441 そうだ、蟹を狩ろう
翌朝、高級宿の朝食を楽しんだ後、スエラ領都を出て一路サトワレ街まで進んだ。
領都外へ出てすぐに時間短縮のためにフェレスへ乗っての移動となったが、街道沿いに進むといちいち冒険者や商人に驚かれるので森の上空を突っ切って進むことになった。
サトワレ街までは半日ほどかかったが、通常の行程よりはずっと早い。いくらフェレスが下位種の騎獣と言っても、馬や荷を積んだ地竜よりは遥かに速いのだ。
そのまま泊まらずに森へ入っても良かったのだが、蟹のことが頭にあったのでギルドへ寄ってみることにした。
「シウは本当に食べるの好きだよね」
「ククールスは飲むのが好きだね?」
「まあね!」
ロサパグールスは常時依頼になっており、狩れば狩っただけ受け付けてもらえるそうだ。見た目がショッキングピンクという恐ろしい姿で、3~4mもある、毒を持つ大きな蟹だ。アトルムパグールスも魔獣で人を襲いはするがロサパグールスほど恐れられていないのは、その身が食べられて美味しいからだろうか。常時依頼にはなっていないが、買取はいつでもやっているらしい。
シウには魔法袋という名の無限空間庫があるし、行きに狩って帰りに余れば売っても良いなと算段を付けて、ギルド紹介の宿に泊まった。
冒険者向けの宿で獣舎は別にあるところだったが、ククールスがウィンクしたせいかどうか、フェレスを部屋に入れても良いとのことで助かった。
「エルフって、すごいね……」
「もっと褒めて」
胸を反らせて自慢げに言われてしまった。
本当に本で読んだエルフのイメージが、ガラガラと崩れる青年だ。
とはいえ、晩ご飯でも朝ご飯でもオマケがつくなど、便利なエルフでもあった。
翌朝は早くに出て、マイル川へと向かった。
狩人の里へ向かうにも丁度良い方向である。
森へ分け入る冒険者の数も多く、眼下には時折それらしき姿を見かけた。
「やっぱり、騎獣は便利だよなー」
シウの後ろでククールスがのんびりと喋っている。彼は背中に飛行板と大荷物を背負っているが、重力魔法のせいでフェレスは重さを感じていないようだった。
「飛行板も便利っちゃ便利だけどさ。騎獣がいると幸せだ」
声がほんわりしているので、フェレスの毛でも撫でて癒されているのだろう。
「うわ、ばふ、うふぇ」
尻尾で叩かれたのか、ククールスがごめんごめんと謝っていた。変な撫で方でもしたのだろうか。
「騎獣だけでも解禁してくれねえかな」
「ポエニクスは独占反対派みたいだけどね」
「あ? そうなのか?」
「友達になったんだけど、そんなようなことを国王に言ってた。でも、国は国で考えがあるみたい」
「まあなあ。魔獣のスタンピードが起こった時のために、戦力をまとめておきたいってのは、あるだろうし。ていうか、聖獣と友達になったのかよ!」
何が面白いのかゲラゲラ笑ってシウの肩をバンバン叩いてきた。
「痛いよ、もう。あ、あれがマイル支流かな」
「位置的にはそうだろうな。待てよ、精霊に、っと、おお、そうだってよ」
「精霊って、人間が決めた名前を理解しているんだ?」
不思議に思って振り返って聞くと、ククールスは肩を竦めて答えてくれた。
「繰り返し告げていると、そうと理解するらしいぜ。もっとも精霊達もはっきりと言葉で教えてくれるわけでもないし、そもそもあれらは見たままでしか記憶していないからな。見たまま聞いたまま、だ。それを判断するのが、俺達ってこと」
「ふーん、そうか」
そういえばラエティティアも、聞いたままを教わるだけだと言っていた。
裏に何があるだとか、想像で物を考えないだけ助かるだろうが、逆に知りたくない情報も得そうだ。何事も使う人間次第かもしれない。
「じゃあ、探索を掛けてみる。蟹、蟹、蟹ー」
「おい、やめろよ、その変な歌」
呆れるような笑い声でシウを窘めつつも、ククールスも同じように探し始めたようだ。ほどなくして、2人同時に、あっちだ! と指差した。
結果的に、ロサパグールスは15匹、アトルムパグールスが22匹、討伐できた。
面倒がないようにと塊射機で魔核を撃ってしまったのだ。
ククールスも矢で射っていたが、それよりは塊射機の方が早かった。
「あー、くそっ、負けたー!」
残念がっている間に、ロサパグールスの方は討伐部位だけ切り取って残りは始末し、全部を魔法袋に詰め込むふりをして空間庫に入れて仕舞った。
「相変わらず容量のでかいアイテムボックスだなあ。いや、別に何も聞かねーけどさ」
「ククールスは持ってないの?」
「別になくても困らねーし。地下迷宮に潜るなら多少、心配だろうけどさ」
「森でなら、暮らせるもんね」
「そそ。街なら街で、助けてくれる女性の1人や2人はいるしな」
「悪い大人だなー」
「はっはー。シウにはまだ伝授してやれねえな!」
くだらない話をしながら、上流へと進んで行った。
フェレスには疲れたら休むように言ったが、全く気にならないらしくてむしろ張り切って飛んでいた。
やがてマイル川へ流れる大元の湖へと辿り着いた。
「大きいなあ。ちょっと寄って行っても良い?」
「何、獲物か? そうか、こういう時は魔法袋があると便利かもな! 次々狩れるし」
楽しそうに目を輝かせるので、ククールスはなんだかんだで森での暮らしが好きなのだろうと思う。
全方位探索を強化してみると、湖の底には沢山の生き物が住んでいた。
「ペルグランデカンケルがいるみたい」
「ま、じ、か!」
目を見開いて驚いているようだが、口からは涎を垂らさんばかりで、シウは笑ってしまった。
「ものすごく美味しいって聞いたけど、やっぱりそうなんだ?」
「俺も昔食べたきりなんだー。やばい。食いたい」
「狩っちゃう?」
「狩る狩る。でも、相手は大物だぞ?」
「まずは釣り上げないとダメだよね」
ということで湖の傍に降りて、案を練った。糸を垂らして、かかったと同時に重力魔法をかけてもらって釣り上げ、地上で魔核を狙うのだ。
試しに湖の底の1匹を狙って魔核を転移させようとしたが、失敗した。大きな魔力を持つ相手には魔核の転移はやはり効かないようだった。ククールスに内緒で狩るのは難しそうだ。
シウがフェレスに乗って、一番深い場所の上空まで飛んでいき、蜘蛛蜂の糸を垂らして誘ってみた。悪食らしく、捨てるつもりのロサパグールスの身を付けていたのだが早速引っかかってくれた。
「かかったよー」
「よし」
離れているが、ククールスは寸分たがわずに糸の先を軽くしてくれた。シウが持ち上げつつ地上へ投げるように釣り上げると、6mもあるペルグランデカンケルは大きな音を立てて地面をバウンドする。
すかさず、威力を増した弓で魔核が撃ち抜かれた。このへん、さすがククールスだと思う。弓の正確さもさることながら、当たった瞬間に矢への強力な力が効いて硬い甲羅を貫いてしまったのだ。
重力に耐えうるよう、矢は鋼でできている。これを射るのは相当な力が要るわけで、冒険者として一流なのが窺えた。
「やった!」
「シウ、この調子でもうちっと釣ろうぜ。まだアイテムボックスの余力あるんだろ?」
「うん」
ということで、小1時間ほどかけて、釣れるだけ釣り上げてしまった2人だ。
ククールスには魔法袋が複数あると説明したら、目を剥かれてしまった。
「爺様からの遺産と、あとは盗賊を倒した時に見付けたんだ、ってことにしておいていい?」
「……まあ、いろいろあるんだろうよ。分かった」
はー、と大きな溜息を吐かれた。シウは笑いつつ、更に続けた。
「こっち、ククールスにあげるよ」
「は?」
「あー、口止め料? のつもりで、受け取ってよ」
ガルエラドのように何もかもを話してしまっても良かったのだが、ロワルでの友人達と同様に、相手への負担になるかもしれないと思い留まった。
知らないで済むなら、その方が良い時もある。
ガルエラドにはつるっと漏らしてしまったが、あれは、きっと彼自体が誰からも隠れて生きているというのがシウに自然と伝わったからかも知れなかった。
「……まあ、言えないこともあるわな。これを俺に渡すことで気が済むなら、まあ、いいけどさ。でも俺はシウと友達だってのは、分かってんだろうな?」
「うん」
「……なら、まあ、いいけどよ」
「施しじゃないよ?」
「分かってら。友達だから、あげる、ってな単純なものだろ! なんだよ、俺の方が貰ってばっかじゃねーか」
それはメープルのことだろうか。でも。
「これ、お礼のつもりでもあるんだけど」
「は?」
「両親の話を教えてくれたでしょ。あと、里に戻っていろいろ調べてくれた。危険を冒して」
「……危険って、そんなんじゃねーよ」
「だってプルウィアが言ってたよ。里から追放だって」
「……俺が勝手ばかりするからだよ」
「うん。僕のために、ありがと」
「ばーか」
一言告げると、後は黙ってしまった。でも耳が赤かったので照れているのは分かった。これが、ククールスという青年の本質なのだ。
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