321 ギルド前での悶着と、英雄の来訪
翌朝、シウ達は王都に戻った。
キリク達とは別に戻ったので知らないが、彼等は王都の外壁にある獣舎で飛竜を一旦預けて、王都内へと移動したようだった。
ギルド前に到着する前から人だかりが凄かった。
その中を下りていくのは少々勇気のいることだったが、フェレスにご飯を食べさせてくれた冒険者達がせっせと場を空けてくれた。
憲兵もいれば騎士の姿もあって、冒険者とごっちゃになっている。遠巻きに住民達が見ていた。
「カリン、フェルマー伯爵は大丈夫?」
「がうっ」
猿轡は直前に外していたが、詠唱する元気はないようだった。
貴族としての体面を重んじて格好もきちんとしてあったのだが、本人は鬱屈とした顔をしていた。
シルヴァーノも一緒だったが、彼は離れた場所に降り立った。
どちらに付けばいいのか分からないまま自然とそうした立ち位置になったようだ。
「シウ君! よく無事で」
ギルド職員の一人がいてシウに駆け寄ってきた。心配そうな顔に、笑顔で答える。
「はい。助っ人もいたので」
「いや、討伐じゃなくてだね。もちろん討伐も良かったのだが」
フェレスの上にはククールスも乗っていた。リエトだとちょっと重いだろうと、彼は飛竜に乗ったのだ。合流するにはもう少し時間がかかりそうだ。移動は早いのだが、飛竜の預かりなどで手間がかかっている。
「暗殺されそうになったとか!」
大声で言うのでギョッとしたが、どうもそうしたことを喧伝する必要があるようだった。
ギルド前で人だかりがあったのも、揉めていたせいかもしれない。
案の定、騎士から反論があった。
「第二級宮廷魔術師が暗殺を謀るなど、そのようなでたらめを言うな!」
「そうだ。お前たちを反逆罪で捕えても良いのだぞ」
すると今度はギルド職員や冒険者から、
「証拠はある! しかも、この間から規定違反を起こしてばかりで何を言っている!」
「そうだそうだ! 肝心な時に宮廷魔術師も兵も出さないでギリギリまでほったらかしにしたくせに偉そうに言うな!」
「自分の国を守る気はないのか!」
言い合いが始まってしまった。いや、再開したのかもしれないが。
呆れつつ、シウはそろっとギルド内へ入った。
幻視魔法を繰り出していたせいか、誰にも止められずに入ることができた。
一応、チコはカリンに乗せたまま連れて入っている。シルヴァーノ達は外で待機していた。このまま戻ってくれてもいいのだが、何故か律儀に言い合いを聞いているようだった。
ギルド本部長室に案内されると、そこには幾人もが待っていた。アドラル本部長のみならず、スキュイとコール、それにルランド、商人ギルドの本部長ヴェルシカとユーリもいた。
「まずは、討伐お疲れ様です」
「僕は傍観者ですよ」
何故かシウに対して頭を下げるので慌てて手を振った。ククールスはついて来ていたが、この面子にゲッと声を上げて入り口で立ったままだ。中まで入ってこないせいで、廊下でフェレスやカリン達が渋滞を起こしている。
「君達も早く入りなさい」
アドラルに言われて、仕方なくといった態度でククールスが入ってきた。
フェレスは邪魔者がいなくなったとばかりに急いでシウの横に座った。ソファの上だ。
「おや、彼は拘束していないのかい?」
ヴェルシカが不思議そうにチコを見て言う。
「貴族の体面もあるでしょうから、彼の名誉のために、直前で外しました」
「だが、大丈夫なのかね?」
「大丈夫でしょ。シウが面白いことやってたから」
ククールスがシウの後ろに立って、手を後頭部で組んでのほほんと言い放った。
皆がシウを見たので、苦笑しつつ教えた。
「彼の周囲に結界を張って、無音魔法を固定しました。彼は詠唱なしで魔法は起動できないタイプらしくって、それだけで攻撃は防げます」
「おお、それはまた」
「複雑な術式なのによくやるなあ」
若干、呆れたような顔をされた。
「ところで、随時報告は届いていたが、その、例の、隻眼の英雄が来たと言うのは?」
「本当です。様子を見に来ただけのようですが、ついでなので手伝ってもらいました。なにしろ、宮廷魔術師は依頼の仕事を行うこともせずに、僕を狙ってくる始末ですから。このままだと王都にまで向かってくる可能性もありましたのでラトリシア国の体面とやらを慮ってる暇はないなと、一冒険者として判断しました。キリク様にお願いしたのは僕なので、もし外交的に問題があるなら、僕へお願いします」
「いや、わたし達は――」
「と言う風にしておくと、ギルド側も良いかなと思って。僕はいわゆる流民なので、気楽ですし」
「……そんなこと、言ってくれるな。頼むから」
アドラルが悲しそうに言うので、シウも反省した。
「ごめんなさい。ちょっと荒んでましたね」
「いや、君の立場になれば腹立たしいと思うだろう」
「そうだ。落ち着いて対処できるのは大人でも難しい。君はしっかりしているよ」
ヴェルシカが慰めるように言ってくれたが、八つ当たる相手を間違えたのはシウだ。
「学校も楽しいので、できるだけ我慢はします。キリク、あー、オスカリウス辺境伯にも逃げ出すなと言われているので」
とっとと楽な生き方を選ぼうとするシウに、彼はヴァスタの面影を見ている。
爺様はそんなつもりはなかったかもしれないが、もっと傍にいてほしかったキリクを置いて気楽な生活に走った。
どこか齟齬があるように思うが、爺様とは気質が似ているのでシウも気を付けようと考えている。
「とりあえず、あちこちに働きかけてるので今のところ大丈夫かと思います」
そう言って、チコを見た。
無音魔法は外側の声も聞こえないようにしているので、彼は訳も分からず視線を動かしていた。
ギルドで詳細な報告書を提出し打ち合わせをしてから、帰ることになった。
チコはギルド側が要請した貴族の息のかかった憲兵が連れて行った。
シルヴァーノはすでに王宮へ戻っており、自己弁護に励んでいるはずだ。
討伐したグラキエースギガスの使える部位はタウロスに渡し、その他の荷物も下ろすとフェレスと共に屋敷へと戻った。
屋敷ではロランド達が待ち構えており、リュカも飛びついて迎えてくれた。
「お疲れ様でございました」
「いえ。それより途中何度も連絡をしたので振り回されたんじゃないですか。すみません」
「とんでもないことです。事情が分かりますのでとても助かりましたし、お客人のお迎え準備もできましたので大変有り難かったです」
ホールで話していると、カスパルがやってきて苦笑した。
「何もそんなところで話さなくともいいのに。シウも疲れてるんだ、休ませておやりよ」
「そうでございましたね。気が利かずに申し訳ございません」
頭を下げるので、いえいえと手を振った。
「それにもうすぐキリク、オスカリウス辺境伯も来られると思うので、立ち会った方が良いでしょうし。それにちゃんと寝ていますから、休むというほどのことはないです」
「おや、英雄殿はもう来られるのか」
「若様、お早くご準備を!」
カスパルはまだ起きたばかりのような気楽な格好をしている。
担当のメイド、リサにお尻を叩かれる勢いで追い立てられていた。
そうこうしているうちに、キリクが馬車に乗ってやってきた。
門番はすでに話が通っているのですぐさま彼等を通し、表玄関へは全員が揃ってお出迎えをした。
「騎獣を借りようと思ったら、この国にはなかったのを正門を抜けてから思い出したぞ。なんなんだ、ったく」
開口一番、怒り心頭といった様子で愚痴を零していた。
「……貴族のお屋敷に来て真っ先にそんなことを言うなんて、イェルドさんが聞いたら怒るだろうね」
「うっ」
胸を抑えるキリクは無視して、シウは間に入って紹介を始めた。
「キリク様、こちら、カスパル=ブラード様です。ブラード伯爵家の第三子で」
えーと、幾つだったっけと考えたのが伝わったのか、本人が自己申告してくれた。
「十九歳です。オスカリウス辺境伯様」
「キリク=オスカリウスだ。うちの子が世話になっているようで有り難く思う。本日も急な来訪だというのに歓迎して頂き誠に有難う」
「恐れ入ります。さあ、どうぞお入りください。お供の方々もどうぞお寛ぎ下さい」
騎士の格好をしているのもあってか、ラッザロやサナエルにも丁寧な対応だ。
二人の騎士を伴って、キリクは一番豪華な客間へと案内された。
「この度のご滞在では、拙宅をお使いいただければ幸いです。何分、わたくしのような未熟者の住まう場所にて辺境伯様の御心に適うおもてなしができるか不安ではございますが、精一杯務めさせていただきます」
「こちらこそ、突然お邪魔した立場だ。ご迷惑をおかけするのは本意でない。が、滞在を許していただけるなら、ぜひともお願いしたい。あー、ご存知でないかもしれぬが、わたしは堅苦しいのが好きではない。そろそろ、普通に接して頂けると有り難いのだが」
キリクの貴族らしい態度はあっという間に消えてしまった。
カスパルが、ほんの少し、シウやロランドに分かる程度に目を見開いていた。彼も社交場では顔を合わせているだろうし、以前学校でも話をしたことはあるはずだが、ここまでざっくばらんだとは思わなかったようだ。
型破りの貴族と言われるオスカリウス辺境伯の姿は、身近に接するとやはりびっくりするのだろう。
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