312 大図書館の地下と、化粧品の荷運び
その日、昼ご飯を挟んで大図書館にいたのだが、とうとう隠し図書庫の全貌が判明した。
なんとなく、もう本来の目的を果たしたからどこへ行ってもいいんだよ、と言われているような気がして、一人苦笑してしまった。
もちろん、仲良くなった友人たちや、面白い授業など、後ろ髪を引かれる要素は多々あるのでそう簡単に逃げ出したりするつもりはないのだが。
何故このタイミングなのだとは思う。
偶然なのは分かっているけれど。
とにかくも、全貌が分かったので、細い細い糸のように手繰り寄せて調べた探索結果を元に、感覚転移して覗いてみた。
やはり禁書庫のようだった。
あらゆるところに防御などの強固な結界が張られている。
大がかりで緻密な結界は芸術的ですらあった。これほどのものを付与するには時間がかかったのではないだろうか。
シウ自身もすり抜けるのにとても長い時間を要した。
中身は、視覚転移だけでも記録庫に写すことができた。あっという間のコピーで驚いたほどだ。慣れとは恐ろしいもので、使えば使うほど能力が上がっていく。
「……変わった内容のものも多いなあ」
古代の料理のレシピ本もあった。もしかしたら何かの暗号かもしれないので置いているのだろうか。
眠れない夜に解読でもしてみよう。
今のところ眠れない夜というのはないが。
とにかくも、地下の禁書庫を全部制覇できたのは嬉しいことだった。
もしかしてまだあるかもしれないので、こっそりと探知は続けるつもりだ。
細い細い糸の探知は、自動化もできるようになった。しかも放置していても大丈夫だからこっそりと大図書館の隅に固定してみた。
ばれたら怒られるだろうから、偽装させておくのも忘れない。
なんとなく忍者っぽくて楽しくなったシウだ。
おやつの時間には屋敷に戻り、その後はリュカと一緒に過ごした。
早めにお風呂にも入って、フェレスの好きなアヒルの玩具などで遊んで、長湯した。
のぼせかけたリュカを休ませていると、シリルから通信が入った。
「(やられました。そちらにキリク様が行くと思いますので、捕まえておいてください)」
「(何やってんですかね、あの人……)」
「(本当に。代理人に任せると言っているのに、面白い話には目がないのです)」
「(面白扱いですか)」
「(シウ様、本気でうちの子になりませんか? 養子がお嫌なら、秘書でも)」
「(お断りします)」
急いで断って、通信を切った。
呆れながら、リュカをお手製の団扇で煽いでやった。
晩ご飯の後、リュカを寝かしつけてから遊戯室に行った。
「カスパル、ちょっといい?」
呼び捨てはまだ慣れないが、本人がもう先輩後輩ではないからと言うのでなるべく普通に話すよう心がけている。
カスパルも気にした様子もなく、なんだいと本を置いた。
「今回の件を面白がって、キリク様がこっちに向かってるみたいなんだ」
「……オスカリウス辺境伯が?」
「面白がって?」
ダンも驚いて声を上げた。ルフィノたちもびっくりしてこちらへ集まってきた。
「うん。あの人、そういうの好きなんだよね。来るかもしれないとは思ってたけど、やっぱり秘書や補佐官を騙して逃亡したみたい」
「……隻眼の英雄って、そんな人なんだ」
ダンが呆然とした様子で呟いた。
「ごめんね、英雄像を壊して」
シウが謝る必要はないのだが、思わずそう言っていた。
「となると、お招きした方が良いね?」
「本人がどうするつもりなのかは分からないけれど、一応知っておいてもらった方が良いかと思って」
「もちろんだ。まさか宿など取られてしまっては貴族として面目が立たないからね。教えてくれてありがとう。ロランドに準備もさせておこう。リコ」
「はい」
リコも皆の面倒を見つつ、お酒を飲んでいたのでその場にいた。カスパルの命令を聞いて、彼はすぐさまロランドを呼びに行った。
「うわー、辺境伯がお泊りになるのか! すごいなあ!」
モイセスが嬉しそうな声を上げた。
他の護衛たちも嬉しそうだ。が、ダンやルフィノは違う意見のようだった。
「家としてお招きするんだ、失礼があってはいけないから大変だぞ」
「護衛の計画を立て直さないと。しかも、逃亡してきたということは護衛無しじゃないのか?」
慌ただしく打ち合わせが始まってしまった。
土の日になって、冒険者ギルドへ顔を出し、また荷運びを手伝った。
グラキエースギガスの討伐は済んでおらず、追跡している状態ということだった。
偵察に行ったところ、あまりの脅威に退いて来たとか。冒険者たちはあくまでも後方支援なので実際には見ていないようだった。
これは本当に宮廷魔術師が数人がかりで対応できる事案ではなさそうだ、ということで追加要請が冒険者ギルドとともに国へもなされているようだった。
「一度、交替で王都に戻りたいんだが、やれ近場の魔獣狩りをしろだのと煩くてな」
「そうした依頼は受けてないって断りたいんだが、実際問題この周辺の安全は確保しておかないとダメだし」
リエトたちが愚痴を零していた。
幸いというのか、雪崩現場はほぼ大がかりな魔法によって取り除かれていた。
岩石魔法のレベル五持ちである宮廷魔術師が街道の補強も行っているようで、冒険者たちもグラキエースギガスの方ではなくそちらの補助がメインとなっている。
その合間に近辺の魔獣狩りを定期的に行っているそうだ。
「大変だね」
「おうよ。待ってる期間が一番つらいわ」
「そうだよなあ。なにしろ食事が、な」
味気ない食事がつらいようだ。今日もシウが昼ご飯を作ろうかと提案したら全員が一斉にお願いします! と頭を下げていた。
便利な魔道具も置いて来ているのだが、保温機能があるだけで料理には誰も手を掛けないのでダメらしい。
宣言通り、午前に二回の荷運びを済ませて料理を作った。
午後は運ぶものはなかった。他に依頼はあったのだが、またしても騎士の名前での指名依頼で、内容がおかしかったためにギルドの方で断ってくれていた。
その為、シウは兵たちに見付からないよう大きく迂回して第二宿営地まで飛んだほどだ。
昼ご飯の後、リエトたちに以前ニクスルプスの群れを討伐した際に使用した魔道具を幾つか欲しいと言われていたのでそれらを渡したりもした。
個人的に欲しいということだったので現地で売買したが、本来は強制依頼のためギルド側で必要なものは揃えてくれている。ポーションなどもそうだ。
ただし、商品を指定して届けてはもらえないため、欲しいものがあれば自分で用意しないといけない。そうした必要経費も請負金のうちに入っているので、彼等は躊躇いなく品を購入していった。
ちなみに懐炉などはギルド支給で揃っている。
リエトたちには魔道具を渡したが、女性であるドメニカには化粧品を渡した。
「何がいいのか分からなくて、僕が作ったものなんだけど」
彼女には、肌荒れがひどいから適当に薬草師から買って来てと頼まれていたのだ。
「えっ、これ、シウが作ったの?」
「うん。ロワルで特許を取って売ってるものだから、大丈夫だとは思うんだけど」
二人して話をしているとククールスが割り込んできた。
「シウ、化粧品まで作ってるのかよ!」
と言ってゲラゲラ笑いだした。
リエトは女性の品だからと近寄ってこないが、ジャンニは興味深そうに覗いていた。
「最初は頼まれて作ったんだけど、想像以上に評判が良くて。つい悪乗りしてあれこれ効能の高いものを詰め込んでいたら、貴族家のメイドさんたちが絶対に商業に乗せてくれって言いだして」
個人で作って売るには限界があるし、何よりもこうしてシウが他国に行くと買えなくなる。それは困るということだ。
そうした話をしたら、早速使ってみたドメニカが、大きく頷いた。
「それはそうね! これとっても良いわ!」
「そんなすぐ分かるものかよ」
「分かるわよ! あんたたち、男の面の皮の厚さにゃ、分かんないでしょうけどねっ!」
相変わらず喧嘩腰だ。
シウを振り返ると笑顔なので、女性の変わり身の早さには驚かされる。
「ね、これ、化粧水よね? で、こっちが?」
「保湿液。クリームとか言うね。せっかく塗った潤いだから、それを閉じ込めておくためのもので保湿も兼ねてるんだよ。栄養たっぷりだからお肌に浸透して良いよ。夜はこっちの、もっとねっとりしたのを使うんだ」
「獣の脂みたいね」
「それも使ってるよ。臭わないのは、そうした処理をしてるからなんだ。薬草も入っていて、花だけで抽出した油が練り込まれているから、良い匂いもするんだ」
「へえ」
「だから、匂いがダメなところでは使っちゃだめだよ。夜専用にしか匂いの素を入れてないのはそういう意味もあるんだけどね」
「ああ、そうなのね」
考えてるわねー、とガラス瓶をひっくり返しつつ眺めていた。
「男性もお肌を綺麗にしておくと、女性にもてるのに」
「そうよね? ただでさえ冒険者なんてやってるんだもの。お肌ぐらい綺麗にしとけってもんよ」
声高らかにドメニカが話したせいか、ククールスやジャンニだけでなく他の冒険者たちも近付いてきた。女性にもてたいのはどこの世界でも同じのようだった。
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