313 商人&冒険者ギルドの職員来訪




 その日の夕方、早めに屋敷に戻ってリュカと遊んでいたらシウに客が来た。

 商人ギルドのユーリだった。

 客間に呼ばれて向かうと、ユーリがにこにこ笑ってメイド達と話をしていた。さすが折衝担当である。誰とでも仲良くなれるようだ。

「お待たせしました」

「いえいえ。こちらこそ突然お邪魔して申し訳ありません」

 ソファに座りなおして、話を始めた。

 彼の用件は、最近商人ギルドに来てくれないのは何故なのか聞きたい、ということだった。

 シウが前回話を持って行った飛行板についての基本ルールが出来上がったのに、いつもはマメに寄るシウが一向に現れないので、シェイラが相談したらしい。

 シウは正直に話すことにした。

「チコ=フェルマー第二級宮廷魔術師から、ちょっとした難癖を付けられまして。もしかしたらこの国を追われるかもしれませんのでそれどころじゃなくなったんです」

「えっ」

 そこに家令のロランドがやってきて、差し出がましいとは思いますがと言いつつ口を挟んできた。ようするに憤慨しているということを示したかったのだ。

「金貨1枚で、他国の人間がすでに契約している騎獣を、奪い取ろうとした? なんてことを」

「冒険者ギルドにも報告書は提出していて、スキュイさんやコールさんが交渉してくれることになってるんだけど、なにしろ相手は貴族でしょう?」

「ああ、そうだね」

「僕の後ろ盾でもあるオスカリウス家や、こちらのブラード家も力になってくれるというけれど、あまり騒ぎになるようだったら申し訳ないし」

「そうかあ。だったら今は特許は出せないよねえ」

「ある方から、これも取引材料になると言われたので差し控えてます」

「……はあ。ったく、我が国の魔術師はろくなことをしないね! こんなすごい技術を手放すことになるかもしれないのに」

 ユーリも憤慨して、どちらかといえば商人ギルド的にだが、一緒になって文句を言っていた。

「そもそも、この国の冒険者が騎獣を持てないことによる機動力の低さを心配して、君が考えてくれたものなのにね。それを他国のギルドで特許申請されたら、たまったものじゃないよ」

「魔術式も、冒険者仕様のものは隠蔽する気ですしね」

「えっ」

 ユーリが心底驚いて、身を乗り出してきた。

「そう、なのかい?」

「はい。なるべく、悪いことに使われたくないので、どうかしたら塊射機のように使用者権限を付けて売ろうかなと思うぐらいで。実際、高い買い物になるから、それでもいいかなーと思ってます」

「そんなあ! だったら本当にうちは損じゃないか」

「普通の飛行板は公開すると思うけど」

「いや、だって、冒険者仕様こそ、うちで使うべきものだよねえ?」

「そうですね」

「……くそう! 分かった、分かりました。どんな手を使ってでも、人脈を駆使して国に喧嘩を売ってやろうじゃないか。燃えてきたー!!」

 爽やかなイケメン男のユーリが、熱く語っている姿はおかしかった。

 ロランドも少し引いていた。

 が、頼りにもしているようで、

「シウ様が今後もシーカー魔法学院に通えるよう、うまく取り計らってくださいませ」

 と、お願いしてくれていた。



 翌日の風の日、急遽、冒険者ギルドの仕事が入った。

 朝の早い時間にクラルがわざわざ連絡に来たのだ。

 追跡と見張りをしていた兵が失敗したらしく、グラキエースギガスが王都側へ進行を変えたらしい。しかも、留めようとした冒険者の一部が巻き込まれて孤立しているとか。

 兵達には死亡者も多数出ているようで、彼等は孤立した冒険者を助けに行ってくれないそうだ。

 酷い話だが、今はそのことに対して文句を言っている場合ではない。

 現在のルシエラ王都には、上空から救助者を支援できるのはシウぐらいしかいないからだ。

 なにしろ、騎獣持ちの冒険者のほとんどが厳寒期のラトリシア国から出て里帰りしているか、シアン国への物資輸送の護衛仕事で出払っている。

 国の支援を待っていたら遅くなるだろうし、現場自体が助けに行ってくれていない状態では推して知るべしだ。

「分かった。すぐ用意して行くよ」

 クラルに答えると、スサにリュカのことを頼んでからロランドにも説明し、屋敷を出た。

 走ってギルドに向かうと、すでに荷物が用意されていた。

「失った武器やポーションなどが必要だろうと多めに用意した。大丈夫か?」

「はい」

 すぐさま魔法袋に荷を入れ、フェレスに跨った。

「じゃあ、行ってきます!」

「気を付けて!」

 大勢の冒険者達やギルド職員に見送られて、シウはギルド前から飛び立った。


 フェレスは自己最高ベストを出して、現場に到着してくれた。

 上空から全方位探索で探知しつつ、通信魔法でリエトに連絡を入れる。

「(シウです。孤立した冒険者達の大体の居場所って分かるかな?)」

「(もう来てくれたのか。よし、場所は、ちょっと待て、ククールス!)」

「(ククールスに通信切り替えるよ、ククールス!)」

「(おぁ!? あ? ああ、これが通信魔法かっ、びっくりした……)」

 リエトから、通信用魔道具を渡されておっかなびっくりしている様子が見えた。使うのは初めてのようだ。

「(急でごめんね。孤立した冒険者達の大体の居場所が分かったら教えてほしくて。あと、宮廷魔術師や兵達の連携も知りたいんだ)」

「(場所は、第二宿営地から東方向だ。距離にして20kmぐらいか。あと連携だが、全然取れてない。あいつら勝手に動き回ってる。こっちに下っ端狩りをしろって言っておいて、おきざりだぜ)」

「(……ちょっと待って、そこにグラキエースギガスはいない。魔獣も、もっと離れてる。どういうこと?)」

「(あ? でも、あいつらが、だって)」

「(まさか、おい、貸せっ、シウ、シウ、聞こえているか!)」

 リエトの焦った声が聞こえた。

 お互いに嫌な予感というやつが過ぎった。

「(孤立している冒険者の奴等はグラキエースギガスの進行を遅らせるためにも、先行している魔獣を狩るから必要だと連れて行かれたんだ。俺達は待機組だったんだが、孤立したという一報を持ってきたのは騎士の従者だった。くそっ、これは罠だ!!)」

「(……でも帰ってきていないことに間違いはないんだよね?)」

「(ああ。兵が戻ってないことも確認済みだ。戻ってきた者の中には怪我を負っている者もいたから、てっきり本当のことだと、思い込んだんだ)」

「(ある意味本当だったのかもね。分かった、リエトさんやククールスはその場で厳重警戒、待機していて)」

「(おい、だが)」

「(奴等は僕を捕まえたいだけでしょ。だったら、相手をしてやるまでだよ)」

「(お、おいっ!! 待て)」

 通信を途中で切った。

 それから、フェレスの後頭部を撫でた。

「フェレス、喧嘩を売られたから、買うよ」

「にゃっ!!」

 任せといて、と頼もしい返事がきた。

 念のため、胸の中に入れている卵石に厳重な結界を掛け直した。ついでに空間魔法で取り囲む。シウが解除しない限り決して壊れないよう、固定化もした。

 そうしておいて、現場に急行した。

 北東25kmの地点にだ。


 強固な妨害魔法を使われていたため、普通の全方位探索では見付けられなかった。

 ただし、強化すればあっと言う間に分かる。

 すっ飛んで行って、かなり高い上空で待機した。

 感覚転移して辺りを確認すると、白色のテントが張られておりそこに冒険者達が寝ていた。昏倒させられているようだ。魔法によるものだろう。

 一般兵があちこちに潜んでいる。彼等が「殺された」はずの兵だ。

 見下ろしていると、一部の者に見つかる。

 それらは人間ではない。希少獣だ。

 聖獣レーヴェを筆頭に、騎獣の中でも上位種のティグリス、ドラコエクウスなどだった。

 こちらに気が付いて、主にそれぞれ教えているようだった。

 その主である、宮廷魔術師の男が見上げる。その顔はいやらしげに笑んでいた。



 何が腹立つと言って、討伐すべき相手であるグラキエースギガスを利用して、味方であるはずの自国の冒険者達をだまし討ちし、シウを誘う餌にしたことだ。

 とんでもないことをしている。

 宮廷魔術師とはなんなのか、その自覚がまるでない。

 こんな人間はそうそうに躾けるべきだ。

 良い歳をした男を躾けられるかどうか分からないが、少なくともシウは許したりしない。

 かろうじて、冒険者達が死んでいないことだけが救いだった。

 とはいえ怪我を負っている者もいて、時間が惜しい。

 シウはすぐさま白いテントに向かった。

 もちろん、相手が阻むだろうことは分かっている。

 どんな手を使われても躊躇うつもりはなかった。

 ただ、それに巻き込まれる騎獣達が可哀想だった。

 それだけだ。

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