439 ソランダリ領スエラ領都へ飛竜に乗って




 結局、新しい講座を受けることになり、シウは金の日のうちにアラリコとトリスタンへ話を通しておくことにした。

 休みを挟むため、実際に受けるのは再来週からなのだが、ヴァルネリは完全に忘れていたようで「来週から」と言っていた。念のためアラリコとトリスタンにその旨を伝えた。万が一にもヴァルネリが勘違いのまま進んで、彼等に迷惑を掛けてはいけないからだ。

 2人とも苦笑していたのは、ヴァルネリの普段からの素行を知っているからのようだった。




 さて、土の日になり、シウは迎えに来たククールスと共にルシエラ王都を出発した。

 昨夜のうちにリュカとは思う存分遊んでいたが、出かける時には少し寂しそうだった。お土産を持って帰ると約束したら嬉しそうな笑顔と共に、

「シウが帰ってきてくれるならそれでいいの」

 と、可愛いことを言われてしまった。

 ソロルが任せておいてくださいと胸を張っていたし、スサ達もいるので安心はしているが、リュカが安心できればと思って通信魔道具を渡した。


 狩人の里までは時間も勿体ないので飛竜便を使うことにした。

 ルシエラ王都からなら、ソランダリ領のスエラ領都まで定期便があるというので、そこに入れてもらったのだ。

 冒険者ギルドの口利きもあって、すんなり割り込めたのは良かった。

 ギルドには遠出をすることと移動の相談をしていたためにこうなった。

「急な割り込み客ってな、お前さん方か。エルフの兄さんと……人間の子供かね?」

「人間です」

 組み合わせがおかしいから聞かれたのだと思いたいが、最近、真剣に小人族を探してみようと思っているシウだ。

「タウロスからくれぐれもよろしくって聞いてるからな。ま、安心して乗ってくれ」

 気さくな様子で請け負って、初老の男性は竜を飛ばした。

 他にも数人が乗っていて、まるで乗合馬車のようだった。大型馬車ほどではないが、通常の馬車程度には荷物も積めるようだ。あまり多く積むとその分飛行速度も落ちる。

 中には怖がっている人もいて、仕事か急用かで乗ったのだろうが可哀想だった。その人は休憩で降りると、地面へ突っ伏していた。

 彼を見ていると、恐怖を和らげるための薬があれば良いのにと考えてしまった。

 とりあえず乗り物酔いの薬は必須だろうなと思う。

「何、また考え事?」

 ククールスは高いところなど全く気にならないらしく、命綱も付けずにのんびりと座っていた。他の客が革と毛皮でできた絨毯のような上に座っているというのに、1人だけ飛竜の地肌に座っている。いくら風属性魔法が使われていて飛竜の上が安全とはいえ、豪胆な人だ。

「あの人が可哀想だから、良い薬の処方ないかなーって考えてた」

「あー、あれな。こういうのって、ほんと相性だよな」

 後ろに手を置いて、胡坐を掻いた状態で空を眺めている。飛竜の上でここまでリラックスできる人もまあ珍しいだろう。他の客も目を剥いていた。ちなみに極端に怖がっている例の男性は目を瞑っているのでククールスの姿は一切見ていない。

「思いつく効能の薬草が幾つかあるんだけど、一歩間違えるとよろしくない使い方になっちゃうんだよねー」

 いわゆる麻薬のように使われてしまうと怖いのだ。依存性があるし、こうしたものは自分ひとりの力で止めることが出来ない。

 このあたりの兼ね合いを考えると、恐怖心を抑える薬というのは難しかった。

 それよりは状態異常を解消すると考えて魔法に頼った方が良い気もする。

 酔い止め自体は、二日酔いの薬や三半規管を正常にする薬などの応用でできるかと思うが。

「とりあえず、試させてもらおうかな」

 シウも安全帯は付けていないので、ひょいひょいと飛竜の上を歩いて近付き、頭を抱えて震えている男性に声を掛けた。

「魔法で、怖いと思う気持ちを少し低下させてみようと思うのですが、受けてみます?」

「……な、なん、でも、いいので、気持ちが、楽に、なれば、お、おね、お願い」

 その状態でぶつぶつ呟くので、顔見知りらしい商人の男性が苦笑しつつシウに頭を下げた。

「魔法使いなんだな、君。ちょっとやってみてくれるかい? 毎回これで、可哀想なんだよ」

「はい。じゃあ、≪精神安定≫」

 無属性で気配察知を緩めてやり、闇属性で威圧防御に近い無効化をかけ、更に光属性で身体強化をかけてみた。複合技だが、さほど高いレベルではないので気休め程度に良くなればと思ったが、男性は体の震えを止めた。

「……あれ?」

「どうですか。これ、魔獣の威圧に耐える方法のひとつで、恐怖心を抑えるものとして開発したんですが」

「あ、あれ、あれ?」

 顔をあげ、そろそろと周囲を見回して、自分の手をじっと見てから、ようやくシウの顔を見てくれた。たぶん、この男性は飛竜に乗ってから誰の顔も見ていなかったに違いない。

「子供、です、か? あれ」

「おい、ランドル、お前大丈夫なのか?」

「……あ、うん、なんだか、気分が凄く楽になって。いや、まだ遠いところや下は絶対見たくないんだけど、なんだろう――」

 ははっ、と小さく笑って、それから肩の力を抜いていた。

「そうそう、全身に力を入れているとそれだけで体も疲れますから。気楽にしていた方が良いんですよ」

 と言ってもククールスほど気楽でいいというわけでもないが。皆、同じことを考えたのかチラッとククールスを見ていた。

「ま、まあ、あのお兄さんは別だよな。エルフだし」

「エルフだもんな」

 エルフを全部同じと思ってはいけないのだが、シウは賢く黙った。


 ついでに、暇なので飛竜の上で酔い止めの薬を作ってみて、幾つか配合を繰り返して鑑定しつつ、出来上がったものを渡してあげた。

「よ、よろしいのですか」

 子供相手に敬語を使うので、シウは苦笑してしまった。そんなに助けてもらったのが嬉しかったのかと。

「まだ、本格的に実験していないから逆に問題があったら申し訳ないんですが。ただどこにでもある薬草を使っていて副作用といってもよっぽどのことがない限りは起こらないものばかりです。疾患のある方でも使える程度だから、ゆるーい効能ですし」

 偽薬効果程度のゆるいものだが、薬として持っていれば気も楽になるだろう。

「それにしても、大変ですね。高所恐怖症ですか」

「こうしょ、そういう言い方があるのですね。そうですね、そうかもしれません。いえ、竜に乗るというのもわたしは、その」

「あ、考えないで! 楽しいことを考えましょう!」

 また顔が青くなったので、隣りに座る商人達と一緒に彼の気を紛らわせてあげた。


 休憩の時に話を聞けば、昔、飛竜から人が落ちたところを見たことがあったらしく、それ以来怖いのだと言う。

 それで、別の商人が、

「じゃあ例の新作商品を買えば良いだろうに」

 と声を掛けていた。何のことかと思ったらシウの作った≪落下用安全球材≫のことだった。

「で、でも、落ちる恐怖は、ありますよ」

 そうか、それもそうかとシウも納得した。

 ちょうどフェレスが暇そうにしていたので、休憩中だしと思って提案してみた。

「あのー、良かったらこの子に乗ってみます? 飛行板もあるけど、飛ぶこと自体に恐怖があるなら無理だろうし」

「え、あ、あれ?」

「あんた、もしかして、飛行板の開発者のシウ殿か!」

 商人達らしく、シウを見て指差していた。

「えーと。はい。それで、この子に乗って、ちょっとずつ慣れるのも手ですよ。地面から少し浮くだけですし」

 戸惑うランドルという男性を説得して、フェレスに跨らせた。右手に商人、左手にシウが立ってふーらふらと飛んでいくと、最初は強張っていた顔も段々と笑顔になってきた。

 フェレス自身はゆっくり飛ぶのが面倒そうだったけれど、リュカを相手に飛んだ時もこんな感じだったので、しようがないと諦めているようだった。

 そのうち手を持たなくても大丈夫になったので、商人と一緒に手を離してみた。

 それからは楽しげに飛んでおり、他の客たちから羨望の眼差しで見られていた。


 休憩が終わり飛竜に乗ると、皆がその話題でいっぱいとなった。

「シュタイバーン出身なのかあ。あそこは騎獣があちこちにいて借りられるから、飛竜に乗る前に練習できるのが良いんだよな」

「いきなり空を飛ぶってのは、俺達一般人には厳しいんだ。あんた、飛行板を作った人だろう? あれは冒険者しか売らないって聞いたが、そりゃあ冒険者にしか乗れないよ」

「そうそう。絶対に俺達には無理だな!」

 その後は商人らしく、シウがどんなものを作ってきたのか聞かれたり、こういうものがあったらという要望のようなことを聞かされたりで、わいわいと過ごした。


 道中、クロとブランカの授乳を何度かしたが、それを見た客達は羨ましそうにうっとりしていた。

 飛竜の操縦をしていた初老の男性も、客を和ませるために猫か犬を積んでみようかなと言う。確かに気持ちが慰められるかもしれない。

 そうして、かなり多めの休憩を挟んで、ようやくスエラ領都に着いたのは夕方のことだった。キリク達と乗った飛竜の強行軍と比べ、これが普通の運行なんだろうなと思うと、改めて竜騎士のすごさを感じた。


 仲良くなった客達と別れ、シウとククールスは冒険者ギルドへ顔を出した。上級クラスの冒険者は報告しておく義務が、一応あるのだ。

 内緒の事でもないので今回は報告に向かった。ついでに言うなら、情報が集まっているので事前にあれこれ教えてもらえることもあるし、宿情報も揃っているので便利な観光ガイド代わりにも使えるのだ。もっともそんなことを考えているのはシウだけだろうが。

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