443 出迎えと通信玉と狩人の民達
旅に出ていると日付が分からなくなるが、目が覚めて思ったのは今日からが学校の休暇日なのだということだった。
帰り時間のことを思えば、この1週間の間に狩人の里へ行かねばならない。
今日中に入れてもらえると良いのだけれど、と思っていたら、相手の方から迎えに来てくれた。
テントや四阿を片付け終わった頃に全方位探索の端に数人が引っかかり、ククールスにもそのことを伝えた。少しして彼も気付いたようで、
「ここで待ってようぜ。楽だし」
と言うので、待つことにした。
やってきたのは顔見知りではなく、全員知らない男性ばかりだった。
全身を隠すように獣の皮で作ったローブを羽織り、中には猟師のような毛皮のベストを着ている者もいてマタギそのものだ。あきらかに不審者ルックなのだが、見慣れているシウは特に気にせず笑顔を見せた。
「エルフと、そちらは」
少々怯んだ顔をしたらしい若い男性が戸惑う中、パーティーのリーダーらしき年嵩の中年男性がずいっと前に出てきた。
「もしかして、イオタ山脈のヴァスタ殿のお子ではないか?」
「あ、はい。シウです。手紙で、遊びに来ても良いって言ってもらったので、来ちゃいました」
「……こちら側から来るとは思っていなかった」
「あ、シーカー魔法学院に入学したので今はラトリシアに滞在してるんです。ついでに狩人の里へ行ったことのある彼と友達になったので、護衛がてら一緒に来てもらいました」
「……成る程、そういうことか」
チラッとククールスを見て、リーダー格の男が口中をもごもごとさせた。
これは狩人達のやる通信方法で、口内で呟いた言葉を、仕込んである小さな玉を噛むことにより覚えさせ、離れた場所の対の玉へ伝えるものだ。対の玉は口の中へ入れておいても良いし、耳の穴に入れておく人もいる。
特殊な玉は大昔から秘伝の製法で作られ、彼等の高等技術だ。見たことのある人は魔道具の一種と思いがちだが、どちらかというと精霊魔法の一種に近いと爺様は言っていた。
「……友人ならば、一緒に招こう」
「ありがとうございます」
「あー、良かった。俺だけここに残れって言われたら寂しくて泣いてるところだぜ」
「あはは」
ククールスの冗談に笑っていると、男達は顔色も変えずに踵を返した。
ついてこいということだ。
シウはククールスを促して、歩き出した。
男達の歩き方は不自然で、森の道を無視して歩いたり、まるで遠回りしているかのように道を戻ったりした。
惑わしの森を歩くためのルールなんだろうなあと観察していたら、ククールスが疲れた顔をしてぼやいた。
「身体強化もあんまり効かねえし、ここで放り出されたら確実に死ぬな、俺」
「大丈夫だよ。これ、惑い石に引っかからないように進んでるだけだし、その中でも相当楽な道筋を選んでくれてるっぽいよ」
「そうなのか?」
「だって、僕が歩けてるのに」
「……お前はいきいきしてるなあ。イオタ山脈で暮らしていたってのは伊達じゃないか」
「そういうククールスは森から出てきて体が鈍ってるんじゃないの」
「つーか、エルフはここまで奥深い山には住まねえよ。みんな、どんだけエルフに夢見てるんだ。森の民って言うなら、狩人の方がずっと森に馴染んでるぜ」
汗を拭いながら、そんなことを言って前方を進む男達を見た。
1人はすでに姿が見えない。里へ先に戻ったようだ。
「フェレスに乗る?」
「いや、もうちっとだろ。頑張る」
変なところで意固地なんだなあと笑って、シウも気を引き締めて山を登った。
やがて、大きな惑い石の前に辿り着いた。
これが里への一番大きな門となるのだろう。
男が祝詞のような言葉を紡ぎ、すぐに岩の左横を通ってすり抜けた。
出る時は反対側なんだろうなと考えながら、しばらく歩いていくと山間の集落が見渡せる道へと出た。
これまでは草の生い茂る獣道といったものだったが、馬が通れる程度の整地された道がある。すっかり歩きやすくなり、ククールスもホッとした顔をして進んだ。
丘のようになった道の上から集落を見下ろすと、中心には澄んだ泉が存在していた。そこから各家庭へ水路を引いているようだ。水車を利用して高地にある家へも運んでいる。長閑で牧歌的な風景だった。
「話に聞いていた通りの景色だ」
「田舎なのに、うちより技術が高いんだぜ」
ククールスは別な方に関心が向かっているらしい。しかし、シウにとっては懐かしい気持ちでいっぱいだ。なにしろ、この風景はまるで日本の田舎のイメージそのものだったからだ。
「魔法を使わずともこれだけのことを維持できるんだから、やっぱり狩人の里はすごいよなあ」
「そうだね」
懐かしさと物珍しさできょろきょろしつつ、男に案内してもらい、泉を東にした集落の西の中腹にある大きめの建物へと到着した。
「長の家だ」
「案内していただいて、ありがとうございました」
「いや」
じーっと見下ろされて、シウは首を傾げて男を見返した。
「……お幾つになられたのか」
「13歳です。秋に14歳になります」
「それほどになるのか」
ずっと顔色さえ変えずに無表情でいた男が、目を見開いた。驚いたようだ。ただし、不要な言葉は告げなかった。
けれど、ちょっと面白がって返してみた。
「成長が遅いみたいで幼く見られるんですけど、これでもあと1年と少しで成人なんですよ」
「いや、うむ、その」
困惑げに頭を掻き始めたので、シウは笑った。
「ちゃんと人間ですからね」
「……そう、そうだな」
そこで少しだけ、表情が緩くなった。男はまたシウを眺めてから、そろっと頭に手を置いた。
「ゆっくり、遊んで行かれると良い。長からも言葉があるだろうが、我々はシウ殿を歓迎する」
「あ、はい」
驚いたものの、素直に頭を下げた。
ククールスも隣りで驚いていたようだ。狩人が言ったりしたりすることではなさそうだった。爺様の家に来た狩人達は顔馴染みだったから親しかったが、初対面でこれはシウもびっくりする。
しかし、男は何も言わずに手で、さあ行けと示してきた。
きっと後で何か教えてくれるのだろう。
シウは道端で虫を捕まえようとしていたフェレスを呼んで、ククールスと共に長の家へと入ることにした。
長の家に入ると、待ってましたとばかりに下働きをしていると思わしき男性と少女達がやってきて、世話を始めてくれた。
土足厳禁らしく靴を脱がされて、盥で足を洗ってくれるあたりが日本の古い時代のようだ。時代劇でもよく見たので、面白い。
ククールスは小さな女の子にされるのは嫌らしくて、ぎゃっと声を上げていた。しかし、男性の方はフェレスを相手している。我慢するしかなかった。
「うひゃひゃ、くすぐったいって、ひゃひゃひゃ!」
「にゃー、にゃにゃ」
1人と1頭が何か騒いでいたが、確かに慣れない人にはこそばゆいだろうなと内心で笑った。
案内は妙齢の女性で、板張りの綺麗に拭き上げられた廊下を進んだ。
ところどころ日本家屋のように感じるのは、部屋を細かく区切っているところや、板張りの廊下のせいかもしれなかった。
狩人の里の家々は、ほとんどが木製でできており、温かみのある造りをしていた。
通された部屋には毛の短い絨毯が敷かれており、座ってみるとほんのりと温みを感じた。鑑定してみると動物の毛ではなく、植物の繊維からできていると分かった。綿よりももっとふんわりした柔らかいものだ。あれ、と不思議に思って更に鑑定を掛けると、ヘルバと出てきた。
「薬草の繊維で作るんだ……」
「おお、さすがだのう」
シウの独り言に反応したのは、隣室にいた長だった。
「その通り、それはヘルバからできておるのじゃよ」
「薬草の基材以外に使い道があったんですね」
「昔はこれ1枚作るのにとんでもない時間がかかっていたものじゃが、な」
苦笑しながら、シウ達を手招いた。
「さあ、こちらへ。……そちらのエルフ殿も来るが良い」
「あ、はい」
「畏まっておるな。ふむ。一度見たことがあるぞ。以前、この里へ来たことがあるな?」
隣室の応接間へ歩く間にそんなことを言って、長はククールスを見て笑った。
年齢自体はククールスの方が上なのだが、寿命における人生経験の差のせいか、長に圧倒されているようだった。
「一度、お供で参ったことがある、ます。でもお顔を拝見したのは初めて、です」
「下っ端じゃったの。さ、座られよ。騎獣は、そのへんにでも勝手に座るじゃろう」
「フェレス、おとなしくね」
「にゃ」
ソファに座ると、長はふふふと楽しげに笑って顎鬚を撫でながら向かいに座った。
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