438 天才自由人との会話




 は? と間抜けな返事をしたシウの手を引っ張って、ヴァルネリは檀上近くの自席へシウを座らせた。

 その前に別の椅子を持ってきて座り、話を始めた。

 生徒たちが討論をしているのにそっちのけで、だ。

 困惑してラステアを見たら、頭を下げられた。え? と手を伸ばしたら、もう一人の従者の女性がやってきて、申し訳無さそうに言う。

「ヴァルネリ様がこうなれば、もう無理です。後半の授業で生徒様方の討論をまとめるのはラステアですし、どうぞ見学の延長だと思ってヴァルネリ様のお相手をなさっていただけないでしょうか」

「あ、はあ」

「こういう人なんです」

「……俗に言う、天才と言う名の変人ってやつですね」

 遠慮もせずに言ったが、ヴァルネリは怒るどころかにこにこ笑っているし、マリエルと名乗った従者か侍女の女性も気にすることはなかった。

 こんなに無礼講で良いんだろうかと思いつつ、仕方なくシウはヴァルネリの相手をすることにした。

 ちなみにフェレスは面白くなかったようで教室の後方でオリオを相手に尻尾をふりふりして遊んでいるようだった。


 ヴァルネリはシウに鑑定を掛けたけれど、自分が掛けられていることには気付いていないようだった。

 あれだけの魔術式を作った人なのに防御はしないのだろうかと不思議で聞いてみたかったが、口を挟む余地など一切なく機関銃のように喋り続けていた。

「つまりだな、相手に気付かせず鑑定を掛けるためには二重三重の防御が必要というわけだ。僕はこれを新しい固有魔法として確立したいんだ。しかし、いまだに泥臭い術式を延々と描き続けている。たったこれだけのことをするのに、だ。分かるかい?」

「鑑定魔法を誤魔化す為に、空気の圧を変えましたか? それを違和感の正体と見せかけたり、あとは――」

 気になる個所もあるのでその都度口を挟んでみたが、ヴァルネリは同志を見付けたとばかりにシウの手を握ってきた。

「そう! その通りだ。初見で気付かれたのも初めてなら、その内容に思い至ったのも君が初めてだ!」

 大抵は防御と言えば遮断や妨害など、闇属性を使う。ただしそれだと相手に直接掛けるため魔力を感じるから気付く人は気付くだろう。

「空気の流れや、圧縮度を変えてみたんだ。それ自体は鑑定を掛ける相手にでは、ない」

「この教室の出入り口ですね」

「そう! 場所を変えると言うだけの事だ。しかも対人物指定ではないせいで、誰も気付かない」

「これ、完成したらすごいですね」

 完成したら別の意味で怖い使い方ができる。まるで空港のセキュリティゲートのように、外側から人を選別できるようになるのだ。

「そうだろう!?」

「でも、運用次第では個人情報の漏洩に繋がるので、規則作りの方が大変になりそうですね」

「……君、そこまで飛躍して考えたの? この少しの会話で」

「だって、使い方次第で恐ろしい魔法となりますよ? 常に、最悪な状況に陥ることを前提に考えておかないと。魔法って、使う人の良心に依存していますから」

 自戒を込めて言ってみた。

 ヴァルネリがぷっつりと黙ってしまった。

 この際なので疑問も含めてシウはぶつけてみる。

「どこかで歯止めがないと、深みに入って逃れられなくなります。人間の業は深いんです。際限がなくなりますよ」

「……君、トリスタン先生と同じことを言うね」

 トリスタンは尊敬している先生なので、そう言われると嬉しいような、しかし目の前のヴァルネリは良い意味で口にしたわけでもなさそうなので素直に喜べないような、ようするに困惑して曖昧に頷いた。

「実際に僕は古代魔道具を見付けたことがありますけど、その魔術式を書いたであろう人物はそりゃあもう性格が捻じ曲がって根性の悪い最低の人だろうなと、思えるほどの内容でした」

「……どんな?」

「詳しくは言えません。真似されたら困るから。でも、魔獣発生装置と言えば分かりますか? それを思いつく限りの術式で複雑に罠を巡らせて作り上げた代物です」

 ジッとヴァルネリを見て、言った。ヴァルネリの顔は真剣なものとなっていた。

「自分の持てる限りの力を尽くして作ったのだと思いました。そして、そういう人間が絶望して周りを恨んだら、こんなものを作るんだなってことにも思い至りました」

 マリエルが傍に来て、黙って話を聞いていた。

「僕も人のことは言えないです。だから肝に銘じていて、常に安全の余白を作っておこうと思ってます。術式のほとんどが安全対策と言っても過言ではありまん」

「……つまり、君は僕のこの鑑定方法が危険だと、言いたいわけだね」

「素晴らしい仕組みだからこそ、悪用する人はするでしょうね」

「む。では、どうしたらいいんだ」

「先生にしか分からないようにすれば良いんです。ブラックボックス、えーと、内部構造を見えなくすると言いますか、言い方はなんでもいいんですけど」

 箱の中は闇の中、である。

「僕、さっきから先生の設置した魔道具の魔術式を解除して展開させましたが、どこにも保護がかかってませんでしたよ?」

「何!? 君、展開したのか?」

「術式も理解しました」

「……僕の、大事な技術」

「ほら。そういうのもあるから、見えないような鍵をかけておくべきです。本来の術式も大事ですけど、隠すための防御にも力を入れてください。これ、悪用したら本当に怖い技術ですよ」

 つい説教口調になってしまったら、マリエルが隣で頷いていた。

「でも、僕はそういった方面は苦手なんだよね」

「ヴァルネリ先生の発想ってすごいから、新しい魔術式を開発する方がむいてるんですね。どなたか、共同で開発されたら良いのに。トリスタン先生なら、複数属性術式開発の専門家でらっしゃるから、上手に編集してくれそうですけどね」

「ずっと怒られてないとダメだから、トリスタン先生は嫌だ」

「あー」

 マリエルが渋い顔になっていた。性格が少々合わないのは、この短い時間でも分かった。生真面目なトリスタンと、天才肌でマイペースなヴァルネリでは共同作業は無理なのかもしれなかった。

「あ、君ならどう?」

「嫌です」

「そ、そんな、すぐ断らなくても!」

「僕にも作りたいものが山ほどあるんです。人の尻拭い、もとい、面倒、じゃなかった、えーと」

「君、全然言葉を選んでないよね!」

「ヴァルネリ様、しようがありません。シウ様の仰ることはごもっともです」

「マリエルまで!」

 主従が言い合いになったところで、一段落したらしいラステアがやってきた。

「楽しそうですね。結界を張っておられたようで全く声が聞こえませんでしたけど」

 チラッとシウを見るので、

「問題のある発言が多かったので勝手に張ってました。すみません」

 謝ると、彼は苦笑して首を横に振った。

「いいえ、とんでもない。大変有り難いです。それに、問題のある発言の多くはヴァルネリ様でしょうし」

「ラステアまで!」

「さあ、もうお気が済まれましたでしょう? きちんと生徒様方のお相手をなさってください」

 丁寧だけれど、有無を言わせぬ態度でラステアに迫られて、ヴァルネリは仕方ないとばかりに嫌々立ち上がった。

 そして、教壇から去り際にシウを振り返り、ぼそぼそと呟いた。

「次の授業で話を聞いてくれないと、トリスタン先生が嫌がっても居座って邪魔して、全部シウが来てくれないせいだって言うから」

「は?」

 聞き返した時にはもう生徒たちの中に入っていってしまった。

「……は?」

 ラステアとマリエルを交互に見たら、困ったように笑われてしまった。

 やがて、ラステアが口を開いた。

「ヴァルネリ様は、言ったことは必ず、実行されます」

「そうですわね……」

 マリエルが肯定して、頬に手をやって首を傾げた。

「やはり、シウ様が受講して下さるのが一番よろしいような気がします」

「そうですね」

「え」

 人身御供ではないかと思ったが、ヴァルネリの授業が楽しかったことは確かだ。

 発想が自由で、天才と言うのはこういう人を指すのだろうなと思ってわくわくした。

 シウにはないもので、憧れのようなものも感じる。

 しかし、人として付き合うにはいささか面倒くさそうなタイプで、その尻拭いに駆り出されるのは正直嫌だ。

 半眼になって二人を見たら、どっちも顔を見合わせて苦笑した。

「全部をお任せしたりはしませんから、どうかお考えになってくださいませんか? ヴァルネリ様があれほど楽しそうなのは久しぶりの事です。なるべく我等も緩衝材となって、シウ様のご迷惑にならないよう心がけますので」

「ヴァルネリ様にご注意できる数少ない方とお見受けしました。先ほどのシウ様のお話に、わたしも大変感銘を受けました。どうかその良心を、ヴァルネリ様にも叩きこんでいただきたいのです。見ていただいた通り良く言えば純粋で天真爛漫、悪く言えば善悪を理解できない非常識人ですから」

「……お二人とも、言いますね」

「ええ。あのお方を男爵であるとか、伯爵家の出身であるなどと考えていては従者など務まりませんから」

 溜息まじりに言われてしまって、シウもようやく笑うことができた。

 そして決心したのだった。

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