440 スエラ領都の夜の過ごし方




 冒険者ギルドに教わった、騎獣連れでも泊まれる宿に行くと特別室を紹介された。

「1階の離れになるのですが、こちらでしたら騎獣もお部屋に入っていただけます」

 ギルドでダメ元で相談したらここを紹介されたのだが、聞いてみて良かった。

 フェレスはギリギリサイズなので、領都レベルの宿だと騎獣用の獣舎に入れられてしまう可能性が高かった。けれどやっぱりひとりは寂しいようなので、聞いてみたのだ。

「わあ、広いですね。綺麗だし、こんなお部屋があって良かったです」

 にこにこ笑って言うと、案内してくれた宿の女性もにこやかに答えてくれた。

「この国では騎獣をお持ちの方は貴族以上ですし、中には聖獣をお連れで移動される方もいらっしゃいます。そうした方々はお部屋で共に過ごすことを所望される場合もございますので、こうして幾つかのお部屋をご用意させていただいております」

 他にも部屋の説明や食事の案内などをしてくれて、部屋付きメイドとなるらしい彼女は下がった。もちろん、チップは払っておく。

 振り返るとフェレスはもうすでに寛いでおり、ククールスだけが立ったままだった。

「お、お前なあ」

「どうしたの? 座らないの? あ、晩ご飯どうする?」

 ローブを脱いで、抱っこひもも外すとフェレスが飛んできた。クロとブランカを口で受け取ると、そのまままたソファへ飛んで行って2頭を寝かせる。そしてクッションを集めてせっせと巣作り(?)をしていた。

「こんな部屋、あっさりとまあ決めてしまって」

「あ、ごめん。もしかして嫌だった? でもフェレスが可哀想だし」

「いやー、もういいけどさー」

 諦めたように溜息を吐くと、フェレスの向かいの1人用ソファに座って伸びをした。

「こんな高い宿、3級の俺だって泊まったことねーよ」

「あれ、3級に上がったんだ?」

「そうそう。すごいだろー」

「うん、すごいね」

「……あっさり言うなっての。ま、それはともかく、晩ご飯なあ。晩ご飯も高いんだろうなー」

「今回の旅は僕が出すって、言ったよね?」

「それなー。なーんか、こう、チビ助に払わせるってのが、引っかかるんだよなー」

「でも、一応ほら、僕の依頼で護衛役なんだし」

 本当にギルドへはそうした依頼として出していた。指名だ。

 受け付けてくれた職員も、話を聞いたタウロス達も全員が、遊びに行くんだろといった程度の受け止め方だったけれど。

「お前、普段そうお金使わないだろ? 貯金してるんじゃないのか?」

「普段使わないから、こういう時に使うんだよ。それに老後の資金はもう溜まってるし。贅沢したいわけでもないから、充分なんだ。旅をする時や食材を仕入れるぐらいで使うしか他に使い道ないんだもの」

「すげー。一度そういうこと言ってみたい」

 アリとキリギリスなら、確実にキリギリスらしいククールスは楽しげに笑った。

 それから、ソファから立ち上がり、シウを指差した。

「よし、今日は豪遊だ! 美味いもん食いに行こうぜ」

「うん」

 というわけで、少しだけ身形を整えてからまた部屋を出た。フェレス達にはお留守番してもらった。最後の授乳をしてフェレスにも食事を出してから、部屋に誰も入らないよう強固な結界を張った。

 宿を出る際にも部屋付きメイドに部屋へは入らないよう厳命していたので、これで問題ない。

 ククールスは飲むぞーと張り切っており、シウもスエラ領都を満喫しようと宿の人から教えてもらったお勧めスポットに向かった。


 ソランダリ領は西に大きな深い森、北もまた森でその向こうにシャイターン、そしてシアンの国境が重なっており、更には南から東へかけて大きく曲がりくねったエルシア大河に囲まれるという、立地的には陸の孤島状態の場所にあった。

 しかし、逆に言うならば、森からすれば都会であり、シャイターンとシアンという国から見れば最初の補給地でもある。

 深い森があれば当然ながら魔獣も多く出没するので冒険者も多く、シャイターンとシアンからの旅人も立ち寄るため、スエラ領都は賑わいのある発展した街となっていた。

「飲み屋が多いなあ」

「冒険者がひっきりなしに来るからな」

「森の近くの街が前線基地っぽくて、もっと人が多いと思ってたけど」

「前線基地かあ。面白い言い方するな。確かにサトワレの街も大きいぞ。でもそこはそれ、こっちは領都だからな。物資もここを中心に動くから、自然と人も店も多くなる。武器や防具もやっぱり領都の方が良いものを売っているしな」

「あ、そっか。反対にサトワレには修理専門の鍛冶屋が多いのかな」

「その通り。おっと、次はここにしようぜ」

 食事は宿のお勧めに行ってみたが、ククールスには居心地が悪かったようだ。若干、マナーを問われる高級店だったのだ。

 よく、服装で追い返されなかったなと思ったが、冒険者も多い街なのでギリギリセーフだったのだろう。

「おー、ホッとする店だぜ」

 大衆酒場というのか、ようするに冒険者や職人達が多く集まる店らしく、騒がしかった。肩で風切って入っていくククールスは、顔は相当美麗らしいのに、残念エルフである。

「混んでるな、カウンターしか空いてないや。シウ、どこでも良いだろ?」

「うん」

「よーし、俺は何飲むかなー」

 メニュー表なんて洒落たものは置いていない店なので、壁に書き殴られたメニューを眺めていると面白そうなものがあった。ククールスは勝手に先ずはエールだと頼んでいた。シウの分もだ。

「僕はアトルムパグールスのスープ、炒め物、蒸したのもください」

「あん? いやに礼儀正しい子だな。まあ、いいか。目の付け所が違うぜ」

 店のマスターが鋭い視線のまま頷いて、店の奥へメニューを怒鳴るように告げていた。

「見た目が黒いからって嫌がるやつも多いんだがな、滅多に手に入らない高級蟹だ。食っておいて損はねえ」

「噂だけ聞いていて、食べたことないんです。楽しみだなあ。このへんで獲れるものですか?」

 早速話をすると、マスターも我が意を得たりと身を乗り出して教えてくれた。なにしろこうした話を聞いてくれる素面の客はどこにもいない。

「エルシア大河へ流れるマイル支流だけで生息しているんだ。恵み豊かな惑わしの森からやってくるのさ」

「へえ。獲っていいのは漁師だけですか?」

「……お前さん、獲るつもりじゃないだろうな」

「おやっさん、こいつ、こう見えても冒険者だぜ」

 別の店員に手渡されたエールを持って、ククールスが会話に混ざってきた。シウにも渡すので、一応飲んでみるが正直美味しいとは思えなかった。これなら、味見程度に飲んだことのあるブランデーの方が良いなあとメニュー表を眺めていたら、2人が会話を続けていた。

「冒険者って、まだ子供だろうが。あ? 子供のくせに酒を飲ませてんのかよ、おい、エルフの兄ちゃんよ!」

「あはは。先輩冒険者からの洗礼だってば。ほら、平気そうに飲んでるし」

「あのなー」

「あ、僕、果実酒ください。りんごがあれば、それで」

「……あるけどよ」

 メニュー表から顔を戻してカウンター内に声を掛けたら、マスターがほんの数秒ほど躊躇したあとで作ってくれた。

「ほらよ」

「はい。あ、これは美味しいですね」

「それにしても、まだまだ子供だろうに。そんな年から酒豪じゃ、先が怖いな」

「あの、一応僕、来年には成人なんですけど」

 そう言うとマスターが大仰に驚いてみせた。一体どれぐらいに見えているんだろうと思いつつ、話を戻す。

「禁漁区とかなければ、獲っても良いでしょうか」

「魔獣だからな。ただし、周辺にはロサパグールスもいるから、下っ端の冒険者レベルじゃあ、無理だぞ。そっちの兄さんが一緒なら大丈夫かもしれんが」

「あはは」

 ククールスは楽しげに手を振って、いやいやと言葉にならない返事をしていた。酔っているように見えないが酔っているのかもしれない。食事をした店でもかぱかぱと飲んでいた。

 そんな四方山話をしているうちに頼んだものがテーブルに載せられた。

「わあ、美味しそう」

 早速食べてみると、魔獣とは思えないほどしっかりした味がして、甘味もあってとても美味しかった。特に焼いたものが味が濃縮されていて、シウの好みだった。

「蒸した方が良いと思ってたけど、炒めた方が味が濃いですね」

「おう、そうだろそうだろ。このアトルムパグールスは油との相性が抜群なんだ」

「やっぱり手に入れたいなあ」

「狩るなら、最低でも10人ぐらいのパーティーで組んで行かねえと無理だぞ」

 それほど大がかりなのかと思いつつ、詳しい話を聞いているとククールスが別のテーブルの男達と飲み比べを始めてしまった。ちょっとは食べたら良いのに、どんどん飲み続けているので大丈夫かなあと心配になる。

「パーティーを募るなら、サトワレのギルドが良い。ここだと集まり辛いからな」

 マスターはどのテーブルで騒ぎが起ころうとも全く気にせず、シウとの会話を続けていた。

「マイル支流へもサトワレの方から行くのが楽だろう。距離は変わらないがな」

「ありがとう」

 マスターには他にもカニ料理のレシピを教わったりしてまったりと過ごした。食べ物の話がよほど楽しいのか、他の客との会話もそこそこに戻ってくるので、シウも知っている限りのレシピを話したりして存外楽しいひと時を過ごした。


 ククールスは完全に酔っぱらってしまって、起こすのに難儀した。

 仕方なく、状態異常の解除魔法をかけたら拗ねられてしまった。

 酔っぱらっている状態が楽しいのだそうだ。

「いや、だって、運べないし。フェレスがいたら違ったけどさ」

「あ、そうか」

 頭を掻いて、これで反省してくれるのかと思ったらククールスはなんと、

「次から飲みに行く時はフェレスを連れていこうぜ」

 全く反省していないのだった。

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