050 入学式の後




 三人で話していると担当の教師が入ってきた。

 若い男性でマットと名乗り、教科の取り方などを簡単に説明してから低質紙に荒く刷られた小冊子を皆に渡していく。

「ちゃんと読んでおくように。後から知らないだとか聞いてないと言われても、こちらは関知しない。これぐらいのものは読んで当たり前だ。理解できて当然だと判断したから入学を受け入れている。そのことをよくよく心に刻んでほしい」

 貴族もいる中で、口調が荒いのは大丈夫なのだろうかと気にはなった。とはいえ、学内は治外法権のようだし、事前に調べた規則によると生徒同士に上下関係を作るべからずとある。彼の言葉を深読みするならば、知らなかったと言って上下関係を振りかざす貴族の子弟がいるのかもしれない。

 はたして。

「ただ、大事なことがいくつかあるので口頭でも伝えるから、心して聞くように。まず、この学校内では貴族も庶民も、王族でも地位は関係ない。同じ学問を学ぶ者同士、仲良くとはいかないまでも同じ立場であることを肝に銘じて付き合ってほしい。競うなら地位ではなく、勉強で、だ。それも、試験結果が悪いからと見下すことも禁止だ。自分より勉強ができないからといって下僕のように扱っていい謂れはない。人を傷付ける行為もだ。もし見付けたら即退学処分とする」

 最初にガツンとやるのがマット流だろうか。

 教室内がシンとした。

「それと、指定された時と場所以外での攻撃魔法は禁止だ。特に弱い者への嫌がらせなどは処分対象となる。内容によっては退学のみならず、将来への障りとなるので気を付けてほしい」

 いじめ対策も万全のようだ。

 意外と良い学校なのかもしれない。

 穴はあるようだが、最初からこうして言い放つあたり、過去にいろいろあったのかもしれず、対策している様子が窺える。

 マットは皆を見回して、誰からも反論がないことを確認してから笑顔になった。

「じゃあ、これからよろしくな」

 爽やかな好青年風だったが、どこかぎこちなかった。

 あまり慣れていないのかもしれない。


 彼が出ていくと教室は騒然となった。

 仲良くなった者同士で固まったり、同じ立場の者同士が相手を見分けてグループを作ったり。

 シウのところにはリグドールとアリスが寄ってきた。

「ところでさ、フェレスのスカーフすごいな。作ったのか?」

 リグがわしゃわしゃとフェレスの頭を撫でたが、大雑把な彼の触り方にフェレスは不満そうだった。みぎゃ、と小さく鳴いて抗議している。

 アリスが微笑ましげにフェレスを見て、

「入学式で見かけなかったので置いてきたのかと思いました」

 そう言った。

 事情を知らなかったと話すと、まあ、と口に手を当てた。貴族の子弟というのはどこか上品でおっとりしている。

 そんな話をしていると数人が集まってきた。

「アリス様、ご紹介いただけないでしょうか」

 礼儀作法は完璧といった様子の少女達だ。

 数人いたが、皆が咄嗟に誰が一番上位者なのかを見抜いたようで、順番に紹介と挨拶が進んだ。

 最初に、マルティナという十三歳の少女。子爵の第二子らしく、アリスの友人ということだった。お付き役という感じらしい。

 コーラという少女とクリストフという少年は双子で、共に十四歳。こちらも男爵の第一子と第二子で、従者に近い立場のようだ。貴族では珍しい黒髪で、波打ったカールで可愛らしい。

 最後にアントニーと名乗った少年は大商人グラシア家の第五子らしく顔見知りのリグドールを見かけて声を掛けたようだ。

 貴族がいるので少しおっかなびっくりだったが、アリスの優しい物腰にホッとしたようだった。


 アリスとはベリウス道具屋で知り合った。

 昨年、魔法学校への入学が早々と決まったお祝いにと、父親が魔法袋を購入しに来たのだ。

 その前に彼にも作っていたので、どのような人柄かは知っていた。

 それなのに、娘も同じように面談が必要だろうと連れて来たところに好感を持ったものだ。

 スタン爺さんも古くからの付き合いで、ベッソール伯爵を気に入っていた。

 二つ返事で魔法袋の作成を請け負ったほどだ。

 とはいえ、ルールはルールだから、製作者のことを詮索しないなどの約束事は守ってもらった。

 シウは鞄のデザインを決める際と、使用者権限の付与を付ける時に顔を合わせた。

 なので、彼が娘を連れてきた時も顔見知りが来たとにこにこしていた。

 反対にアリスは、作ってもらえないこともあると聞いていたせいか、緊張で顔が蒼褪めていた。

 スタン爺さんが子供にも分かるようにと丁寧に話をして、理解した上で作ることを了承したらようやく頬に赤みがさし、可哀想なことをしたと思った。

 ラエティティアにも見せたことがあった、可愛らしいデザインの鞄は、受け取りに来た時のはしゃぎようで気に入ってもらえたと分かった。


 入学式にもその鞄を斜め掛けして持ってきていた。

「それ、可愛い鞄だね。凝った意匠だし、どこのですか?」

 変な敬語を駆使してリグドールがアリスに話しかける。彼女はうっすら頬に赤みを差して、嬉しげに鞄を撫でながらシウを見た。

「ベリウス道具屋のものです。シウ君が作ってくれました」

「え、シウが?」

「へー、すごいなあ、君、鞄作れるんだ」

 アントニーがびっくりした顔をしていた。

「わたし達も初めて拝見したのだけど、とても丁寧な造りでいいなと思ってましたの」

 マルティナが羨ましそうにしげしげと眺めている横で、コーラとクリストフがうんうんと頷いていた。

 この鞄は、魔法袋の機能を付けているため、とても高価で大事な品となる。宝石より貴重といっても過言ではない。またアリスの一生に付き添うものだから、極端に可愛らしくもなく、華美でないものということでデザインを何度も描き直して勧めたものだった。

 だから他人から褒められると嬉しいものがある。

 彼女の鞄は、革製品でできている。少女に革は厳めしいかもしれないが、全体の色味はスモーキーピンク。丸みを帯びた形に縁取りは濃い色の革で、ステッチも色を変えて大き目に縫った。これは飾りステッチで、実際には細かくしっかりと縫われている。表側にはアリスが好きだと言っていた猫のモチーフで刺繍を施し、肩紐と鞄を繋ぐ留め具には同じく銀で作成した猫のチャームを付けている。どちらも子供っぽくならないよう、シンプルなデザインにした。

 大人になっても、チャームを変えるだけで印象も違って見えるだろうし、革製品は丁寧に取り扱っていれば味が出てきて良いものだ。

 男性なら機能性だけを重視すればいいのだが、女性用に作ったのは初めてで難しかった。

 この時の一件で、シウにブームが到来してしまい、可愛いものを作るのが趣味になってしまった。今のところ、その対象がフェレスに向かっているので、フェレスのスカーフや着ぐるみが増え続けている。


 そうしてわいわい話していたら、教科をどれだけ取るかなどに話が移って行った。

 基礎学科はもちろんのこと、初年度で必ず取らなければならない必須科目もあり、組み合わせるのが大変そうだ。

 それぞれの得意分野などで進み方も違ってくるので、まったく同じ授業に出るということはなさそうだった。


 ひとしきり話が終わったので、寮組と、帰宅組で分かれた。

 リグドールとシウは帰宅組だ。アントニーは東上地区に自宅があるそうだが、親から寮に入って集団生活に慣れるよう厳命されたらしく寮組だった。

「俺も絶対放り込まれると思ってたから、シウのおかげで助かったよ」

「その代わり、これからもびしばしやるよ?」

「……はーい」

 舌打ちが聞こえてきそうな、残念がる声だった。



 リグドールとはアドリッド家のカフェの打ち合わせ中に出会った。

 厨房でレシピの説明をしていたら、ルオニールが入ってきて話が盛り上がった。

 本来ならば当主がいちいち厨房になど顔を出さないし、細かいメニューについても現場に任せるものだ。けれど、下からの報告書で気になる言葉を発見し、会いに来たということだった。

「では、野菜にこそ大事な『栄養素』がたくさん入っているのかい?」

「そうです。主食も大事だけど、こちらは人間が動くための糧になると考えてください。肉や魚などは体を作ります。そして野菜が体を整えるものなんです。大雑把な考え方ですけど」

「ふうむ。確かに野菜を食べねば不健康になると昔から言われている。ただ生きる為ならばパンのみでいいが、そのせいで囚人などが病気や怪我になりやすいという結果もあるそうだからね」

 そうして話が盛り上がってしまい、シェフとも気さくに話をするルオニールが試作品に興味を持ってしまって、その場で作ることになった。

 そこへ、リグドールがこっそり忍び込んできたのだった。

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