449 語り部と里の成り立ち
土の日は、アネモスが話を通してくれていた語り部のところへ行って、大昔の出来事を聞いた。
朝からずっと昼過ぎまで、話を聞き通しだったため、ククールスとフェレスは途中で抜け出して遊びに行ってしまった。
シウは静かに座って、最後まで話を聞いた。一緒にいたレモニは最初、つまらなさそうだったが、シウが途中退席もしないで真剣になって聞いているのを見て、徐々に姿勢を正していた。
「これで、この場所に移り住んだ頃までの話は終わりじゃ。お前様が聞きたかったのはここまでじゃな?」
「はい。ありがとうございました」
頭を下げると、老婆はよいよいと相好を崩して手を振った。
「お前様のように真面目に話を聞く者は、そうおらん。わしの孫娘もとんと覚えやせん。こうしてよその方が聞いてくださるのになあ」
「身内のことは、えてしてそんなものです。外から見て、気付くんです。きっと、その方も一度外に出て見れば、この里がどれだけの歴史を抱えてきたかを理解されるでしょう」
「ふむ。良いことを言う。そうした説法も、口伝の中にはあるのじゃ。お前様には話しておらんのに、よう物事を理解しておる。知識を得ようと貪欲に学んでおるのじゃな」
良い子じゃと、頭を撫でられた。
どうも小さい子のように思われているらしい。苦笑して、もう一度丁寧にお礼を言って外へ出た。
レモニに誘われて、彼女の家で昼ご飯を食べたシウは、そのままランパスも交えて話をすることになった。
「ハイエルフの固有能力についてや、魔法を使わずに生きる方法、か」
「この里の成り立ちについても興味があったし、僕は帝国の滅亡の理由をうっすらとだけど思い当たることがあって、気になっていたんだ。備えあれば憂いなしって言うし、同じことが今ここで起こらないとも限らないしね」
「……そうか、シウ坊はそこまで考えておるのか」
ランパスが真剣な表情で頷くのを見て、レモニは何があるのだろうと気になるようだった。
「それって、魔法が使えなくなってもって話に繋がるの?」
「うん」
「……レモニや、お前にはちっと早い話だ。気になるだろうが部屋に戻ってなさい」
「お父様」
「これはなあ、もっとずっと大人になってから、知るべきことなんだ。成人の儀をすますかどうかって年齢の頃に聞いて良いことじゃない」
父親が真剣に諭す様子を見て、レモニは渋々従った。
それを見て、シウも遠慮しようと思ったのだが、ランパスはシウを家から連れ出した。
「そろそろ、イリオルストス達も戻ってくるだろ。一緒に話をしようや」
「あ、はい」
「一度ぐらいは、会ったことがあるだろうかの」
「たぶん。プレーステールさんとか、ドロスィアさんなら名前まで憶えてるけど」
「おお、そうそう。その班だ。なんだ、あいつらも結構ヴァスタ殿の小屋へ遊びに行ってたのか」
頬を緩めて笑い、ランパスは長の家へと歩いて向かった。
シウ達は長の家の地下室で話をすることになった。
戻ってきてすぐなのに、イリオルストス班、ウラノス班の6人も一緒だった。全員、最低でも一度は顔を見たことがあった。それぐらい頻繁に爺様の家に来ていたということだ。
「語り部のおばあから、詳しい里の成り立ちについて聞いたんじゃな?」
「はい。ハイエルフ達に助けられてから行動を共にするようになって、帝国が滅亡するほどの大災害の時には一緒になって逃げ、洞窟で数年暮らしたということと、その後の狩人達が、安らかに暮らせる里を作ってくれたことなどまで」
ハイエルフの一族が独自に行っていた「森を守る使命」に付き合っていた狩人の祖先は、大災害時にも共にいて、あの岩塩山の地下へと逃げ延びた。
その特異な能力を使ってなんとか生き残った彼等は、やがて森や自然が落ち着いた頃を見計らって外に出た。元々魔力がほとんどない狩人の祖先達は、極端に減った魔素の中でも生きることができた。ハイエルフはそれを分かっていて暮らしやすい場所を探し、整地までしてくれたそうだ。
そこで袂を分かったのは、ハイエルフが魔素の少なさに耐えられないというのもあったらしい。
「彼等の国がどうなったのかも知りたかったようで、そこで分かれたのだ。我等はこの森以外を知らぬから、足手まといということもあった。なにしろ強大な力を誇っていたハイエルフの方々から、ほとんどの能力が抜け落ちていたのだ」
「それで、彼等だけで戻ったんですね、エルフの国に」
その後の情報や、時折連絡を取ってくれたハイエルフによると、エルフの国でも大混乱が起き、王族もまた分裂してしまったということだった。
ありとあらゆる生物が混乱していたといっても過言ではなく、かなりの死者が出て、文明などない状態に陥った。
なにしろそれまで、魔法に頼りすぎた生活だった。魔道具さえも、魔力がなければ動かないのだ。
「地面がひっくり返った状態だったと、帝国の都市のひとつを見て思ったそうです。帝都にはとても近付けないほどの瘴気があり、エルフ国もその影響を受けてやがて消えてなくなったのです。その後、人族が徐々に力を盛り返してき、元々繁殖力の低いエルフ族や獣人族は奴隷狩りの対象となって、更に数を減らしたのです。ハイエルフの王族も隠れ住むことになり、やがて、人と交わる氏族も出てきた」
そうして生き残る道を選んだのだろう。
「時代が移り変わっていくにつれ、奴隷の扱いも変わってきました。文明が育ってきたからだと言う人もいたそうですな」
それでも、昔の栄光が忘れられない一族もあった。
「純血種至上主義の王族の方が、未だに国の復活を願っているそうです。そのため、人と交わったハイエルフを探し回っているとか」
そこで一旦口を閉ざし、長がシウを見つめた。
「我等は、人と交わった側のハイエルフと親交がありました。今でも、そのつもりでおります」
「では、以前ここに来たアポストルスという一派の依頼は受けなかったんですね」
ククールスから教えてもらっていたことを聞くと、カタフニアはいいやと首を振った。
「ハイエルフの言に逆らえはしません。だからといって、ゲハイムニスドルフを裏切ることもできはしない。よって、イリオルストス達には森の中で彷徨わせるようにと、わしが命じたのです」
「じゃあ、ククールスが見つけられなくて良かったと言っていたけれど、あれは、狩人達が惑わしてくれていたおかげなんだ」
ぽつんと呟いたら、カタフニアが苦い顔になった。
そして、小さい声で答えた。
「……おかげと、言うのかね」
「だって、純血種至上主義の彼等に捕まれば、その人達は死んでいたでしょう?」
「生きていたかもしれんのです」
「ああ、先祖返りだったという話だから、かな」
「そうすれば、シウ様のお父上だけは、助かったかもしれんのです」
やっぱり知っているのかとシウは思っただけだったが、全員が暗い顔をして困ってしまった。
「お腹の子も、生きてさえいればなんとかなったと」
「うーん、どうかなあ。結果論だけど、捕まらなくて良かったと思いますけど」
「……どうして、そう、思われるのか。いや、それよりもどうしてご存知なのですか。我等でさえ最近思い至ったというのに」
やはり、当時は知らなかったのだなと、シウは内心で納得した。
知っていれば爺様からなんらかの話があっただろうと思ったのだ。
「みんなも、どうやって分かったんですか?」
「そりゃ、お前さんがちっこかったからよ」
「え?」
「捨てられ子で、栄養も貰われんで育ちが遅いのだと思っていたが、それにしちゃあ生育が悪い。ヴァスタ殿はあんな男だったが、子供の食べ物に不自由をさせるような人間じゃない。それに、シウ坊は覚えておらんかもしれんが、幼い頃はようおかしなことを言ったりしたりしておったぞ」
「はあ」
それは前世の記憶のせいだ。が、もちろん、言えはしないので飲み込んでおく。
「ずーっと、変だとは思っていたんだ。それでいつだったか、里で仲間同士集まった時に、何気なくシウ坊の話になって、それぞれのつじつま合わせをしていたら、もしかしてと思い当たったわけだ」
「血を穢したハーフを探すという名目で人追い仕事を頼まれたこと、その頃に赤子を山で拾ったというヴァスタ殿の話、成長の遅い少々変わった子、これがぴたりと合致したのじゃな」
その時点でもうシウは山を下りていたし、爺様は当然亡くなっていた。
追いかけようもなかったのだ。
小屋だけが接点となった。いつか、来てほしいと、誘いの言葉を残して。
「こんなことを言っても、何の慰めにもならんかもしれんが、シウ坊が先祖返りでなくて良かったと心から思うのだ。もしも先祖返りなら、ゲハイムニスドルフ以外では暮らせんかったろう」
「ということは、アポストルスの一族は先祖返りまでなら探せる能力を持っているんだね?」
「その通り。同じ血を持つ者を探せる能力者がおる。ただ、ここぞという時にしか外には出てこぬそうじゃ。あの一族も数を減らしておるからの。特に純血種にこだわっておるせいで、なかなか子が出来にくいのだそうじゃ」
「生物学的には良くないんだけどね。少ない血族だけで婚姻を繰り返すのは。でもそのせいで異能が生まれるのかなあ」
ここで、本題だ。
「僕自身は、鑑定しても人間と出るのでほぼ問題はないんだ。見付かっても逃げ切れる自信は、ある。だけど、対抗策を講じておきたいし、ククールスは僕のために里を抜けてきた。彼に何かあったら悔やんでも悔やみきれない。だから、言い辛いかもしれないけれど、語り部から聞いた以上のハイエルフの能力があれば、教えてもらいたいんです」
頭を下げると、カタフニアに止められた。
「元より。元より、我等はシウ様をお助けしたいと思っておるのです。ハイエルフに恩義を感じてはいるが、かつて愛した方々の思いとは変質しているアポストルスの一族と、我等はもう相容れないのです。これは、里の方針として、決めたこと。どうか、お聞きくだされ」
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