444 ハイケノと塩ヘルバ、ベリー酒
長はカタフニアと名乗った。
彼は絨毯に使う素材について教えてくれた。
「ここから山2つのところに岩塩山があっての。そこに生えるヘルバは薬草としての効能も高いが、それよりは丈夫な繊維が取れるということで昔から我等の里に恵みを与えてきたのじゃ。しかし、繊維にして紡ぐまでが大変でのう。何年もかけて塩を抜かねばならなかったのじゃ」
「……あれ、じゃあ、もしかして」
シウは思い当たることがあってカタフニアの顔を見た。彼は顎鬚を撫でながら、うむとひとつ頷いた。
「ヴァスタ殿とお前様の研究でできたハイケノのおかげで、各段に塩抜きが楽になったのじゃ。おかげで、よそから布を買ってこんで済むようになった。この手触りを覚えては、よその布地では耐えられんからの」
「確かに、とても良いですね」
「そろそろ量産してもよかろうと話し合っておったから、お前様にまずはお譲りしたい」
「いいんですか?」
「もちろんだとも。ハイケノをいつも大量に用意してくれておるし、我等の里で甘味が食べられるのもお前様のおかげだ」
「メープル、食べてくれてるんですね」
そう言うと隣りに座ったククールスの顔が緩んだのを感じた。
「ほほ! エルフ殿も気に入っておるのか、あのメープルを」
「ありゃあ、絶品ですよ。蜜や水で薄めてないし、濃厚で風味もあって」
「涎出てるよ……」
「おっと」
拭う仕草をして、ククールスは笑った。
カタフニアもにこにこして、これで打ち解けたようだった。
お互いに堅苦しいことは止めようと話し合い、シウは滞在の許可をもらった。
狩人の里からすれば、シウは上得意先になるらしく歓待してくれるとのことだった。
「お手紙はあったけど、実際は帰れって言われるかもと思ってドキドキしてました」
「そりゃあ、また何故かのう」
カタフニアの孫娘がお茶を用意してくれていたのだが、彼女もびっくりした顔をしてシウを見た。
「だって、狩人の里って秘密の里なんでしょう?」
「あー、すみません。俺がちょっと脅すような噂話をしたせいかも」
ククールスが手を挙げて頭を少し下げた。すると少女がくすくすと笑ってカタフニアの横のソファに座り、口を開いた。
「あちらのエルフ族の方には、厳しい対応だったからでしょう? そもそも、うちの里は極力外との関わりを避けていますから」
「レモニや、いきなり、お客人に失礼であろう」
「あら。シウ様になら、なんでも話して良いと言ってたじゃないですか。お父様も自分がいない間に来たらくれぐれもよろしくとお願いしていたわよ」
「レモニさんのお父さんって?」
「ランパスです。シウ様のお家にお邪魔している1人なんですけど、覚えてます?」
「ああ! ランパスさん」
小さい頃遊んでもらった記憶がある。最近は手紙だけのやりとりで顔を見ていないが、狩人達は大抵2、3人連れで行動しているので、顔を覚えやすい。
「皆さん、お元気ですか?」
「ええ。さっき通信玉を使ったから、うまくいけば数日中には戻って来れると思います。あ、それぐらいは滞在できますよね?」
「うん。そのつもりで来ました」
「じゃあ、皆にもそう言っておきますね。あ、わたしはこれで失礼します!」
歓迎の宴の準備があるので、と元気よく立ち上がり部屋を出て行った。
「……賑やかな孫娘で、すまんのう」
「元気なのは良いことですよ」
「ていうか、シウ、お前の視線がまるで爺さんなんだけどさー。もうちっと若い女の子に色目を使えよな」
「ククールスは心臓に毛が生えてるよね」
「は?」
「その若い女の子のお爺様が目の前にいるのにさ」
カタフニアの顔はにこにこしていたけれど、ククールスを見る目が少し不審そうになっていたことは確かだった。
道中、軽く食べただけだったので、おやつを出してもらうと皆しっかり食べきり、歓迎会は夕方早めの時間から始めてもらった。
想像以上に歓待されて、ククールスは驚いていた。自分達の時とは全然違うということらしい。
望まれて来たわけではなかった、むしろ迷惑がられていたことが、里の人々の様子でも分かったとしんみりしていた。
とにかくも、この日は到着したばかりで、飲めや歌えの大騒ぎで楽しむだけに留まった。
翌朝、滞在期間中の案内係として、カタフニアの末の子でソランダリ領とのパイプ役も担っていたアネモスという男性を付けてもらえた。
領主との対話も彼が行っていたとかで、外での暮らしにも慣れているというから仰せつかったようだ。
「次はレモニが行く予定なんですが、領都でちゃんとやれるのか今から不安で」
姪っ子の元気な様子に笑っていた。
「ソランダリ領では狩人の方々を大切にしていますよね。たまたま、僕の受講する科目の教授がソランダリ領伯の第四子にあたる方なんですけど、よく話を聞きますよ」
「ああ、あの、バルトロメ殿」
その声に若干嫌そうな気配が混じっていて、思わず笑ってしまった。
バルトロメは爽やかな青年なのだけれど、いかんせん、魔獣マニアなのだ。オタクっぽいとも言うが。
「多産系の若い女性と知り合いたいからシーカー魔法学院に勤めてるって、嘯いてます」
「ソランダリ伯家では有名ですからね。わたしも何度か聞かれました。多産な家のお嬢さんはいませんか、って」
「本当にそんな家系なんだ……」
笑いながら細い農道を進んでいくと、泉の畔に着いた。
「ものすごく澄んだ水が湧いてますね」
「地下水だそうです。精霊も喜ぶ水だとか」
「うん、喜んでるよ」
ククールスが周囲を見回して微笑んだ。
「空気も綺麗で、ここは聖なる気に満ち溢れてる。良い土地なんだろうな」
褒められて嬉しかったらしく、アネモスは頬を赤くして頭を掻いていた。
里自体は半日もあれば廻ってしまえる広さで、昼ご飯のあとは森へと分け入った。
珍しい薬草を教えてもらい採取したり、フェレスは川遊びしたりと楽しく過ごした。
ククールスは不健全な大人なので、魔獣もいない森でやることなどないとばかりにごろ寝出来る草むらを見付けてはシウ達の遊びが終わるのを待っていた。
里に戻ると言った時は飛び上がって起きていたあたり、本当に楽しみがないのだろうと思った。
狩人の里には領主にも卸す希少な酒があって、それだけが楽しみのようだった。
ちなみに果実酒だ。
「ツルコケモモかあ。そろそろ本格的な収穫時期かな」
山の中には沼地のような池もあって、近くには群生地も多かった。シウもこの季節には爺様の家の近くで沢山の果物を採取した。お酒にすることは考えたこともなかったが、果実酒は美味しいので作ってみても良いかもしれない。
ただ、ククールスほど飲みたい意欲がないので、どうも積極的に作ってみたいとは思えない。それよりはジャムにしたり乾果にしたりする方が楽しい。
「ベリー酒も良いけど、はちみつ酒も良かったね」
「おー、あれは美味い。ぜひ売ってもらいたいなー」
「シウ様の友人でしたらお譲りしますよ」
「やった!」
「僕はヘルバの布だなあ。あれで作ったシャツなら気持ちよさそう」
「でも、今お前の着てるのも、着心地良さそうだけどな」
「うん。バオムヴォレで作ったシャツだからねー。この間、カスパルが仕立屋を呼んで採寸してくれて、生地は自分で用意したんだけど、作ってもらって良かったよ」
自作よりずっとはるかに着心地が良くなったのだ。見た目も良いらしくて、メイド達からの評判も良かった。今までの自作の服がどれだけセンスが悪かったのだろうと、少し落ち込んだけれど。
「バオムヴォレって、最高級の綿花じゃねえか? ハイエルフでも上位者しか着てないぞ」
「あ、そうなんだ。仕立屋の人もしなやかさに驚いてたけど、でも所詮は綿だよ。彼等も良い生地っていうのは魔獣から紡がれた強力糸とか、絹糸を指すのだって言ってたし」
「分かってないなあ。綿が一番肌触り良いだろうに。あ、今だとヘルバ布か? でもまあ、これは出回らないからなあ」
そう言ってアネモスを見た。彼も苦笑しつつ頷いた。
「一般に売るつもりはないですね。量産体制に入ったとは言っても、付き合いのある方へ、たとえばソランダリ伯へ卸すぐらいですよ。シウ様が殊の外気に入ってくださったので、もちろんお譲りしますが」
「あ、適正価格でお支払いしますからね」
「いえ、それは」
「メープルにも対価を貰っているし、お互いにこれからの付き合いを考えたらそうした方が良いと思うんだけど」
シウの言葉に、アネモスはハッとして、それからそうですねと小さく笑った。
「えっ、俺はベリー酒をタダでもらう気満々だったのに!」
「ククールス……。いや、もちろん、僕が払う気だったけどさあ」
なんでそれを口にしちゃうかなあと半眼になったら、ククールスは慌てて走って逃げて行った。
子供みたいだ。
そして、同じく子供みたいなフェレスが、追いかけっこだとでも思ったのかククールスの後を追って走って行ってしまった。
「あーあ、もう」
呆れつつ溜息を吐いたら、隣りでアネモスが笑った。
「あなたはまるで、長のようですね」
振り返ると、穏やかな視線でシウを見ていた。
「あなたに見られると、何故か安心してしまう……。不思議な方ですね。ヴァスタ殿のお子様だからでしょうか。あの方もそうした雰囲気をお持ちでした」
どこか遠い目をして、呟いていた。
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