。やる気だけは誰よりあるのだ。
ただし、さすがに真っ向勝負は危険だ。シウは苦笑して、フェレスに合図した。
「どちらがあの子を先にばてさせるか勝負だよ」
「にゃ? にゃにゃ、にゃにゃにゃ!!」
え、遊び? だったら、負けないもん、と威勢よく請け負ってくれた。
シウはそのままフェレスから飛び降りた。
驚いたのは相手側だ。チコでさえ、目を見開いた。
騎士達も驚いて叫ぶ。
「危ない!!」
フェレスだけは分かっている。もっと高高度から飛び降りようとしたこともあるぐらいだから、こんな低空飛行から落ちても大丈夫なことぐらい、彼はよく知っているのだ。
シウはすぐさま背中にしょっていた飛行板を取り出した。
その上に素早く乗って、稼働させる。ほぼ、自力の魔法で急旋回した。
「なっ、なんだ、あれは」
「魔法? 魔法なのかっ!?」
その間に、フェレスがすれすれの位置でチコ達を躱していた。わざと、ギリギリのタイミングを計るあたり、彼らしい遊びが見える。
ふふんと相手を挑発するように笑うのも、そのせいだ。
レーヴェは大人らしく、それほど挑発には乗ってくれなかったが、チコは違う。いきり立って、自らのレーヴェに命令していた。
「カリン、奴らを引き裂いてしまえ! いや、子供の方だけでいい。できればフェーレースは生け捕りにしろ。お前ならできるはずだ。いいなっ!!」
「がうっ!」
反転して追いかけていた。それをフェレスと一緒になって、惑わせながら移動する。
追いかけてティグリスやドラコエクウスもやってきた。
逃げるようにしながら、シウは通信魔法でククールスにテントの場所を伝えた。
同時にギルドへも報告する。
それほど余裕があるわけではないので一方通行の通信になってしまったが、相手の様子は分かった。
ククールスは慌てて応援に来るためのパーティーを組み始めた。
ギルドでは大騒ぎだ。
それらを感覚転移で確認してから、シウは目の前の対応に戻った。
挟み込むようにティグリスが下から向かってきた。
が、乗っているのがただの宮廷魔術師だけあって、下手だ。
騎士達もさほど騎獣慣れしているようには思えない。ましてやチコなど、せっかくの聖獣も宝の持ち腐れとなっている。
これでは負ける気がしないなと、フェレスでなくとも思ってしまう。
フェレスなどは相手を待ってから逃げる余裕すらあった。
尻尾をふりふりされて、大人である聖獣もそろそろ切れてきたようだ。イライラした様子で尻尾をパシッパシッと自らの足に当てている。
「くそっ、どうすれば」
「がうがうっ、がう」
「あ? くそ、何を言ってるんだ、人型でないと分からんな」
聖獣相手でも彼は偉そうだった。
その聖獣レーヴェが急に地面に降り立った。
そして、驚き抗議するチコを前に、人型を取る。
「我々だけで戦わせてくれ。人を乗せているとやりづらい。危険に晒すことにも成る」
「お、おお、そうか。さすがはカリンだ。優しい子だな!」
うまく追い払われたことには気付いていないようだ。あの相棒は聖獣の方が賢いらしい。人型になったレーヴェは獅子型の時と同様に雄々しい男性型で、真っ白い肌をしているが筋肉がついており貧弱には見えない。
そのへんの冒険者など目ではなかった。
「おい、ルーラ、オーフとクアフ達も、それぞれ主を下ろせ。連携して仕留めるぞ!」
「「「がうっ」」」
次々と地面に降り立ち、主を下ろしていった。
その方が、シウも安心すると言えば安心だ。なんといっても騎獣から落ちるかもしれない彼等を心配しなくて済むからだ。
捕まえる気は満々だが、こちらは殺す気はなかった。
相手側は殺す気のようだけれど。
レーヴェがシウとフェレスを見上げてきて、睨みつけるように目を光らせた。
「俺達を舐めた、その付けを払ってもらうぞ!」
素っ裸だった人型から、すぐさま獅子型に戻った。
今度こそ本気で向かってくる気だ。
シウは通信魔法でフェレスに指示した。
「(徹底的に逃げ切るよ! やっつけるのは僕がやる。フェレスはフェイント担当ね)」
「にゃ!!」
まかせて、と相変わらず自信たっぷりの返事をもらった。
人を乗せない騎獣はとても素早い。
さっきとは比べ物にならないぐらいのスピードで向かってきた。
シウはフェレスに頼んで、先ずは囮になってもらった。
4頭を相手に逃げ惑うのは難しいものだが、魔獣相手にうろちょろする経験があり、小回りの利く能力を生かしてフェレスは上手く逃げ回っている。
その間に、シウは急降下した。
「うわっ」
「な、なんだ」
「くそっ、あいつを囮にしたのかっ」
慌てて何か詠唱しようとしていたがそれよりも前に、特殊ゲルを彼等の足元に投げた。爆弾型を改良して、小さく弾けるようにしたものだ。足元で飛散して彼等の足に纏わりついた。強力な粘着性のゲルは取れない弾力ゴムのように張り付いて、男達を捉えた。
その後、それぞれを結界で囲む。念のため、凍傷にならない程度に中を温めてやった。
「そこで静かにしていてください」
ついでに、結界内を無音にした。
叫ぼうがどうしようが、希少獣達には聞こえない。これで細かい命令は通じないだろう。調教魔法は誰も持っていないので、念話もできない。
もちろん、捕えられたのは希少獣達には分かっている。今度はシウをめがけて飛んできた。
シウはすぐさま飛行板に乗って飛び上がった。
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