322 見せびらかし
その後は、滞在中の取り決めや、現在の状況などを事務的に話し合った。
ざっくばらんすぎる話し方に、カスパルも慣れたのか最後の方では肩の力を抜いて相手をしていた。
ロランドは最後まで緊張していたようだったが、ブラード家としての責任を負っているのだから仕方ないだろう。
部屋は最上級の客間が用意され、専用のメイドも付けていた。ちゃんと若い女性ではなくてメイド長などを付けているあたりに配慮があった。
若いと浮き足立ったり、妙な気を起こして夜這いされても困るからだ。
もちろん、夜這いする側は女性の方だ。
ある貴族などそれを見越して見目麗しい女性を宛がったりするのだそうだ。上手く懇ろになれば恩を売れるなど、お互いに利があるとか。貴族の社会は怖いのである。
「ところで、さっきからあれは何をやってるんだ?」
話も終わり和やかに世間話が始まったところで、キリクが指差した。
シウが座るソファの横でフェレスが卵石を咥えていたのだ。
何度かテーブルに乗せて、尻尾をふりふり自慢げに見せびらかして、キリクが視線をやると慌てて口に咥えて戻していた。
「あー、この子が育ててる卵石」
「あ? 騎獣が卵石を育ててるのか? 例のお前が拾ったやつだろう?」
「欲しいと言うから」
「……お前、こいつに育てられるわけないだろうが」
胡散臭いものでも見るように、半眼でフェレスを見下ろしている。
「一応、昼間は僕がお腹に入れて温めているし。夜だけフェレスが担当なんだ」
「にゃにゃ、にゃにゃ」
「……なんて言ってるんだ?」
更に目を細めてキリクが問うてきた。なんとなく意味が分かっているらしいが、シウはそのまま伝えた。
「いいだろー、でもあげないよ、だって」
「……こいつ、さっきから俺に自慢してるのか!?」
「うん。見せびらかすんだってさ」
「……なんつう性格の悪さだ」
「えっ、キリク、卵石が欲しいの?」
「……別に欲しいわけじゃ、ないぞ」
「ぷっ」
ソファの後ろで待機していたラッザロが噴き出した。慌ててキリクが振り返り、怒る。
「おいっ、笑うな!」
「いや、だって。キリク様、卵石を探して森の中を歩いていたじゃないですかー」
「てめえ」
「わー、すみません!!」
腕を振り回したので、慌ててラッザロが口を閉ざした。でもその顔はにやにやしている。それを睨みつけた後、キリクはまたフェレスを見て口を開いた。
「本当に性格悪いぞ、お前!」
「にゃん」
ふふんと、そっぽを向いてしまったが、その尻尾は楽しげに揺れていた。
それを見ていたカスパル達はぽかんとしていた。
「……フェレスはキリク様相手にはこんなになるんだねえ」
「本当でございますねえ」
こんな、になっているフェレスに、シウはちょっと注意した。
「誰彼かまわず自慢したらダメだって言ったよね? あと、ちょっとキリクに対して意地悪じゃないの?」
「ぶにゃん」
変な鳴き方をして、そっぽを向いた。反抗期かしらと思いつつ、シウはフェレスの名を呼んだ。
「フェレース。こっち向いて」
「にゃ」
「目を合わせて」
「にゃ……」
「なんで意地悪するの。卵石をもらって嬉しいのは分かるけど、みんな欲しいと思うものなんだからむやみやたらに自慢しちゃダメでしょ? フェレスはそれを誰かにされて、嬉しい?」
「に……」
「嫌でしょ? 自分がされて嫌なことを、誰かにやるの?」
「に」
「分かったら、謝りな」
「……ぶに」
変な鳴き声だったが、一応謝ったようなので、シウはそのことをキリクに伝えた。
「ごめん、だって」
「……まあ、いいんだけどよ」
ガリガリ頭を掻きつつ、キリクは苦笑した。
「お前と俺の精神構造一緒なのかよ。俺の方が大人なのになあ。まあいいや。せいぜい頑張って育てろよ。シウに迷惑かけるな。ちゃんとした騎獣に育てるんだぞ?」
「ぎにゃっ、にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃにゃ!!」
「なんて言ったんだ?」
キリクが面白そうな顔をして聞くので、仕方なくなるべく穏便に通訳した。
「……分かってる、子分にするから大丈夫、だそうだよ」
「子分?」
「この間から、子分を沢山作るんだって張り切ってるんだ」
「フェレスのか?」
「ううん。僕の。なんでもフェレスが第一の子分で、それは譲らないんだって。で、その下に沢山作って言うことを聞かせるんだってさ。一緒にお風呂入って一緒に寝て良いのは自分だけだって、子分に示すんだとか訳わかんないこと言ってる。どこで誰に唆されたのやら」
肩を竦めたら、話を聞いていたカスパルを含め、部屋の中の全員が笑い出した。
「なんだ、結局シウ自慢かよ。フェレスらしいなあ」
というキリクの言葉が彼等の笑いの元らしい。
なんだかんだで昼になったので、早速食事となった。
厨房は張り切ってお客様に自慢の料理を振る舞った。シウも一緒に摂ることになったのだが、リュカが待っているだろうことを考え、思案した。
しかし、リサ達がこれも上下関係を覚える良い機会で、リュカのためだからと言うので、おやつの時間には戻るからと伝言を頼んでキリク達と共にした。
シウ自身は上の立場にないが、貴族の大物を後ろ盾に持っている以上は追従しなければならない。これもご接待だなあと思いつつ、食事を終えた。
「昼から暇なら、例の魔道具を見せてくれよ」
「あー、はいはい。でもその前に面倒を見ている子がいるので、会いに行きたいんだけど」
「面倒見てる? 女か?」
「キリク様、オヤジの発言ですよ」
ラッザロが小声で注意していた。サナエルは素知らぬ顔だ。
「残念ながら? 男の子です。獣人族と人族のハーフなんですけど、連れてきても?」
「構わんぞ。……ああ、じゃあ、さっきの食事も一緒に摂れば良かったな」
シウは肩を竦めた。
「そういうわけにもいかないそうです。今のうちからマナーを覚えさせるんだって、メイド達が言ってるんで」
「成る程。ここの家も女が強いんだな」
キリクは笑って手を振った。
「食事外なら構わんだろ。客人の俺が言うんだから問題ない。連れてこいよ」
「うん」
部屋を出て、屋敷の端っこ、元隠居部屋に向かった。
フェレスはもう戻っており、部屋を覗くとシウのお気に入りのソファで1人と1頭がぴとっと張り付いていた。
「リュカ、遅くなってごめんね」
「シウ!!」
急いで飛んできて、目の前でちょっと間を置いて上目づかいに見てくる。
抱き着くのは良くないのかしらと逡巡しているのが分かった。
「ほら、おいで」
「シウ!!」
手を広げると飛びついてきたので、抱き上げた。
「わあ、重くなったね! ちゃんと大きくなって、偉いねえ」
「重い? 重い? 僕、重いと、シウ大変だね、降りる!!」
「まだ大丈夫だよ。でももっと大きくならないとね。沢山食べて、運動して」
「うん!!」
フェレスはうとうとしていたのか、のっそりとソファから降りて近付いてきた。
「にゃ」
「庭で飛行板を見せびらかそうと思ってるんだけど?」
見せびらかすと言ったら、フェレスは眠そうだった目をパッと開けて、嬉しそうに鳴いた。
「にゃん!!」
尻尾も最大限に振られている。
どれだけキリクをからかいたいのだろうか。どうもフェレスはキリクに対抗意識があるようだ。
キリクも言っていたが同じような精神構造なのか、あるいは精神年齢なのか、よく分からないが、ふたりとも大人げないことは確かだ。
「お客様が来てるから、一緒に行こうね」
「ぼ、僕、待ってる」
「どうして?」
「……だって、お利口に、してないと」
「大丈夫だよ。見た目はちょっと怖いかもしれないけれど、優しくて良い人だよ。そうだなあ、豪快な冒険者のオジサンみたいな感じ」
「……そうなの?」
「うん」
「じゃあ、僕、行く」
よしよし、と頭を撫でて、ついでにフェレスも頭を寄せてきたので撫でてやり、部屋を出た。
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