323 新人下男と飛行板の乗り方指南
部屋を出たところで、隣りの元物置で、現在は使用人室に改造した部屋から男が出てきた。
「「あっ」」
お互いに声を上げた。
「ソロルさん?」
「シウ様!!」
「えっ、どうしたのっ?」
騒いでいると、スサがやってきた。
いつもリュカの面倒を見てくれている彼女は、リュカがお昼寝していたり、1人でお勉強している間は少し目を離して違う作業をしている。今日もそうだったらしく、合間を見て覗きに来たようだった。
「あら、ロランドさんが説明してませんでしたか」
彼でも失敗するのねと言いながら、スサが教えてくれた。
「リュカ君も元気になってきたことだから外出する機会もあるだろうとのことで、元々下男の手が必要だったので新しく雇うことにしたんです。それで思い出したのが、リュカ君のことをとても心配してくれていたお父さんのお仲間の方で――」
「わざわざ俺、いえ、わたしの主のところに来てくださって話し合いの上、請け出してもらったんです」
ソロルはとても感動した面持ちで嬉しげに報告してくれた。
「例の事件の後、よくよく調べてみたそうです。そうしたら、ソロルさんのご両親の借金自体も騙されてのことらしくて、しかも亡くなられたのに強制的に息子さんを奴隷落ちにしたとか。リアム=フロッカリという商人の方も騙されて買わされたようですのに、話し合いの上、かなり融通してくださいました。良いお方のようでしたね」
「ええ、わたしのところは、モンカルヴォのところほど酷くなくてまだましでしたけど」
チラッとリュカを見て、しかしソロルは言葉を飲み込んだ。聞かせたくなかったのだろう。父親への酷い仕打ちを子供の前で蒸し返しても良いことはない。
スサも理解して、ひとつ頷いた。
「そういうわけで、面接してお話した上で良いお方と判断しまして、当家に来ていただいたのです」
「そうだったんだ。でも良かった。ソロルさんだったら良い人だし、リュカも知り合いがいると嬉しいよね」
「うん、あ、はい!」
「ふふふ。リュカ君もお勉強頑張ってますからね。ソロルさんも一緒に礼儀作法を学びましょうね」
「あ、はい!!」
若い女性に言われたからか、恥ずかしそうにソロルは答えていた。
その場で少し話をした後、ソロル達とは別れた。彼はまだ勉強中の身らしく、表には出せないとリコから言われているそうだ。
昨日来たばかりだし、今は何もかも分からない状態で右往左往していると言っていたが、やる気があって真面目なのですぐに馴染むだろうということだった。
部屋を出てから、リュカと手を繋いで廊下を歩いていると、待ち切れなかったのかキリクがこちらに向かって歩いてきた。
「お客人がうろちょろして、いいんですかー」
「いいんだってよ。好きにしていいって言われてるんだから、いいんだろ」
「イェルドさんに報告しようっと」
「おい、こら」
「あ、その前に。キリク様、こちらがリュカです。リュカ、ご挨拶できる?」
「は、はい! あの、僕はリュカです。8歳です。お勉強中です!」
一生懸命挨拶したリュカはとても可愛かった。やり切った感があって、頬が紅潮している。
にまにましていたら、呆気にとられていたらしいキリクが、慌てて頭を下げた。
「ご丁寧な挨拶、ありがとう。わたしは、キリク=オスカリウス辺境伯だ。よろしく」
「はい!!」
返礼されて、嬉しかったようだ。はにかみながらも元気に応えていた。
キリクもそれを見て、目を細めて笑っていた。
ロランドに声を掛けてから、裏庭に出た。表側はさすがに客人が来るなど人の目もあるので、シウの鍛冶小屋もそうだが、訓練や実験などは全て裏庭で行う。
塀の近くには高い木々も植えているので、そう中を見られることもない。
「どうも、殺風景な庭だな」
「僕の魔道具実験用になってるからなあ。カスパルも時々変なことをしてるらしいけど、基本インドアだし。やっぱり僕のせいかも」
「お前は時々妙なことを言うな。研究肌のやつは自分の世界に浸りすぎなんだよ。ベルヘルトの爺さんもぶっ飛んでるし、スヴェンも変人だしな」
ぶちぶちと文句を言いだしたので、シウは魔法袋から取り出した飛行板を手に、にやりと笑った。
「そんなこと言うなら、見せてあげないけど」
「お、おい!」
「にゃにゃにゃ~!!」
「おいこら、俺でも分かるぞ、こいつ今、ざまーみろだとか言っただろう?」
「あはは」
笑いながら誤魔化して、周囲に結界を張った。かなり大きなものだが、見抜くレベルの魔法使いはこの中にいないので遠慮なく使用した。
「まずは、こっちの簡易版で。風属性持ち用の、簡単に飛ばせるものね」
軽く説明して、乗って見せた。
「微量の魔力量を使って、足元のスイッチを入れると浮き上がる仕組み。魔核はほぼこの起動にだけかかってるから魔道具としては比較的安く出来上がったんだけどね。その代わり、推進は自力の風属性魔法を使う。あとこの状態、ホバリングしてると燃料用の魔核は減るから、無駄になる。起動させたら即飛ばすことだね」
そう言うと前方向に飛んだ。塀まで行くとスイッと旋回して、徐々に高度を上げながら飛び回った。フェレスも交差しながら飛んでいく。彼にとってこれは遊びなのだが、シウには良い練習になった。
「こりゃあ、すごい」
「なんてものを作るんだ、シウ殿は!」
地面では3人が見上げており、メイド達がテーブルや椅子などを端にセットしているのが見えた。
彼女達はもう慣れており、にこにこと笑って手を振っている。
テーブルを運ばされていたソロルだけがぽかんと口を開けていた。それもすぐさまリコに注意されたようで、慌てて次の仕事に戻っていった。
数分飛んで見せたあと、すっと地面に降り立った。
「平衡感覚とか、そういったものは飛竜乗りなら問題ないだろうと思うけど、慣れない人には空気の玉乗り――」
バランスボールと呼ばれていた気がするそれを取り出してみせた。
「こういうのに乗って鍛えると、乗りやすくなるね」
「ほう」
「でも、シーカーの生徒は大抵すぐ乗りこなせていたよ」
キリクの目がキランと光った。
「俺もすぐ乗りこなせるだろ」
「あー、ほら、煽るから。シウ君、ダメだよ。キリク様すぐ調子に乗るんだから」
ラッザロが小声で注意してきたが、キリクは聞いてなどいない。
シウから奪うように飛行板を受け取ると、矯めつ眇めつしてから地面に置いた。
見よう見まねでスイッチを入れて浮き上がる。
「うおっ、と」
よろめきはしたものの、なんとかその場でふらふら滞空できている。実はこの状態が一番難しいのだ。それはキリクも分かったようで、
「そうか、動いている方がいいのか」
と、すぐさま風属性魔法を使いだした。
しかし、かなり強めに使ったらしく、何故か自分だけ飛び出てしまった。前のめりに落ちて、とはいえさすが職業が魔法戦士になっているだけあって無様に転げ落ちることはなかったが、地面に落ちてしまった。
同時に人の重みが無くなった飛行板はゆっくりと地面に落ちた。人が吹っ飛ばされてもできるだけ残った飛行板がまた使えるようにと、そうした仕組みを取り入れているのだ。
「最初は足に紐を付けておかないと、飛行板失くすよ」
「おうよ」
「あと、話はちゃんと聞いてよ。風魔法は自分じゃなくて、飛行板に使うんだって。その方が魔力は節約できるし効率がいいんだ。飛行板自体もその力を受け取りやすいようにしてるんだから」
「ああ、そうか。成る程な」
「それよりキリク様、早くしてくださいよ。俺達も乗りたいです」
文句が出たので、シウは魔法袋からふたつ取り出した。
「どうぞ。あ、ラッザロさん達は、冒険者仕様の方使います?」
そちらも取り出すと、飛行板に乗って飛び始めていたキリクが振り返った。
「俺が先だぞ! っと、うわっ」
バランスを崩したらしく、また落ちていた。
「……キリク様、若い子達に張り合わないで、ちゃんと乗りましょうよ」
「そうですよ、キリク様。このお屋敷で怪我でもしたら、お相手にだって悪いんですからね」
2人の部下に宥められて、地面に尻もちをついていたキリクは不満そうに口元をへの字にして黙り込んだのだった。
大人組がわいわいやっている間、シウはリュカをフェレスに乗せてあげた。
「ここを持って、そうそう、またいでね。フェレスは落とさないように飛んでくれるけど、万が一落ちても安全帯あるからね。怖くないから」
「うん」
「フェレス、ゆっくりのスピードであまり高く飛ばないように。いいね?」
「にゃにゃ」
言われた通り、フェレスは超低空飛行で飛んであげていた。ふらーふらーっと、テーブルの周りや、屋敷から時折様子を見に出てくるメイド達のところをふんわりと飛び回る。リュカは嬉しそうにキャッキャと笑っているし、メイド達も楽しそうにハイタッチしていた。
その近くでは大人げない大人達がギャーギャー騒ぎながら飛行板を操っていた。
「どうだ、俺の方が上手いだろう?」
「それ、ずるいですよ! 冒険者仕様じゃないですか」
「こっちの方が俺向きだ。馬力も違うしな」
「キリク様ー、それ返してくださいよ。俺達も乗りたい!!」
「うるせー」
ダメな大人の見本が、キャッキャと楽しそうに乗っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます