447 二度寝の朝とのんびり里観光
金の日は少しゆっくりの朝となった。
昨夜は遅くまで洞窟内にいたせいで、里へ戻ったのは深夜になったのだ。岩塩山で野営しても良かったのだが、ククールスが酒がないと言い出したので戻ることになった。
どのみちアネモス達も戻れるなら戻るつもりでいたらしく、彼等としては強行軍というほどのこともないらしいし、それならとシウも一緒に里へ戻った。
結局、深夜からの酒盛りにも付き合ったせいで、シウとしてはかなり珍しく、二度寝したというわけだ。
それでもいつもの時間に一度目が覚めたのだから、シウの体内時計は偉いと思う。
フェレスも二度寝して、同じような時間に起きていた。
お腹が空いたらしくて普段よりも切羽詰った餌の要求をしてきたのが面白かった。
すぐに用意し、クロとブランカにも授乳を済ませると、お世話になっているケラヴノスの妻が朝ご飯だと呼びに来た。
「まあ、もう起きていたのね」
「というと、ククールスはまだ寝てますか」
「ええ。珍しく夫もまだ寝ているわ」
「昨日、あ、今日か。朝方まで飲んでましたからね」
呆れた調子で報告すると、彼女は腰に手を置いて仁王立ちになった。
「仕方のない人達。あなたもよ? 子供なのに一緒になって起きているなんて」
藪蛇だったようだ。笑って誤魔化すと、食卓から女の子が出てきた。
「シウさまー、ご飯だよ」
「おはよう、アナナス」
「おはようございます!」
この家の女性達は朝から元気だ。
そして男性であり主でもあるケラヴノスと、泊まって行ったらしいアネモス、ヴロヒ、スィエラ達は雑魚寝でぴくりとも客間から動いていない。そこにククールスがいることも探知で分かっている。
シウはアナナスに椅子まで連れて行ってもらい、彼女の手によって座らされた。
「はい。じゃあ、すぐにごよういするからね!」
お姉さんぶって世話を焼いてくれるが、彼女はまだ8歳だ。シウよりずっと年下なのだけれど、女の子はませているしこんなものだろうから唯々諾々と従っている。
「ふつかよい? だったら、こっちのスープなの」
「二日酔いはないなあ。あっても、僕は薬を持ってるし、その場で作れるよ」
「あ! まほうつかいだものね。薬も作れるの、えらいね!」
褒められてしまった。頭を掻いて笑うと、母親がやってきた。
「えらいねって、アナナス。シウ様はあなたよりもずっとお兄さんなのよ?」
「だってー。わたしはまだ調合しちゃダメだもん」
娘に苦笑しながら、彼女が教えてくれた。
「薬草採取は幼い頃から母親について行くので覚えるのだけど、調合は10歳を過ぎてからなのよ。この子、薬草に興味があって、どんな仕事よりも薬草師が偉いと思っているの」
しようがないわねえとアナナスの頭を撫でながら、彼女はシウに肩を竦めて続けた。
「あの人達まだ起きないわ。やっぱり、先に食べましょう」
「はい」
朝ご飯を食べていたら、カラザの家の子供達もやってきた。通常通りの時間に起きて朝ご飯を食べていたから早く終わったようだ。
「あれー、まだたべてる!」
同じ8歳のカルプジがシウを指差して笑った。それを姉が慌てて止める。
「人を指差しちゃダメなんだよ。それに、シウ様はお客様なんだから!」
「はーい」
「ソヤちゃんも来たの? お母さんは?」
「そと」
後ろを指差している。すると、勝手知ったるという態度で家に上がってきた。小さな里だから、皆が親戚のようなもので家に鍵を掛けないという典型的な田舎の風景だ。
「おはよう。あら、シウ様も」
「おはようございます」
「ちょうど良かったわ。夫、カラザからの伝言ですけれど、ヘリオスの班が今夜までには戻ってくるようです。間に合ってよかったわ」
シウ達がどんなに遅くとも風の日の早朝には出ると言ってあるので、気にしていたようだ。
「他にも近場を回っていたイリオルストス班とウラノス班が明日には戻れるって」
「オミフリ班は戻れないのね。スィエラも長いこと会ってないんじゃ寂しいでしょうね」
「17歳の少年が父親に会えないからって寂しいとは思わないわよ。やあね」
「そんなもの? わたし、女ばかりだったから、男の子の気持ちは分からないわね」
「うちは兄達がいたから、よく分かるわよ。それなのに何故か子供は女の子ばかり」
きゃっきゃと食卓で騒ぐ女の子達を見て、彼女は大きな溜息を吐いた。
「しかも、お転婆ばかり」
それからシウを見て、慌てて取り繕うように笑った。
「あ、ごめんなさいね。お客様の前だっていうのに」
「いえ。それに、女の子が元気な里は、暮らしやすい良い場所だって証拠ですし」
「……まあ」
奥様方は互いの顔を見合って、それから頬に手をやった。
「うちの里では見たこともないほど、良い子ねえ」
「ほんと。怖いか、強いか、大きいか、だもの。あと、無言か、むさくるしいか、かしら?」
「やだ! カロート、それうちの夫だわ!」
奥さん同士の会話がまた始まってしまった。こちらもきゃっきゃと話し始めたので、シウは1人黙々と食事の続きを済ませ、そっと片付けて部屋を出ていった。
客間に戻ると、女の子達が部屋を覗いているところだった。
「フェレスに会いに来たの?」
声を掛けると、きゃっと驚いて飛び上がっていた。里の子は女の子でも気配察知の訓練を受けているそうだが気付かなかったようだ。謝ると、一番年上の子が顔を赤くして謝ってきた。
「覗き見してごめんなさい!」
「いいよ。どうぞ」
中に招き入れると、小さなソヤを筆頭にきゃあっと喜んで入ってきた。
フェレスが少し緊張気味にクロとブランカを前足で囲んだ。この2頭がいないときなどは小さい子相手でもこれほど警戒しなかったのだが、赤ちゃんを守っているという気持ちが今は支配しているようだ。偉いなあと思う。
「赤ちゃんが寝ているから静かにね」
「あ、そうだった。ごめんなさい」
「ごめんね」
小さな声で謝ってくる可愛い子供達に、シウは微笑んだ。
「フェレスは一番上でお兄さんだから、小っちゃい子達を守っているんだ。遊んであげられないけど、ごめんね」
「ううん。わたし、分かるもの。大変だけど、頑張ってね!」
一番上の子は思うところがあるのか、フェレスを応援していた。話が通じたらしいフェレスは尻尾を振って応えていた。
それから、少しの間、女の子達の相手をした。
赤ちゃん可愛いねと眺めてみたり、子供目線の里の話を聞いたり。
お手玉みたいな遊びもあるらしくて、その成果を見てあげたりした。
やがて、子供たちがいないことに気付いた母親2人がやってきて、慌てて連れて行った。客人の邪魔をするなということらしい。
怒らないであげてねと口添えしたら、子供達はホッとした顔で、母親2人は自分達が目を離したせいもあったのでと、申し訳なさそうに頭を下げていた。
昼頃までは里の中を散歩したりして、出会う人達と何気ない話をして過ごした。
昼にはククールス達も起きてきて、二日酔いのグロッキーな状態で朝昼兼用ご飯を食べていた。
その後、酔い止めの薬を飲むとスッキリした顔になった。この薬は普通に作れば相当苦いのだが、そうまでしても酒を飲みたいのかと思うと、不思議なものだ。
午後からは、近場の森を見回るというヴロヒとスィエラについていくことにした。
本人達は居心地が悪そうにしていたが、アネモスとケラヴノスがぜひ、と言っていたので断れなかったようだ。
フェレスも森で遊べて楽しそうだが、魔獣は倒しちゃダメだよと注意した。
そうしたことはヴロヒ達の仕事だからだ。
「でも、このへんは見回りが徹底しているせいか、全然いなくて綺麗なものだね」
「……はい。里に残っている男衆で常に警戒しているので」
「魔狂石のおかげもあるだろうけど、こんなにさっぱり何もない森なんて、そうはないよ。配置した人もよくよく考えてのことで、時間がかかったろうね」
「……分かるんですか?」
スィエラが興味を持ったらしくて話を振ってきた。
「うん。歩きながら配置を記憶していたんだけど、こう、脳内に地図を描いて線を引くとよく分かるよ。里へは入らせない仕組みになってるんだ。迷路のようだから、里の子供達はきっと小さい頃から『通り道』を決められていると思うけど、どう?」
「あ、はい。そうです。成人するまでは、道を外れてはいけないと言われています」
「あれ、じゃあ、お前らはまだ外の見回りは禁止じゃないのか? まだ成人の儀の前だって言ってなかったっけ」
ククールスがのんびり歩きながら声を掛けてきた。ふーらふらしているのは、重力魔法でゆるーく追いかけてきているからだ。ヴロヒはこれが気に入らないらしくて、時折振り返っては睨んでいた。それよりも魔狂石がありながら、なんとか魔法を使えるようになっているククールスがすごいのだが、そこには思い至ってないようだ。
「いえ、これも試験のうちなんです。15歳ぐらいから始めて、徐々に行ってもいい範囲が解除されるというか」
「成る程なー。岩塩山なんかは、じゃあ、二度目ぐらいだったのか」
「分かるんですか?」
「だって、ぎこちなかったもん、お前ら。でも、やっぱさすがだと思うところはあったぜ。魔法も使わずに地下へ降りた時なんか、安定していたしな。基本を仕込まれているんだろう。人族であれだけできるのはそうないよな」
シウに向かって言うので、そうだね、と頷いた。
「身体能力高いよね。狩人の里の人は資質も高いんだろうけど、ちゃんと小さい頃から身に着けてるんだね」
惑い石や魔狂石にも対応しているところからみて、そのへんの冒険者よりはずっと能力が上だと思う。そう褒めたら、2人とも素直に喜んでいた。まだまだ可愛い少年達だった。
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