446 岩塩山と携帯食と狩人の役割




 昼過ぎに岩塩山へと到着した。

 洞窟の入り口には惑い石があり、普通の人が入れないようになっている。ここまで人が来たことはないらしいが、念のため設置しているそうだ。

「それにしても魔獣にも全然会わないし、普段から見回りがきっちりしているんだろうな」

ククールスがのんびりと言う。すると。

「お褒めに与り、どうも」

 ケラヴノスが現れて、返事をした。シウもククールスも、彼がすでに来ていることには気付いていたので特に驚いたりはしなかった。

 が、ヴロヒとスィエラはビクッとしていた。まだ気配を読むのに慣れていないようだ。

「ヴロヒ達はもう少し気配察知の訓練をさせねばな」

「このままだと成人の儀は通せませんね」

「スィエラは度胸が足りないし、やはりもう少し先か」

 2人を前にしてケラヴノスとアネモスが相談し合っている。若者2人は居心地悪そうに立っていた。

「さて、では洞窟内へ案内したいのだが、先に昼を済ませてしまいましょう」

 話を終えたアネモスがそう言って携帯食らしきものを出そうとしたが、嫌な予感がしてシウが口を挟んだ。

「それって、里へ入る前にケラヴノスさんが用意してくれた、アレですか?」

「そうですが」

 それが何か、といった顔で2人して見られたので、ククールスと顔を見合わせてしまった。

 簡易携帯食にも程がある食べ物だったのだ。

「あの、良かったらここで、作り置きの料理があるので、出しますけど」

「しかし、客人に用意してもらうわけには」

「いえ。せめてここでは僕が――」

「だっていくら栄養満点かもしれないけどさ、あんなの食べた気しないって。レスレクティオの根っこを齧るとか……」

 シウが言葉を濁していたのに、ククールスが言ってしまった。

 でも確かに、食べる楽しみは一切ない薬草だった。シウもよく採っていたから分かっているが、完全栄養食材なので万能感は半端ないが、無味無臭の味気ない葉でもあった。

 たぶん、食べごたえを増す為に狩人達は根っこを齧るのだろうが、土の味がするだけで特にこれといって美味しいこともない。せめて牛蒡なら触感も味わえるのに、それさえない、ただの柔らかい根っこだ。

「……きょ、今日は堅焼パンと塩漬け肉もあるのです、お客人がいらしてるので」

「あ、いえ、調理済みのものがありますから……」

 暫く無言になってしまったものの、フェレスのお腹が鳴ったので手打ち(?)となった。


 狩人には狩人の流儀があるのは分かっているから、あまり便利なものを勧めるのはどうかと思いつつ、昼ご飯の後にシウは蜂蜜玉をケラヴノスに見せてみた。

「これは?」

「冒険者用に開発したんです。栄養素が高いので、いざと言う時の補助食として使えるかと思って」

 練り込まれた素材にはレスレクティオの実もあって、成る程と頷いていた。

「良かったら、どうぞ……」

 こっそり勧めた。まだあるので、受け入れられるなら用意するとも言っておく。

 ヴロヒ達が興味津々だったので、ケラヴノスは渋い顔をしつつも後で分けてやると言っていた。叱るだけの人ではないようだった。


 洞窟に潜ると、ひんやりとした空気がまとわりついてきた。

 クロとブランカを見てみたが結界のせいか、全く気にせず口を開けて寝ている。

「では、降ります」

 綱を辿って、皆、軽々と降りていく。シウはフェレスに乗って降りた。ククールスは身軽に綱を手にして続く。

 狩人達は誰も魔法を使わずに洞窟の底まで辿り着き、そこからも足取り軽く進んで行った。

 道中、蜂蜜玉を口にしたヴロヒ達は目から鱗状態で何度もシウとケラヴノスの手にある袋を見ていた。

 シウは苦笑しつつ、アネモス達に飴の説明をした。他にもあるのだと幾つか取り出して見せる。

「冒険者向けに匂い消しの飴玉も作ったんです。気配を消すのにも良いでしょう?」

「我等からすれば、天敵だなあ」

 アネモスが言うので、ククールスが口を挟んだ。

「でも、あの惑い石や魔狂石があれば、そうそう簡単に冒険者は入ってこないでしょ」

「それもそうですが、念には念を入れないと」

 なぜそこまで他者を拒否するのだろうと思っていたら、顔に出ていたのか、ケラヴノスが教えてくれた。

「この森を突破されたくないのでね」

 狩人の里の役目に関わることなのだろう。シウはその先を問わなかった。

 が、またも教えてくれた。今度はアネモスだ。

「荒らされたくないものが、森の奥地には幾つも存在しているのです。我らはラトリシア国側の砦のような役目を果たしております」

「そうなんだ」

「あなたの養い親でもあったヴァスタ殿もご存知でした。あの一帯は彼のものですが、引き継いだのでしょう?」

「うん。今も定期的に見回ってるよ」

「ええ。ランパスやクルスタロ達の班がそのように報告してきます」

 人の手が入った山は安定するのだと言う。そして、余計なものを防ぐ力もあると。

「シウ様が結界も張ってくれているおかげで、人も容易く入って来れないから安心です」

「緩衝地帯になってるのかな、あそこ」

 その通りですと、にっこり笑われた。

「その先のずっと奥地に、行ってはならない土地があると、聞いたことは?」

「ああ、えっと、西の方の森ですね。イオタ山脈のような険しい山々でないのに、迷いの森と呼ばれている――」

「ミルヒヴァイスの森です。エルフの隠れ森なんて呼ばれたりもしますが、あそこにエルフは住んでいません。誰も住めない森なんですよ」

「黒の森みたいですね」

「同じようなものです。そこに誰も近付かないようにするのが我等の役目です」

「爺様も手伝っていたの?」

「趣味半分、と仰ってましたが」

 爺様ならさもありなんと思って、笑ってしまった。

「山越えは、イオタ山脈ならできないこともないんですよね。それが問題でして」

 実際、シウの実の両親はシャイターン側からあの急峻な山々を超えてきたのだ。とうとう力尽きて魔獣に殺されてしまったが。

「とにかく、こちら側は我々が止めるしかないのです」

「北側には止める役割の人はいないんですか?」

「いません。それで交替で見回りに行くのです」

「あの山をかあ」

 それはすごいなあと感心してしまった。

「数年がかりの仕事なので、ヴァスタ殿が南側の山脈に拠点を置いてくださった時にはとても助かったと、長が言っていました」

 メープルも手に入るしとウインクされた。

 爺様の小屋が良い休憩地点にもなっていたようで、そのせいもあって狩人達はよく立ち寄っていたのだろう。

 幼いシウとも遊んでくれ、良い人ばかりだった。

 懐かしい気持ちが蘇り、もう一度彼等と会ってみたいなと思った。


 洞窟を下へ下へと進んでいくと、幾つかの部屋を通り過ぎてようやく巨大な空間へと出た。古代帝国が消えた後、彼等はこの場所で数年を過ごしたという。中にはハイエルフもいたのだと教えてくれた。

「ここで数年暮らしていたんですか」

「はい。ここを中心に幾つかの部屋へと通じています。小さな町ですね。当時は疑似太陽もあったということです」

 そう言って天井を指差した。

「ハイエルフには不思議な力を持った人が多くいたそうで、その1人の能力だろうと言われています」

「すごい魔法ですね」

「固有能力とも言われていますね」

 ユニークスキルというやつだろう。ガルエラドも言っていたが、ハイエルフには種族特有のスキルもあるらしい。

 ハイエルフ至上主義で、純血種に価値を見出しているような一族だから、万が一のことを考えたら対抗手段のひとつも持っていないと危険かもしれないなあと天井を見ながら考えた。

 シウ1人の問題ではないし、ククールスだっていつ敵対されて追われるかもしれないのだ。シウが死んだら残されたフェレスや、まだ小さいクロやブランカだって生きていけなくなるかもしれない。フェレスはこれで賢いから小さい子達を助けてくれるだろうが、自棄を起こして対峙されても困る。

 やはり、新しい技や、スキルの開発をしておくのも良いかもしれない。

 そのためにはハイエルフのユニークスキルについて知っておかないとダメだ。

「……そうした過去の文献って残ってます?」

「いえ、我々は文字に記憶を残しません」

「そっかあ」

「ですが、口伝を代々受け継ぐ者がおります」

「えっ、そうなんですか?」

「よろしければ、聞いてみますか? ただ、恐ろしく長いですが」

 願ってもないことだ。シウは喜んで頷いた。


 洞窟の中を隅々まで案内してもらい、鑑定したり、壁に描かれた古代語を読んだりして暫く過ごした。

 ヴロヒ達はつまらなさそうだったが、シウが熱心に見て回るので時折不思議そうにしていた。

 ククールスもつまらないかと思ったが、意外と遺跡内を楽しんでいた。罠がない遺跡は気楽でいいやと、フェレスを相手に追いかけっこをしたりと、少々子供じみていたが。

 それでも隠し扉を見付けたりしていたので、彼なりに探っていたのだろう。

 隠し扉については、ヴロヒとスィエラは知らなかったらしく驚いていた。

 どうもこれも大事な試験のひとつらしくて、アネモスとケラヴノスの顔が渋くなっていた。2人は慌てて、自分達も一緒に探そうとククールスの後を追ったりしていたようだ。

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