324 ぶたれた理由
気に入ったので絶対に欲しいと言い張られ、今回の件もあって冒険者仕様の飛行板をひとつと、簡易版の飛行板を2つ進呈した。
ついでに安全対策の魔道具も渡す。
「これはなんだ?」
「≪落下用安全球材≫とか呼んでるんだけど、ようは落下時の安全対策用魔道具なんだ。使い方は、腰帯に、できればお腹のあたりに付けて、対となる器具を対象物に付けておく。この場合は飛行板ね。設定した距離を離れたら1秒掛からずに魔術式が起動、最初の10秒間はアラーム音が鳴り続ける。誤作動を考えて10秒あれば気付いて解除できるだろうからそうしたんだ。でも最初の1秒内で起動はしているから、そのままどこかにぶつかったら安全対策の魔法が発動して、腹部分から高柔軟ゲルが飛び出て円壁を作り上げ、柔らかいクッションの役目をはたして体を守ってくれる、というわけ」
「……は?」
「やってみせようか? あ、フェレス、今度は邪魔しないでね。低いところからやるから、大丈夫だよ、分かった?」
「に」
嫌々頷いて、その場に蹲った。でも、前足が揃っており、いつでも飛び出せるぞという姿勢だ。
苦笑しつつ、飛行板を取り出して飛んだ。
本来は飛ぶ前にセットするものだが、上空で取り付けて、そのままパッと飛び降りた。
「お、おいっ!!」
「何やってるんです、か」
低い位置からだったのであっという間に地面が近付き、あと3mというところで結界魔法が働き一瞬でゲルが飛び出て円壁を作った。
囲まれたシウごと、ぽよんぽよんとゆったり跳ねて止まる。止まってから、シウは解除のスイッチを作動させた。これは取り付けた魔道具の蓋を開いて行わないとならない。
シュッと溶ける素材が飛び出て、一部に穴が開いたので、そこから顔を出した。
「こんな感じ」
「……なんつう、ものを」
キリクは呆然としていたものの、やがて笑い出した。
「なんつうもの、作るんだ。お前ほんとおかしいぞ! はっはっは!!」
楽しげに肩を叩いてくるものだから、痛くてスッと避けたが今度は抱き着いてきた。
「キリク様、嫌がってますよ、離してあげてください」
「あー、ほら、シウ君こっち」
ラッザロ達が引っ張り出してくれた。
「これ、どこから落ちても使えるのか?」
「高さというか速度に応じて知覚距離を判断させているので。今のところ3000mまでは確認済み。あと、横に吹っ飛ぶ場合もあるから、木々とか岩場とか砂場、雪、水場でも確認はしたよ。あ、でも、氷と海はまだなんだよね」
「確認したのかよ。……ていうか、3000mだと?」
「うん」
ゴツンと殴られた。
「いったーっ」
すぐに治るが、痛いものは痛いのだ。頭を押さえている間も痛みは消えたが、つい流れで押さえたままキリクを見上げたら、怖い顔をして見下ろしていた。
「そんな高さから落ちたのか!! 実験でそんなことをっ、このバカ野郎が」
本気で怒っているキリクに思わず声もなくぽかんとして見ていたら、フェレスが唸りだした。
「ぎにゃっ、に゛ゃうっ、ぎゃっ」
ふーっと毛を逆立てて怒っている。本気度は低いが、威嚇するのは珍しい。
シウに何するんだ、ということらしくキリクの態度次第では喧嘩するぞ、といった目になっている。
「あ? やるのか、こら! お前ももっと主を見張ってろよ」
何故か同じように喧嘩腰になっているので、シウは慌ててふたりの間に入って止めた。
「あー、ストップ、止まって、終了。まず、フェレス。そんな風にすぐ怒っちゃダメだろ。僕が叩かれたと思ったの? でも、キリクは心配して怒っただけで、苛めるためにやったんじゃないよ。それは、分かるよね?」
「にゃ……」
だって、と耳を伏せてしまった。
「対抗意識があるみたいだけど、それとは別だからね。僕が理不尽にやられていたら怒ってもいいけど、それだって、血が出るほど傷ついてからだよ。分かった?」
「ぶにゃ」
また変な鳴き声で、渋々了承してくれた。
次に、シウはキリクに向き合った。
「あなたは短絡的すぎます。人の話を最後までちゃんと聞きなさいって、言われたことは?」
「……あるが。それがどうした」
ふうと溜息を吐いて、答えた。
「3000mの高さから落ちたのはゴブリンとか、魔獣です。さすがに人間で実験したら問題あるでしょ」
本当はやろうとしたのだが、黙っておく。
フェレスがちろっとシウを見上げてきたが、笑って視線だけで制す。
後でいろいろ謝っておこう。
「死体を使って実験した後、生きているのを捕まえて実験したから、その、外聞が悪くて説明を省略しただけなんだ」
「外聞が悪い? そっちを聞いていたら俺だって怒らなかったぞ。いや、そもそも、あの高さに持ち上げたと言うことだろうが。それだって危険なんだ。飛竜でもない、ただの騎獣に乗って高高度へ行くなんて――」
更に文句を言いたそうにしていたが、何故か言葉が止まった。
キリクがあらぬ方を見てるのでそちらに視線をやると、リュカが呆然と立ち尽くしたまま泣いていた。
「あ、しまった」
慌てて駆け付けたら、リュカもようやく我に返ったようで走ってきて体当たりで抱き着いてきた。
「ぶたれた! ぶたれた! シウが、シウが!」
その後はわーんと大泣きしてしまった。
シウが怒られたのが怖かったようだ。
ごめんねと膝をついてリュカを抱っこし、背中を撫でながら、横に立った大男を見上げる。こちらにも申し訳ないと思ったからだが、キリクはばつが悪そうに頭を掻いていた。
その後はリュカを慰めて、キリクも頭を下げて謝ったし、シウも自分が悪かったから叱られただけだと説明した。
泣き止んだリュカを屋敷に戻し、おやつを食べさせたら泣き疲れと暖かくなったことで眠気が来たらしく、お昼寝タイムになった。ソロルが寝室に運んでくれたので、その後、キリク達にはリュカの生い立ちについて説明した。
「子供を使って父親を脅してたのか。ひどい話だ」
「それで、ぶたれるのが怖いみたいなんだ。それも自分がっていうより、誰かがぶたれるのが嫌みたい」
「父親が打たれていたんだろうな」
悪かったな、と今度はシウに謝ってくるので、シウも素直に謝った。
「軽率だったのは僕もだし、心配してくれての言葉だから。さっきも偉そうに言ってごめんなさい」
「いや、俺もな。早合点するし、まあ、実際人の話は聞かないって家庭教師からのお墨付きだったわ、そういや」
懐かしそうな顔をして笑った。
「キリクって、小さい頃は手の付けられない腕白坊主って感じだよね」
「そうだなあ」
「シウ君、領地においでよ。領都に行くと、キリク様の逸話が山のように聞けるから」
「酒のツマミにも良いですよ」
「酒のツマミって、おい。大体シウはまだ未成年、未成年だったよな?」
「13歳。草枯れの月で14歳になるから、まだ先は長いね」
「俺の若い頃なんて、12歳ぐらいから飲んでいたけどな」
「キリク様だけでしょう、それは」
呆れたように竜騎士2人が窘めている。
「……それにしても、8歳と言っていたが、幼いな」
「うん。体も小さいし、思考も子供っぽいね。でも大分改善されたんだよ」
「そうなのか?」
「うん。ね、スサ」
傍に付いてくれているスサに聞くと、緊張した面持ちながらもしっかりと答えてくれた。
「はい。お屋敷に来られた時にはもう少し言動が幼かったですし、体などもうこんなに細くて」
思い出したのか少し目が潤んだ。慌てて、頭を振り、にっこりと微笑んだ。
「ようやく普通の子供ほどに食べられるようになりましたから、せっせと太らせてます」
「そうか。この屋敷の者は皆、良い方ばかりのようだ」
スサはパッと頬を染め、それから丁寧にお辞儀をした。
自分達のことを褒められて嬉しかったのだろう。
「……招かれると、余計なことばかりするメイドが多い中、ここの者達はほどよく距離を置いてくれるし、教育が行き届いているのだろうな。俺のところも見習わせないと」
「そうですよね。キリク様にも友達みたいに話しかけますもんね、うちのメイド達」
「……お前もだぞ?」
「えっ、じゃあ、侯爵様に話すような物言いがいいんですか?」
「ご自分が堅苦しいのが嫌だっていうから、我々も無理してましたのに」
2人に遣り込められて、キリクは言葉に詰まってふんっとそっぽを向いてしまった。
ラッザロは肩を竦め、サナエルはやりすぎましたねーと苦笑していた。
実際、キリク以外には皆それなりにちゃんとした態度と言葉遣いをしている。
キリクがこうなので、合わせているのだ。
上が破天荒だと部下はいろいろ気を遣う。
「今度、キリクに、侯爵様ごっこでも仕掛けてみる?」
シウが冗談でラッザロとサナエルに持ち掛けてみると。
「あ、それいいですね」
「面白いこと考えますねえ、シウ殿は」
すぐさま乗ってきてくれた。
もちろん、キリクはというと。
「……もう、やめて」
ぼそっと小声で、白旗を上げたのだった。
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