450 ハイエルフの能力




 ハイエルフが持つ固有の能力は、概ねこうだ。

 まず、強弱はあれど大抵のハイエルフは封印魔法を持っている。これは結界の上位魔法で、とても強固なものらしい。強い者は途轍もない広大な範囲を数十年も固定できるそうだ。

 それから、血操魔法は血族を縛る魔法で、支配もできる。洗脳に近いということだった。更に血視魔法、これが血族を探して視る、遠視というのか透視のような能力らしい。

 そして、エルフらしい創生魔法。森の再生を行うものだ。エミナの好きだった『スミナ王女物語』に出てくる緑の手の持ち主ウィリデの元になったものだろう。ハーフエルフの少女という設定だったので内容を否定してしまったが、もしかしたら本当に「ハイエルフ」の血を引く先祖返りが当時いたのかもしれなかった。

 ところで、この能力とは正反対の緑枯魔法というのもあるらしい。森を破壊する恐ろしいもので、禁忌魔法の一種に数えられている。シウがシーカー魔法学院の大図書館地下、禁書庫で見た中にもそれらしき記述があった。まさかハイエルフ固有の能力とは思わなかった。本の中でも「現在では眉唾ものだ」と紹介されていたほどだ。

 そして有名なのが精霊魔法。

 ないと思われていたが、ハイエルフならば使えるらしい。精霊を使役するそうで、召喚術に近いということだった。

 帝国滅亡前は、大精霊という実体のある精霊を召喚し使役できたそうだが、現在はいないようだ。死んだのかどうかさえ分からないとカタフニアは首を振った。

「他にも、滅亡前には大魔法と呼ばれる強大な力を使っていたようですが、魔素が狂って大気から消えて以来、そうした能力もなくなったと聞いております」

「その魔素だけど、大気中にはまだ戻ってないのかな? 全盛期の頃の半分もないのか、そのへんが知りたくて」

「さて、それは我等でも分かりません。ゲハイムニスドルフの方々からもそうした話は聞いておりませんから、調べる術などないのかもしれませんがの」

 シウの仮説としては、魔素の暴走があって、何らかの原因で魔力も枯渇し、人々に影響を与えたのだと思っている。

 でも、命と同じで、こういうものは廻るものだ。

 魔素溜まりを好む魔獣がいて、魔力を持つ人間を好物として襲うなら、循環は成り立つ。なにしろ魔獣には魔核があるのだ。魔素が集まって魔核となるだろうことは想像に難くない。

 この魔核を人間は魔道具などで消費しているが、この時に消費したものはどうなっているのだろう。魔素として世界に廻っているのだろうか? 

 それに、魔素はどうして溜まるのか考えてみた。

 黒の森で見たことを総合すれば、魔獣のなれの果てなどが溜まっていくのだと思う。拡散すれば良いが、まとまってしまうので、そこからまた魔獣が生まれて……。

「うーん、分かんないなあ」

 すっかり自分の世界に入ってしまった。

 考え込んだせいで、皆がシウを見ていた。それを笑って誤魔化す。

「ごめんなさい。帝国滅亡の理由を考えていて。同じことが今後起きない保証はないから、対策を立てるためにも仮説がないと、と思って」

 カタフニアが思わずと言った様子で笑い出した。

「ふはは。そうかの。そこまで先を見通そうとしておられるのか。ヴァスタ殿の養い子じゃからかのう。それとも」

 その先は口にしなかった。

 血が、そうさせるのではないかと、思ったのだろう。


 それからも、それぞれが情報を付き合わせてハイエルフのことを話し合った。

 帝国滅亡前のハイエルフが冗談のように強かったことや、それ以外の種族の魔法、強力な魔獣が闊歩していたことなども聞いた。

 語り部からも少しは聞いていたが、なかなか壮大な話だ。

 しかも現在の魔獣はかなりこぢんまりしているというので、驚きである。

 古代竜も多く存在していたそうだが、今では森に住むエルフでさえ一生のうちに一度見られたら奇跡と言われているらしい。

 そんなこんなで話し合っていたらあっという間に時間が経ち、夕方になっていた。

 シウの滞在も明日の早朝までなので、最後に盛大な宴をすると言って、男達は準備に向かった。

 残されたシウは、カタフニアと共に少しだけ話をした。

「当時の狩人の祖先は、魔力の多い人の中にあって、極端に少なかったのでしょうね」

「その通りじゃ」

「だから迫害を受けて、森へ分け入り、そこで腕を磨いた。ハイエルフはそんな祖先の人々に使命を与えたんですね」

 カタフニアは静かに頷いた。

「さっき、ハイエルフの使える能力のところで、封印魔法について教えてくれましたよね?」

「やはり気付きましたかの」

 強大な魔獣が闊歩する世界で、どうやって対峙していたのか。

 魔道具の能力も高性能であったが、それらを得るには魔核なり魔石が必要だ。手に入れるにはどちらも魔獣を相手にしないといけない。

 魔核は魔獣にあり、魔石は魔石を狙う魔獣がセットでついてくる。

 きっと同じく強力な魔法が必要だったに違いない。

「ハイエルフの仕事って、魔物の封印だとか、ですね?」

「その通りです。アポストルスの一族はもはや何もしておらぬようじゃが、ゲハイムニスドルフの方々は今も受け継いでおられる」

「……ミルヒヴァイスの森に、封印場所があるんだね」

「詳しくは我等も聞いておりません。ついていける場所ではない上に、その事実を知ることによって不安の種ともなろう。お互いの為にもという配慮から、だとわしは思っております」

 ガルエラドの話を思い出した。彼がミルヒヴァイスの森での護衛役だったのだ。戦士として、ハイエルフに付き従った。

 ハイエルフの血を引く一族ゲハイムニスドルフは一定期間を置いて封印を施す。

 狩人達は周辺の森を見回り、長きにわたって監視してきた。

 爺様もどこかでこれを知り、イオタ山脈に終の棲家を作った。

 そして偶然にもハイエルフの血を引いた子孫の「先祖返り」である父と、共に逃げてきた母を発見した。

「不思議ですよね。人は繋がっていくものなんだなあ。僕も命の廻る道に組み込まれているんだ……」

 この世界で異質かもしれないという恐怖感が、幼い頃からずっとあった。

 けれど、ちゃんとこの世界に組み込まれているのだ。

 自分の手を見ていると、胸元で「にぃ」と鳴き声がした。ついで「きゅぃ」と。

「あ、起きたんだね」

 カタフニアが傍に来て、抱っこひもの中を覗きこんだ。

「ヴァスタ殿がお前様を拾って立派に育てたように、こうして小さな命をお前様もまた育てて行くのですな」

「……うん」

「我等も、命の廻りというのを実感しておりますが、今日ほど良かったと思うことはない」

「カタフニアさん」

「シウ様の、お父上を見付けていなかったからこその、今があるのだと、思いたい……」

 湿った声で言うので、シウは腕の中の赤ちゃん達を揺すりながら、笑顔で応えた。

「爺様が言ってたんだ。逃げてきたのだから、生まれてきた赤子を親族に戻すのは可哀想だと。だから自分が引き取って育てたんだって。逃げるほど嫌いな相手に渡さなくて良かったと。もし、アポストルスに捕まっていたら、父は殺されなかったかもしれないけれど二度と外には出してもらえない生活が待っていただろうし、母は殺されていた。生まれてきた子は先祖返りでもなんでもない『人間』だから、生きてはいなかっただろうね。そうしたら、きっと父は悔やんでいたと思う。僕が僕の命のなかったことを悲しむよりもずっと、父は我が子を失ったことを悲しむだろうと思う」

 だってそれは、今のシウからフェレスやクロ、ブランカを失うのと同じことだからだ。

 想像するだけで胸を引き裂かれるような痛みを感じる。

「だから、やっぱり、カタフニアさん達がアポストルスの人達を迷わせてくれたのは、良かったんだと思うよ。父も見付からなくて良かったんだと思う」

 力尽きて魔獣に殺されたのは無念だっただろうけど、我が子だけは救えたのだから。

「みんなが守ってくれた命だから、大事にしなきゃね」

 くぁーと欠伸をするブランカを撫でると、クロがシウの指をちょんとつついた。

「お腹が空いたの? 先に飲んじゃうか」

「きゅぃ」

 カタフニアの肩が震えていたので、シウは見ないふりをして地下室から出て行った。



 夕方の短い時間でもイリオルストスやウラノス班の男達は森で獲物を見付けて来たようだ。シウ達では探せなかった珍味の土中蜂の巣を持って帰って、里の人達は大いに沸いていた。

 シウが提供したアトルムパグールスもあって、宴も盛り上がった。

 ククールスとフェレスはヴロヒ達と森で遊び過ぎてそれはもう見事に泥まみれのへろへろ状態だったが、酒や食べ物を見ると元気になっていた。

「ククールス兄貴の弓はすごいです!」

「細いのに、弓を引く力もあって、ちゃんと筋肉がついてるんですね」

 そして若者2人に気に入られたようだ。エルフは総じて細身で筋肉も付きづらい体質だけれど、ククールスは魔法を使わずともそうした技術は持っている。

 努力したのだろう。それを若者2人も気付いたらしくて、ベリー酒片手に食べているククールスの周りを取り囲んで話をしていた。

 フェレスはがつがつ食べ終わると、もう気が済んだとばかりにふらふらしていて小さな子達に見つかり、まとわりつかれて一緒に遊んでいた。少し迷惑そうな顔をしているのは、女の子達の容赦のない尻尾への攻撃が原因だろう。注意しようか迷っていたら、それぞれの母親に見つかって怒られていた。

 シウはランパスやドロスィア達とイオタ山脈の話をしていた。

 次はどこを見回るのか、何か欲しいものがあればお互いに用意しておこう、と。

 ついでに、蜂蜜玉や薬飴玉も紹介した。味見をしていたケラヴノスが喜んだのでレシピも渡した。

 更には魔法を使わない体術や、技術も教えてもらった。

 幼い頃から聞いてはいたがより実践的な内容になり、役立つことばかりだった。

 特に高いところから落ちた時の対処方法などは、目が点になった。

「それで、袖の布が広いんだ……」

 モモンガのように広げて空気抵抗を用い、更には枝や木々をクッション代わりに掴んでいくのだそうだ。最後には関節を使って柔らかく着地できるようにする。そのため、常に関節を鍛える運動を行い、体重も増やさない。

 まるで忍者のような動きを見せてもらい、シウは楽しく狩人の里での最後の晩を過ごした。

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