320 シウの出自
ラッザロが苦笑しつつ、シウに教えてくれた。
「あの人、商売女の好みははっきりしてるんですがね」
「そうなんだ?」
「こう、胸が大きくて尻の大きな」
と手で示す。分かり易い女性の好みだ。
「でもお付き合いする相手ってのは、どうだろう? 貴族の令嬢はしんどいって言っていたしなあ」
「おい、俺の下の事情はどうでもいいんだよ」
「はーい」
「ったく。大体子供にそんな話するんじゃねえ」
「キリク様が言い出したくせに。嫁にもらうだのどうだの」
「だって、こういうのが相手だと楽じゃねえか。貴族の娘なんてもらってみろ。やれ宝石を買えだの、ドレスを誂えろだの。買い物に付き合わされるのも面倒だ」
「てことはご経験がおありなわけで。そりゃあめでたい」
「おい」
主従の漫才を右から左に流しつつ、シウは料理を大量に作った。
作っても次々と減っていくが、魔法を使ってたったと作り続ける。
熱いシチューはあっという間になくなり、その後は肉がどんどん消えていった。
解体が追い付かないほどだ。
冒険者達も手伝って解体してくれているが、間に合わないので、手持ちの岩猪などを取り出して焼いた。
兵達もさすがにただお客さんとして食べてるだけなのが申し訳ないと思ったのか、交替で肉を焼いてくれるようになったので、シウも休憩した。
フェレスは宴会場から少し離れた場所でカリンやルーラと遊んでもらっていた。
オーフとクアフなど、他の騎獣は恐れ多いと思うのか萎縮してか、それぞれの種族ごとに固まっている。
「ご飯だよー。おいで。オーフ達もおいで」
みんな一緒に食べようと呼び寄せた。
お皿代わりに、土を使って魔法で陶器状にし、その上に解体で出てきた魔獣の内臓を置いた。保温機能もあるが、解体したてのものだからほかほかしており、湯気が出ている。
それらを皆が美味しそうに食べ始めた。
フェレスも真っ先に飛びついていた。
「スープもあるからね。山羊乳を使ったものだけど、みんな大丈夫?」
「がうっ」
「ヒヒン!!」
それぞれ嬉しそうに頷いていた。
普段は飼葉が多いから嬉しいと、ドラコエクウスの1頭が愚痴を零していた。
栄養の高い雑穀も混ぜてくれるそうだが、やはり肉を思い切り食べたいそうだ。
「そうだよねえ。肉食だもんね」
「ヒヒン、ヒヒンヒヒン」
この内臓美味しい、とがつがつ食べている。
欠食児童のようでちょっと可哀想だった。
次に飛竜達のところへ行き、話しかけた。
毛繕いならぬ皮膚繕い(?)をしていたルーナとソールは、シウの「何が食べたい?」の質問に対して「肉」と答えていた。
単純明快である。
「岩猪でもいいの?」
「ギャーギャーギャッギャッギャッ」
「あ、そうなんだ。でもあれ、美味しくないんだよ?」
「ギャッギャギャギャギャーギャーギャー」
「へー、美味しくなくても食べられるんだ。そういうものなんだ。でもほら、あの時は人の目もあったしさ」
グラキエースギガスが食べたかったようだ。美味しくない肉なのに、そんなものなのかと不思議に思ったが、あれは討伐対象でラトリシア国のものとなるから彼等に食べさせるのは少々問題があったししようがない。
「あー、じゃあ、ヒエムスグランデルプスの肉でもいい? これも美味しくないらしいんだけど」
「ギャッギャ、ギャーギャーギャー」
食べる食べるというので、シウは魔法袋から取り出すようなフリで空間庫から使い道のなかった狼型大型魔獣の肉を取り出した。
「どうぞ」
ついでにルプス達のほかほか内臓も付けてあげた。
2頭とも喜んでかぶりつき、嬉しそうに先を争って食べたのでどうやら美味しかったようだ。良く分からない味覚だが、本人達が喜んでいるのだからいいのだろう。
食べているのを眺めていたら、キリクがやってきた。
「お前はいつも自分より、他人のことだな」
「人じゃないけどね」
「冒険者や兵にまで振る舞ってたじゃねえか」
「食べさせるの、好きなんだろうね」
「自分も食べないとダメだろうが」
「食べてるよ」
「その割には小さいが」
頭に手を置かれた。
「……本当に、どうしてこんな小さいままなんだろうね」
「あ? 本気で気にしていたのか?」
慌てたような声がして、シウは笑った。
「キリクでもそんな慌てるんだ」
「お前なあ」
「まあ、僕だって悩みはありますとも」
「そうか」
背が低いのは、体質だろうとは思っている。親からの遺伝かもしれない。片方は貴族だと爺様の推測から分かっているが、もう片方が人族以外だったら有り得る。
怖いのはエルフなどの長寿族の場合だ。
自分自身を鑑定したこともあるが、ちゃんと人間と表示されていたから間違いはないはずだが、少し不安だった。
成長が遅いのは長寿族の血を引いているせいかもしれないと。
最近、シーカー魔法学院の大図書館の更に地下、禁書庫で見つけた本に、ある文字を見付けた。
シウの名付けの元になった言葉のような気がしていた。
それは古代語というよりはハイエルフ語に近かった。いや、古代語でもあるのだが。
もしも、その血を引いた人の子であった場合、シウは後々ハーフとして長寿となる可能性もある。
「おい、大丈夫か?」
「うん」
長い時を生きる覚悟が、シウにはまだなかった。
前世でも思わず長生きをしたが、最後は孤独だった。
今は、前世とは比べ物にならないほど楽しい幸せな人生を歩んでいる。
フェレスという無二の存在とも出会えた。友達も沢山できた。
だからこそ、その彼等と死に別れていく人生を歩んでいく自信がないのだ。
考えると胃の奥がしくりと痛んだ。
考えても仕方のないことだから、考えない方が良いのだけれど。
いつもならすぐに答えを出そうとするのに、シウはそうしなかった。
自分自身に、今この知識を持ったシウが、フル鑑定を掛けたら分かることなのに。
「おい、悩みがあるなら、言えよ? 俺じゃあ大雑把で役に立たんというなら、あれだ、イェルドやシリルだっているんだ。いや、そもそも、スタン爺さんもいるだろうが」
「うん、そうだね」
人はいつか死ぬ。スタン爺さんだって死んでいく。
爺様も悪性腫瘍で、気付いた時には手遅れで治癒が間に合わず、あっという間に悪くなってしまった。
見送るのは嫌だが、これは自然の摂理だ。
「そうだね。でも、仕方のないことだから」
「おい、やめろよ? まさか治る見込みのない病気とかじゃないだろうな? 俺は子供が死ぬのは見たくないぞ!」
「なんなんだよ、その妄想は。大体、僕は病気になりませんー」
「は?」
怪我や病気にならない体なのだ。
シウは、きっと天寿を全うする。そういう風に神様が体を作ってくれた。
その人生を、ただ真っ直ぐに生きるだけだ。
「上級薬なら作れるんだ。最上級薬も作れる。あとは特級だけだなあ」
「……お前、大丈夫かほんとに」
顔を覗き込んで、本気で心配顔をされてしまった。シウは笑って、大丈夫だよと頷いた。
その夜、久しぶりに夢に神様が現れた。
「お久しぶりです」
「相変わらず、丁寧な子ね」
神様も相変わらず加耶姉さまの顔をしていた。服装は古い時代のローマというのかギリシャというのか、白いワンピースのような格好だったが。
「なんとなく会えるかなと思ってました」
「そうね。そう思って出てきました」
にっこり笑って、それからシウの肩を叩いた。
「あなたの魂が彼等に惹かれて、その結晶として宿ったのだから、不安に思わないであげて」
「……はい」
「あまり干渉したことは言えないんだけど、最後の言葉は知りたいでしょう。あのお爺さん、まったくもって覚えてないんだもの。あんな適当なのは知らないわ」
そう言ってから、小さく、ソッと耳元で囁くように教えてくれた。
シー・ウィース・アマーリー・アマー。
それから、アクィラの神に誓って、と言い残したそうだ。
爺様は最初の言葉と最後の方の言葉だけを記憶して、シウに名付けた。
「意味は分かるわね? もし、愛されたいと望むなら、愛しなさい、よ」
神様が珍しく、とても慈悲深い顔をしてシウを見た。あの軽いノリはどこにもない。
「もっと、誰かを愛しなさい。愛は返ってくるものよ」
もちろん損得で考えるものではないけれど、と付け加えて。
最後に、神様はいつものお茶目な様子で笑って教えてくれた。
「あなたはとっても幸運なのよ。引きが良いのは、わたしのおかげです。感謝してね?」
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