442 蟹の食べ方、惑い石と魔狂石




 昼ご飯は湖の畔で食べることにした。

 獲ったばかりのペルグランデカンケルを、魔法も使ってさくさくと解体していく。

「えげつないなー。なんちゅう魔法を使うんだ。どうやってんだ、その水? の勢いはよ」

 説明しようか一瞬迷って、止めた。ただ聞いてみただけ、のような気がしたからだ。案の定、

「内緒」

 と言うと、あっそう、と気にする様子もなく、ククールスはのんびりと返してきた。

 絨毯を取り出したので、その上に寝転んで空を見ている。フェレスは森の中へ飛んで行っては何かを取ってきてせっせと集めていた。

 ついでなので、アトルムパグールスも解体した。

「ククールス、あげた魔法袋貸して。入れておくから。あ、使用者権限付けておくね」

「おーう」

「僕は使えるようになってるけど、付与する人間だから仕方ないんだ。いい?」

「別に、元はお前のだし気にしてない。ていうか、シウになら何見られても平気だからなー」

「そのへん、ククールスは大らかだよね」

「シウに言われたくないぜ」

 いや、自分は隠す方だけどな、と内心で考えつつ、解体してブロックごとにしたものを半分ずつに仕分けた。

「あ、俺の方、そんな要らないぞ。料理もできないのに」

「そうなの?」

「売るつもりもねえし。食材はシウの方で持っておけよ。あ、入る余地がねえなら、使っていいけどさ。俺の取り分って考えてるなら、要らねえからな」

「分かった」

 とはいえ心配性なので、シウはこっそりククールスの魔法袋には他にも食材関係を移動させた。何かあって、それこそ地下迷宮に1人飛ばされても大丈夫なように、だ。

 備えあれば憂いなし。

 ということで、身内扱いとなったククールスにもあれこれ世話を焼いてしまうシウだった。


 蟹は、巨大なのに大味ということもなく、むしろ濃縮された味で大変美味しく頂いた。

「この網で焼いたのが美味いな! 何もしなくても美味そうだけどさ」

「うん。アトルムパグールスには油炒めが合ってたけど、ペルグランデカンケルはどんな料理にも合いそうだね」

 食べごたえもあって、良いものに出会えた。

 普通の蟹でも美味しいけれど、1匹で食べられる量を考えたらこちらの方が遥かに良い。魔獣には魔素が練り込まれているせいか味もしっかりとしているのだ。

 逆にあっさりと和食風に食べたいなら普通の蟹が合うだろうなと内心で結論付けた。



 午後からは全方位探索による地図を強化して、狩人の里を確認しながらククールスの案内で山を進んで行った。

 騎獣で上空から飛んで行けるのも便利らしく、以前来た時よりもずっと早く到着しそうだと喜んでいた。

 ただし、ところどころに結界が張ってあったり、方向感覚を狂わす惑い石も存在していてその都度地面に降り立つことになった。

 シウがこっちじゃない、と指差せばククールスも「あ、そうだ」と思い出せるあたり、惑い石の力も万全ではなさそうだ。

 それでも普通の人間なら、そう簡単に森の奥へは進めなさそうだった。

「これって、狩人が設置したのかな」

「いや、もっと古くから存在すると聞いたけどな」

 狩人が里を隠すのは結界の方だと言って、近くなればなるほどより強固なものとなるらしい。

 エルフが辿り着くにも1週間はかかったと言う。

「森の住人でもそんなにかかるんだ」

「本拠地じゃないってのもあるしな」

 やれやれと、汗を拭ってククールスは惑い石を見上げた。かなり大きな岩となって森の道を塞いでいたのだ。

 森の道というのは獣道とは違う、自然が生んだ偶然の通り道、のようなもののことだ。

 人であれ獣であれ、動線上通るであろう流れであり、精霊達もまたそこを通る。エルフは森の一族だから、一番楽な動線を取るのだけれど、それを大きな岩で塞がれていたのだ。

「これは人の手によるだろうなー」

「頻繁に道を変えられているのかな?」

「そうだろうな。それにしても、こんな大きな石、岩か。これを動かすとはなあ」

 惑い石は空間に作用するらしくて、ある意味魔石と同じだ。壊すこともできない厄介なものだけれど、使い勝手は良い。なにしろそこに置くだけで人でも獣でも、魔獣でさえおかしくなるのだから。

「上空から行こうか?」

「この先は上空からだと見えなくなるって、前に聞いたからなあ」

「壊しちゃまずいし、遠回りしてみる?」

 惑い石を壊すのは論外だし、木々を倒すのもまずい。狩人達は森を大事にしているから、自分達の庭で勝手をするものを許さないだろう。

 第一、人の家にお邪魔するのに、通るのが面倒だからと言って勝手に庭を壊す人は普通いないし、いたとしたらそんな客は門前払いされるに違いない。

「それしかないよなあ。前は事前に通行証のようなものを渡されていたっぽいからな」

「それでも1週間かかったんだ?」

「まあな」

「じゃあ、僕等もある程度は覚悟しておかないとダメかな」

 のんびり答えつつ、空間魔法と鑑定魔法、探索魔法を複合した全方位探索強化版で道を探す。

「こっち、行こう。ここを抜けたら沢があるよ」

「お、そうか。沢からなら道もあるだろ」

 森の道を諦めて、下草だけ処理しながら森に分け入った。


 すぐに沢へ出たので、2人してフェレスへ乗って低空飛行を続ける。

 時々、滝に出くわすものの、概ね順調に沢を上って行った。

「今日はこのへんで野営しようか」

「そうだな。シウの探知だと、今でどのへんになる?」

「半分は進んでるから、明日の昼か夕方までには着くと思うよ」

「お、そうか。やっぱりフェレスがいると早いなー」

 エルフは健脚だし、身軽でほいほい進むことが出来るものの険しい森の移動はやはり疲れる。身体強化ができれば良いのだが、この惑わしの森ではそれもまた難しいのだ。


 惑わしの森が忌み嫌われて畏れられることのひとつに、魔狂石の存在があった。

 こちらも魔石の一種で、主に人間の体内魔素を狂わせることからその名が付けられた。

 それでなくとも惑い石があちこちに転がっているのに、その上魔狂石など、深い森の中では厄介すぎる。

 奥深くへ入れば入るほど多くなるので、結果的には誰も近寄らない山となるのだ。

 魔狂石は魔獣も多少狂わせるが、騎獣には何故かあまり効かない。

 騎獣の持つ魔法というのが、生まれ持った身体能力にがっちりと組み込まれているからだとも言われていた。それを本能だと、言う人もいる。

 人間は、魔力を持っていても本能で使えることはほとんどなく、学校なり師匠なりに教わって覚えるものだから騎獣とは違うそうだ。

 ならば、魔獣はなんだろうと思うのだが、よく分からない。

 古代からずっと調査され続けてきた魔獣だが、今でもまだ分かっていないことが多い。

 そして、シウも自分自身のことがよく分かっていない。

「……魔法、使えてるな、シウ」

「うん、そうだね……」

 土属性で即席の四阿を作ったのだが特に問題なく、できた。

 魔道具は難しいようだ。効きはするが、機能が衰えていたり、燃料としての魔核や魔石を必要以上に使用している。

 魔狂石は人間の体内魔素以外に、当然そのあたりに存在する魔素にも影響するので、普通は完全に使えなくなるものだとククールスは言う。

「なんか普通に使えてるよな」

「うん。渦を巻いた、魔素を乱す変な波形のようなものは、そのへんの石から伝わってくるけど、結界を張ったら跳ね返しちゃったし」

「普通は結界も張れないんだけどなー」

「変なところだね」

「まあなあ」

「面白そうだから、幾つか採取して持って帰ろうかな」

「まじかよ」

「研究材料に」

「頑丈に囲んでおいてくれよ。重力魔法が使えなくなったら、俺、困る」

「あ、そだね」

 ククールスも完全に魔法が使えないわけではないようだが、やはり近付くのは嫌らしい。

 シウは、了解と返事をして、テントを取り出した。

 採取も気になるが、まずは居心地良くすることが先だ。


 フェレスは早速絨毯の上で寛いで寝転び、預けたクロとブランカを相手におままごと(?)をしていた。

 森で拾った綺麗な石や枝、鳥の羽などを広げて、2頭に見せている。

 お店屋さんごっこだろうか、赤ちゃん相手に何してるんだと思いつつ、料理を手早く作った。

「できたよー」

 ククールスは釣りがしたいというので蜘蛛蜂の糸で作った釣り竿片手に頑張っていた。大声で呼んでみたら、釣果があったようでほくほく顔で戻ってきた。

「これも焼こうぜ!」

「おー。立派な岩魚だねー」

 早速処理して、枝に刺して焼いた。

「こうなると主食はお米だよね。シチューはやめて、味噌汁にしようっと」

 急遽メニューを変更して、作り直した。

 ククールスは食事に文句を言う人ではないし、お米を広めよう運動もノリノリで受け入れてくれたから食べてくれるだろうと思っていたら、案の定とても喜んでくれた。

 それにしても、真っ白い肌に白銀髪、紫の瞳という、少女物語も真っ青の美形王子様に見える青年が、ご飯をがつがつ食べている姿というのはおかしなものだった。

 枝に刺さった岩魚がまたいい味を出している。

「……ククールスって、本当に見た目に合わない人だよねえ」

「よく言われる。もうちっと夢を壊さない努力をすべきだと、以前どこかの同族に言われたこともあったな。でも別に俺、他人の夢の為に頑張る気なんて全然ないし」

 そう言って、味噌汁をずずずっと吸い込むように飲んでいた。

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