319 聖獣への虐待と戦いの後の宴会




 慌ただしく片付けていると、カリンがやってきた。

 人型になってマントを羽織っているが、中は全裸なのでちょっとおかしい。なんとかならないのだろうか。

「見事な連携だった。チコでは難しかっただろう。やはり噂は本当だったのだな」

「うん、まあ、そうなんだけど」

 答えながらカリンを鑑定してみたら、聖獣だけあって闇以外の全属性が使えるようだ。魔力量も桁違いに多い。

「あのー、人型になる時は装備変更の魔法を使ったらどう?」

「あ?」

 いきなりだったので驚いたようだ。訝しむ視線を向けてきた。

「……何の話だ」

「だって、その格好」

 指差してみたのだが、カリンはどこがおかしいのだといった顔をして自分の体を見下ろしている。マントを羽織っただけの、どう見ても変態なのだが、本人に自覚はない。

 聖獣にはそのへんの恥じらいが分からないようだ。

「人前で裸を見せるのは、人の社会では失礼にあたるんだけどなあ」

「そうなのか? だが、女性は喜ぶぞ。ああ、男性でも喜ぶ者はいたな、そういえば」

 頭が痛くなってきた。

「……それって、フェルマー伯爵もいたの?」

「チコが招いた客だからな。当然いたぞ。皆、俺の体を褒め称えた。聖獣姿も美しいが、人型も素晴らしいと。だから裸でも良いのだと思っていたが」

「ほんと、ろくな主じゃないよね」

 はあと溜息を吐いたら、カリンが眉を寄せた。

「もしや、本来は良くないのか? 確かに、意見を言う者もいた。が、チコは政敵だからだと言っていたのだ」

 猜疑心が芽生えて来たようだ。

 基本的に心根が聖なるものでできている彼等は、疑えないのだろう。

 シウが困惑気味に笑っていると、話を聞いていたらしいキリクが口を挟んできた。

「素っ裸でウロチョロしていたら、人はそれを『変質者』と呼ぶんだ。たとえ顔が綺麗でもな」

「なっ、なんだと?」

「ましてや異性に全裸を見せるなど、有り得んぞ。まさか、そのお相手までさせていたんじゃないだろうな、そのチコとやらは」

 カリンは一瞬、きょとんとして、それから「ああ」と頷いた。頷いてから慌てて否定した。

「相手と言うのは、番と交尾することか? それはない。俺は同じ種族相手でないと交尾する気にならん。そもそもそうした気になったことがない」

 そう言ってから、暫く考え込んだ。

「……もしや、そうした相手を望まれていたのかもしれん。寝床に人間の女が入り込んでいたことがあった。そういえば裸だったのだ。おかしな種族だと思ったものだが」

「アホウめ。おかしいのはお前の主だ。よくもまあ、自分の大事な希少獣にそんなことをするもんだ。信じられん破廉恥野郎だ。お前、男娼扱いされたんだぞ? 分かっているのか?」

「だっ、だんしょう? だんしょうとは何だ?」

 その言葉がとても良くないことだとは分かったようだ。慌てて視線を泳がし、シウに助けを求めるように見つめてきた。

 そんなことを子供に問うなと言いたいが、答えてあげた。

「娼婦は知ってる? 男性に性行為をさせてあげてお金を取る仕事の人」

「あ、ああ、分かるぞ。チコの家にも高級娼婦というのが来た」

 言いながら、カリンの顔から血の気が引いた。いや真っ白い顔なので血の気も何もないのだが、ようはそうした顔色だ。

「……俺を、売ろうとしていたのか?」

「金じゃなくてもな。なにしろ、お前の同意なしに、性行為をさせようとした可能性がある」

「ま、まさか」

 そんなことは、獣の世界では有り得ない。ましてや聖なる獣だ。

 カリンはパクパクと口を開け、それから蹲ってしまった。

「とりあえずさ、魔法で装備変更覚えよう? ね?」

 素っ裸の大の男が雪の上に座り込む姿は異常だ。

 シウは彼を慰めつつ、無属性で使える簡単な装備変更、ようするに着替えの魔法の方法を教えてあげた。


 着替えと言っても元の服を用意しておかねばならず、またそれを入れておく容器も必要だ。シウは魔法袋から適当な腕輪を取り出して、はめ込まれていた魔核に服ぐらいの容量を持つ入れ物を付与した。空間魔法がなくとも、生産魔法持ちならこれぐらい作れるのだ。

 服はブロスフェルト伯爵からもらった、彼の息子のお下がりで大きめのものがあったから、それをあげた。

「いい? 一度着てからやるとやりやすいからね。ここに容器があるから、圧縮して入れると考えて、使うんだよ。詠唱はなんでも好きなように。≪瞬装≫でも≪早着替え≫でもお好きにどうぞ」

「……分かった。何から何まで、ありがとう」

「どういたしまして。大変だけど、頑張ってね。あと、君もだけど、希少獣は誰の奴隷でもないんだからね?」

「……分かった」

「下位通信魔法も教えてあげるからさ。何かあったら連絡しなよ。僕じゃなくても、誰でもいいし。信じられる先輩とかいたら相談してね」

 シウより見た目も実年齢も上の相手だが、どこか子供のようでついついお節介を焼いてしまった。

 何故かフェレスも、偉そうに右前脚でカリンの背中をポンと叩いていた。

 カリンがガクッと落ち込んだように俯いていたので、シウは軽くフェレスを注意した。



 第二宿営地へ移動した時にはもう夜になっていた。

 暗い中の移動は危険だろうということもあって、いやそれよりも、討伐成功の後の興奮が冷めやらぬ状態のところに英雄が来たものだから盛り上がってしまい、結局その日は野営することになった。

 シウがそうしたことを含めていろいろな報告をギルドとブラード家に済ませると、そこはすでに宴会の用意が始まっていた。

 チコだけは離れた場所で暖かい格好をさせて閉じ込められていたが、その他はなんと彼の従者まで宴会に参加していた。

「昏倒させられていた冒険者の皆さんはもう大丈夫?」

「ああ、助かったよ。突然のことで何がなんだか分からなかったが、後ろからやられたんだな」

「治癒魔法をかけてくれたんだよな? ありがとうよ。本当に助かった」

「ううん。元は僕を捕まえるための餌にされたみたいだし、こっちこそごめんなさい」

「だったら尚更、お前さんが悪いわけじゃない。こんな子供に攻撃しようとするなんざ、有り得ねえよ。誘き出す餌になるなんて、ほんと恥ずかしいぜ。こっちが謝らないと」

 お互いにごめんなさいと頭を下げ合っていたら、ククールスが間に入ってくれた。

「まあまあ。終わりよければ全て良し、ってな。もういいじゃないか。助かったんだからさ。お前らが捕まったおかげで、シウが来て、大物まで吊り上げた。そのおかげでグラキエースギガスを討伐できたんだ。な?」

「そうそう。結果が一番大事なのよ。くよくよするなんて、冒険者にあるまじき行為よ」

 それはどうだろうと思ったが、助けられた冒険者達の顔に笑みが戻ったので黙っておく。

 ドメニカが明るく皆を盛り上げてくれるので、宴会も楽しくなりそうだった。


 もう野営は今日で終わりだ、ということで、運び込んでいる食糧も思う存分使っていいと豪快な料理が始まった。

 慣れているのでシウが手を挙げて、作り始めた。

 すると、街道が整備されていたせいで第一宿営地の兵達が騒ぎに気付いてそろそろとやってきた。

 兵糧はまずいからといつも羨ましげに覗いていたとかで、冒険者達も彼等を憐れんで、シウにお伺いを立てに来た。一緒に食べさせてもいいか、と。

「いいよ。その代わり、偉そうにしたら食べさせないって言っておいて」

「よっしゃ」

 何故か、楽しげに呼びに行っていた。


 次々と兵達がやってきて、仕舞いにはほぼ全員が来ることになった。

 チコの執事など、取り巻き連中は来なかったのでそこまで厚顔無恥ではないようだった。

 シルヴァーノからはあちらの高級食材も提供されたので、それらと、ここ数日で倒した魔獣のうち美味なものだけを解体して使うことにした。

 竈を大がかりなものに変更し、鍋も自前の大物を取り出して大量に作る。

 魔法を使っての料理だから早く出来上がるし、ククールスなども手伝ってくれたので意外と早く基本料理は出来上がった。

 肉などは皆の前で順次焼いていくことにした。

「相変わらずマメなことだな」

 キリクが苦笑しつつ、酒を飲んでいた。

 宿営地には、寒いので酒を飲まないと温まらないという理由から、酒も大量にあった。シウが運んだので知ってはいたが、その安酒を平気な顔をして飲んでいるところは、まるで冒険者そのものだ。

「料理作るのも、食べるのも好きだし」

「お前が女なら嫁にもらったのにな」

「ぶはっ」

 サナエルが酒を噴き出していた。

「汚いなあ、お前! こっちに吐くなよ!」

 ラッザロに怒られていたが、サナエルは咳き込んで聞いていないようだった。

「女であっても嫁に行かないよ。そんな、料理の腕で請われても」

「料理だけじゃないぞ。魔法の奇抜な使い方や、臨機応変な戦い方、騎獣とも対等に相手をして、魔獣相手に怯えない。こんなやつ、そうはいないぞ」

「それって、戦闘要員じゃない。女性に対してそういう理想を持っているから、結婚できないんだよ」

「なんだと!?」

「そうですよー! 英雄様はちょっと酷いんじゃありませんか!? 女性に対して失礼よ、その考え。それならまだ顔が好みだって言う方が嬉しいわよ! ねー、シウ君!!」

 酔っているのか、ドメニカがふらふらしながらキリクに怒っていた。ジャンニが慌てて彼女を引き取って行ったが、時すでに遅し。キリクはちゃんと聞いていた。

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