448 氷室、魔法を使わない生き方、再会
魔獣はパーウォーが出ただけで、全く歯牙にもかけずヴロヒ達が狩ってしまった。
里へ戻る道すがら、目立つ魔狂石に惑い石の場所や、子供が通って良い道の見方を教わったりした。
人に教えることでヴロヒ達もいろいろ考えることができたようで、次の試験が楽しみだと最後には笑顔になっていた。
夕方は、里人が集まる集会所へ赴き、一緒になって料理を作った。
アトルムパグールスがあるので提供すると言うととても喜ばれたので、里でも珍しい獲物らしかった。
どうやら、この魔獣蟹は森の下流域にしか生息していないようだった。
森の見回りで狩っても、そう軽々と運べる代物ではないので、貴重なものらしい。
ククールスもベリー酒をもらう約束をしているので、全部置いていってもいいと太っ腹だった。
しかし、置いておく場所がない。
なので、氷室を作ろうと提案した。実際に岩塩山の方で食材を貯蔵しているそうだし、同じような仕組みだと聞いて彼等は納得していた。
途中だった料理を女性陣に任せると、シウは長のカタフニアと相談の上、泉の北に位置する空いた場所へ穴を掘った。
常に陰になる場所であり、かつ風通りの良い丘の下だった。天然洞窟となるよう穴を補強して、中が一定の温度になるよう形を調整していく。
そして今回は間に合わないので自前で氷を作った。
手伝いとしてついてきていたヴロヒとレモニきょうだいに、作業しながら説明する。
「泉は凍らないだろうから、近くの川を一部改造するから、冬にそこで氷を作って運んでくれる? 並べ方はこうやるんだよ。こうしておくと氷も夏が終わるまでずっと使えるし、天然冷蔵庫として食材が貯蔵できるから」
「は、はい」
「すごいですねえ」
藁の代わりになる植物の乾燥方法や、敷き方も伝授した。このあたりの知識は本で読んだ。シュタイバーンは四季があるので冬の間に氷を貯蔵したりするのだ。北国にはこうした保存に頼らずとも穴を掘れば地下は寒いし、南国は冬に氷が作れないので関係ない。
「魔法に頼らない生き方、っていう本に書いてあったんだ」
「変な本、読んでるなあ」
ククールスが物珍しげに見回しながら言うので、シウは真剣な顔で答えた。
「魔法が使えない人だって世の中には多いんだからね」
「へ? そうか? でも、どんな人間にだって魔力はあるだろ」
「でも大抵の人は1日に数度火を起こしたり、水を出す程度だよ。大体、過去、帝国が滅亡したのだって魔素のせいかもしれないのに、いつまでも魔力が使えるものだと考える方が怖いよ」
「お前ってほんと、変わってるなあ。で、念には念を入れて知識を溜めこんでるのか」
「うん。イオタ山脈だったら、僕、魔法がなくても生きていける自信あるよ」
「ほほー。そりゃあすごい」
話しているうちに出来上がった。
「念のため、真空パックにしておくよ。これなら保ちも良いから、って、どうしたの?」
ぽかんとしたきょうだい2人がシウを見ていた。
ククールスが2人の顔の前で手を振ると、慌てたように元に戻った。
「あ、あの、あの」
「魔法を使わない生き方を、受け入れられるんですね?」
あ、そっちか、とシウは思い当たって、静かに頷いた。
彼等が驚いている理由にも気付いた。
「狩人の人達は、ほぼ、魔法を使わない生き方をしているものね。それを変だと思う人から逃れて、辿り着いたんだったっけ」
「ご存知でしたか」
レモニが神妙に頷いた。シウは昔聞いたことを思い出していた。
「そっか、そういえばランパスさんだったかも。教えてくれたの」
「お父様が? よその人に話すなんて……。そういうことなんだ……」
レモニは納得して、それから少し嬉しそうに笑った。
「シウ様はすごい魔法使いだから『違う』のだと思ってました」
「でも、それほどの魔法を使えるのに、本当に使わない生き方ができるようになるのか、ですか?」
ヴロヒが疑わしげに、しかしどこか期待した顔で聞いてくる。
シウはにっこり笑って頷いた。
「そりゃ、魔法は便利だから最初は大変だろうけど。でも、人生と同じでさ。いつか人は動けなくなるんだよね。できていたことが、いつしかできなくなる。それは自然の摂理だ。そうしたことを受け入れて生きるのと、同じことだと思う」
「俺はそこまで達観できねえな。今、魔法が使えなくなったら、俺みたいなエルフ族は死に絶えるぞ」
「見るからに弱そうだもんね……」
「お、お前、俺が細いからってなあ!」
「嘘だよ、冗談だってば。ククールスは鍛えてるもんね。細マッチョだよ」
「ほそまちょ? なんだそれ、お前時々訳わかんないこと言うなあ」
2人でじゃれ合いながら、シウはヴロヒに言った。
「狩人の人々はすごいと思う。でもそれって、君らにとったら当たり前のことだよね。その当たり前の生活から、便利だと思うものが抜け落ちることを想像してみて」
ヴロヒが自分の手のひらを見つめた。
「怖いよね? 魔法を使う人も、最初からそうだから、失うことに怯える。同じだよ。それを受け入れて前向きに考えられるかどうかだね。僕も、沢山を失ったら怖いなあ。だから、そうならないための努力をするんだ」
フェレスを見て、笑った。
「にゃ」
「失いたくないものが多くて、困るよね」
「お前はちょっと囲い過ぎだっての。3頭も飼ってさ」
「ククールスも失いたくないから、4頭目?」
「おい!」
叩きに来たので逃げ回っていたら、ケラヴノス達がやってきた。
おー、こうなっているのかと、皆が興味津々だ。
そんな中、ヴロヒは思うところがあったのか、無言のまま氷室の中を見ていた。
集会所に戻ると、料理があらかた用意されていた。
また、懐かしい顔ぶれもあった。
「ヘリオス!」
「おー、シウ坊か。大きくなったなあ!」
駆け寄ると手を広げてシウを抱き上げてしまった。
「おうおう。重くなった。元気そうで何よりだ」
「シウ坊、おっちゃんのところへもおいで。ほら」
「ダーロスも久しぶりだね」
リレーのように渡されて、抱っこされた。その横でランパスが皺を深くして笑っていた。
「小屋ではいつも擦れ違いばかりだったから、こうして顔を見られて安心したぞ」
「うん、僕も。でもほら、ハイケノやメープルがなくなっていたから、来てるんだなって思うとそれだけで嬉しかったよ」
「お前さん、いろいろと置いてくれるから、俺達もついつい貰ってなあ」
そう言う彼等も、貴重な魔石などを置いてくれていた。
「僕も貰ってるから、同じだよ」
ランパスにも抱きしめられて、ようやく地上に足を下ろすとククールスがにやにや笑って肘で突いてきた。つつかれる場所は頭だったけれど。
「痛いよ、もう。せめて肩にして」
「シウの方がもうちっと大きくなれよ」
「これでも大きくなったんだってば。ヘリオスが言ったよね。大きくなったって」
ヘリオスを見ると、おうおうと何度も頷いた。
「こーんなちっこかったからなあ」
手のひらで指差したのはソヤよりも低い位置だった。
さすがにククールスも絶句し、シウも黙ってしまった。
「あ? もうちっと低かったか?」
「ヘリオスや、お前さんはもう少し情緒ってものをだな」
「そうよ、あなた。年頃の少年に背が低いって話は禁物なんだから」
皆に責められて、ヘリオスは帰って来たばかりなのに居心地悪いことになっていた。
集会所の中では収まりきれないので、外にも机や椅子を出しての宴会となった。
シウの提供したアトルムパグールスがご馳走となって、皆が楽しげに食べ、飲んで騒いだ。
「それにしても、シウ坊がなあ、そんなすごい魔法使いになるとは」
「ちょろちょろと使っておったが、畑に使うぐらいだと思っていたよ」
「ヴァスタ殿も、お前さんがそれほど使えるとは思っておらんかったようだしな」
「あ、うん。だって魔力量は20しかないんだ」
「……そうなのかい?」
ヘリオス班と呼ばれる顔馴染みの3人以外にも、話を聞いていたらしいケラヴノスやレモニが驚いていた。
「それで、よう、魔法学校へ入れたなあ」
「使い方次第でね。でもそれって魔法に限らず、どんなことでも同じでしょ? 僕、爺様に山で育てられたからそれが普通だと思っていたけど、街に降りたらものすごく恵まれてたんだって気付いたもの」
「ほ。森での暮らしの方が恵まれていたと?」
街に行った経験のある男が、目を丸くしていた。田舎で暮らしていると都会の暮らしが便利に思うことも多いだろう。しかし、だ。
「だって、自分で考えて工夫しないといけない環境だったから、考えるということに関しては他の子よりずっと手慣れていたし。山での暮らしは体力もついて、薬草や魔獣に対しても知識は多いし、実戦に即していたからその手の勉強は引けを取らなかったよ。狩りをしながら王都に行ったけど、どこでも買い取ってもらったし。あと王都だと高級品って言われるものを、食べたり使ったりしていたもん。全部、爺様のおかげだね」
前世の知識にも助けられたが、反対に幼い頃はそれに苛まれていたので差し引きゼロのような気がしている。やはりシウにとっては爺様の存在が大きい。
「シウ坊は、偉いのう。よしよし。……ヴァスタ殿が亡くなったのは本当に残念だったが、こうして財産を残してやっていたのかと思うと、安心だなあ」
頭を撫でられながら、爺様のために泣いてくれる狩人達に、シウは感謝した。
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