445 狩人の里の若者達と山へ行く
木の日になり、シウ達は山2つ超えた岩塩山に連れて行ってもらうことになった。
アネモスの他に成人前の青年2人も一緒だ。彼が紹介してくれる。
「こちらが、ランパスの子ヴロヒで18歳、左がオミフリの子スィエラ17歳です」
里の出入り口となる門前では、厄介になっている長老補佐のカラザとその子達、そしてレモニが見送りに来ていた。
「狩人の里の成人って18歳から20歳って言ってましたね」
思い出した。以前、ランパスと共にいた狩人の1人ダーロスに教わったのだ。
この期間に儀式を行わないと男子は成人したことにならないそうだ。
女子は、15歳から17歳ぐらいで成人するらしいが、こちらは秘匿の儀式で女性しか知らないらしく、シウが聞いても教えてくれないだろう。
「山歩きは子供のうちからさせていますが、遠出の経験はあまりないので足手まといかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
「いえいえ。案内してもらうのは僕達だから」
謙遜だと思ったらしく、カラザやアネモスには笑われてしまった。
しかし、成人前のヴロヒとスィエラにとっては、年下の子相手に大人が対等に扱っているのは気分が良くなかったらしい。少し不機嫌だった。
「お兄様、大事なお客人の前でそんな顔して!」
妹の方が先に成人しているので、きょうだいと言えども対等な関係らしい。特に女性はませているし、兄のヴロヒは拗ねたように口を尖らせていた。
「ヴロヒ兄ちゃん、子供みたいー」
「これ、カルプジ、やめなさい」
カラザの妻が子供達を窘めていた。カラザの家は子供が3人で女の子ばかりだ。シウに懐いてくれて、フェレスとも仲良くなっていたから今もその背中に乗っている。一番下の5歳の女の子は離れたくないとしがみついていた。
「やー。一緒に行くの!」
「ダメよ、ソヤ。山へはまだ行けないの」
「ふぇれと行くー」
「ダメったら」
「おねえちゃんのいじわる!」
意地悪と言われて、一番上の女の子はぐっと喉を詰まらせていた。母親が苦笑しつつ姉を慰め、カラザがソヤをフェレスの上から引き剥がしていた。
「また戻ってこられるのだから、待っていなさい。我儘ばかり言っていると、嫌われてしまうよ」
「えっ」
「ソヤも5歳になったのだから、もっとお淑やかにしなくてはならん。シウ殿やフェレス殿に嫌われて良いのか」
説教に使われてしまったが、カラザが無言で頭を下げてきたので笑って手を振った。
とにかくも、そうした騒動を起こしながら、里を出発した。
長老補佐にはカラザの他にもう1人いて、それがシウ達を迎えに来てくれたリーダーの男ケラヴノスだった。
現在は森の見回りに出ており、岩塩山あたりで落ち合うだろうとのことだった。
シウとククールスは交互にカラザとケラヴノスの家に滞在していた。
狩人の里には宿など存在するはずもなく、泊まるなら長の家か、補佐の家ぐらいだ。シウ達は歓迎されていたのでぜひ家に泊まってくれと言ってくれる人も多かったが、フェレス達もいて大所帯なので補佐2人が引き受けてくれた。
「それにしても予想以上に歓待されているよなー」
ククールスがのんびり言うが、足取りは早い。
斥候を務めるヴロヒのスピードに合わせているのだ。アネモスが少し眉間に皺を寄せていたものの、まだ注意はしていない。
スィエラは後方を追って来ていて、辺りをくまなく注意している。こちらはきちんと役目を果たしているようだった。
「ハイケノとメープルのおかげって割には、歓待され過ぎだよね」
「ヴァスタって、シウの爺様だろ? 養い親の」
「うん」
「よっぽど強い繋がりでもあるのかね」
「そうかも。よく来ていたのも、それが先だろうね」
メープルなどは副産物だろう。
走る程度の速さで進むそれに、シウもククールスも置いて行かれることもなく付いて行った。時折アネモスが振り返って確認していたが、その度に申し訳なさそうな顔をするので、手を振った。
気にしないで良いという意味でだ。
もっと早くても良いぐらいだ。なにしろフェレスは走り回りたくてうずうずしている。中途半端な速さがもっとも嫌いなのだ。
仕方なく、途中で解禁した。
「いっといで。でも、狩られちゃダメだよ」
「にゃ!」
狩人に狩られたらお笑いものだと冗談のつもりで言ったのだが、彼のハートに火が付いたようだ。負けないもん、と勢いよく返ってきた。
フェレスは尻尾を振り振りしてから、弾丸スタートを切って森の奥へと消えて行った。
途中、綺麗な滝壺を見付けたので、シウとククールスは勝手に休憩することにした。
アネモスには通信魔法で連絡した。慌てて戻ってきたので、授乳したいのでと断ったら頭を下げられた。
「お客人の様子も顧みずに勝手に進んで申し訳ありません」
「アネモスさんが悪いわけじゃないし、いいですよ」
抱っこひもを外して、哺乳瓶を取り出した。
「ヴロヒさん、張り切ってるんですね」
「お前、言葉を選ぶよなー。あれは年下の子を相手に勝負を挑もうとするバカ者って言うんだぞ」
ククールスがオブラートに包まず言うので、シウが半眼になってみると、
「お恥ずかしい限りです」
案の定アネモスが恥ずかしげに頭を下げてきた。
「いや、本当にアネモスさんが謝ることじゃないし。ククールス?」
「わるいわるい。でもさ、閉鎖された村で生まれ育ったやつって、よそから来た人間に対抗意識を持つものなんだよ。いうなれば誰もが通る道ってやつだ。健全な少年の姿だから、良いんじゃないの」
「そうそう。アネモスさんも気にしないで」
「はあ」
「きゅい」
クロも何故か応援するように鳴いていた。
クロとブランカの授乳が終わる頃、異変に気付いたらしいヴロヒが戻ってきた。
スィエラはとっくに追いついていて、周囲を見張ってくれている。
「……あの」
困惑するヴロヒに、アネモスが腰に手を当てて睨んでおり、見ているこちらもいたたまれない。
「お客人の動きに合わせて行動すると、教わったのではないか? ヴロヒの指導係は誰だ」
「……アエラキ兄者、です」
「アエラキか。お優しい人だからな。しかし、減点だ」
「あっ、あの」
「長にも報告する。結果次第では成人の儀が伸びることも考えておくのだな」
「……はい」
厳しいなあとアネモスを見て思う。ククールスはにやにや笑って見ていて、確実に楽しんでいるのが分かった。注意したら、だって俺も通った道だもんと呑気なものだ。
「ていうか、少年が必ず通る道なの?」
「大人に怒られて成長するんだって。シウはないだろうけど」
「……いや、えっと」
あるな、とあれこれを思い出して落ち込んだ。
「あるの?」
「うん、まあ」
「聞いてもいい? 誰に、何やって怒られたか」
隠しておきたい気もしたが、もののついでだ。ヴロヒにも、失敗は誰にでもあると教えてあげた方が良いだろうと、告白した。
「キリクには何度も、それからシェイラにも」
勝手をして危険なことをして怒られたことや、女性相手にデリカシーのない発言をしたことなど、幾つか披露したら呆れられた。
「意外にやらかしてるのな、シウ」
「う、うん、まあ」
「なんつうか、俺でもないわー」
「えっ」
「それなら、先行しすぎて客人をほっぽらかしてるヴロヒ君の方がましだな!」
自分の名前を呼ばれてビクンとなったヴロヒが、そわそわとシウやククールスを見る。アネモスは苦笑しているし、シウは別の意味でいたたまれなくなって、クロとブランカを抱っこひもに押し込むと、さあと立ち上がった。
「じゃあ、もう出発しようか!」
「お、逃げた」
「良いんだよ、挽回できる失敗はさ!」
「おー、開き直った。よし、ということでヴロヒとやら。お前も挽回すりゃあいいんだ。頑張れよ」
「あ、は、はい!」
ククールスに励まされて、ヴロヒはまた斥候役に戻って行った。
シウだけをいたたまれない思いにさせて。
そして、誰にも注意されないまま遊びまわっていたフェレスが戻ってきたのだが、それに対してククールスとアネモスが笑っていた。
「飼い主に似るって言うけど、本当だなー」
「ですね」
「やりたい放題っていうか、自由奔放なやつだ」
「この森でこれほど楽しく過ごせる獣がいるのを初めて知りました」
どこで見つけたのかツルコケモモを大量に引き千切って持ってきて、口には飛兎、前足にはツルツルの枝、尻尾に蜘蛛の巣を付けていたフェレスはいとも楽しげに鳴いたのだった。
「にゃ!」
宝物いっぱい、ということらしい。
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