第二章 魔法学校 前半
049 王立ロワル魔法学院
年末の忙しい時期を、いつものように冒険者ギルドの十級ランクをこなして過ごし、その間にもドランの店が完成したりアドリッド家のカフェ一号店が開店したりと、シウは忙しくしていた。
レシピを渡して終わり、では申し訳ない。
味の監修までが仕事だと思って、店に足繁く通ったりもした。
その時にカフェでの接客方法などについて話が盛り上がり、中央地区にある店としては高級感溢れる、それでいて庶民が背伸びすれば入れるカフェとして人気が出ているようだ。
ドランの店は庶民街に近い中央地区に作られた。
これなら、庶民も通えるし、中央地区を出入りする商人達にも目が留まりやすい。
あまり治安の悪いところは問題なのでと、出資者のアドリッド家からぜひと勧められたのだ。その我儘分は返却金には入っていない。将来稼げたら返してね、ということだ。
こちらは年末のプレオープンでは上々の出来だった。
問題は年明けからである。
ちょうどシウが魔法学校に入学する日が店のオープンなので見に行けないが、頑張ってほしいと思う。
ロワルでの年明けは厳かな雰囲気で、前世でいう神社仏閣へお参りする際のような騒ぎにはならなかった。
皆がロウソクを持って神殿に無言で参る姿は荘厳だが、ちょっと寒々しくて怖いと思ったのは秘密だ。
年明け最初の週はどこかこんな感じで、静かだった。店も閉まっているところが大半で、道理で年末にたくさんの品が売れると思った。
市場でも人が歩けないほどで、途中出会ったアナは「死ぬー絶対に死ぬわ」とぼやいていた。可哀想なので試しに作ってみたポーションを渡すと、途端にやる気になって走り出したので怖くなった。
こちらのポーションは効能がありすぎて、ちょっと引くぐらいだ。
マンガじゃあるまいしと、ホウレン草を食べて強くなったヒーローを思い出してしまった。
前世でのお高いドリンク剤でもこうはいくまい、といった効果が出る。
この世界には魔素があって、魔素によって生き物は生きているといっても過言ではない。なので、魔素=エネルギーと考えているシウにとって、エネルギーを直接体に取り込むことができるポーションはやはり魔法の薬なんだなと思わせてくれる。
一番簡単な基材で作ったポーションであれだから、そりゃあ怪我も治すなあとひとりごつ。
ところで、今のシウは上級薬までは作れる。最上級やその上の特殊薬は材料が足りないので作れないが、あれば作れるだろう。ただ、完成率は下がると思っている。
それでも生産魔法のレベル五は冗談でなく、幾度か作れば問題もなく作れるようになるはずだ。
スキルというのは考えたらずるい存在だ。
だけどこれを「才能」と思えば、理解できる。才能は誰もがあるものじゃないし、あっても使わなければ意味はない。そして才能があれば他の人よりは覚えがいいけれど、努力なくしてはその上に行けない。
最初は魔法の世界なんておっかなびっくりだったが、スキルもギフトも才能だと思えば「あり」かなと思えるようになった。
今はなるべくその才能を使った楽しみを作ろうと頑張っている最中である。
その楽しみになるかもしれない第一歩は魔法学校への入学だった。
王立ロワル魔法学院への入学は年新たの月の二週目火の日からなので、作っていた制服を着て時間通りに歩いて向かった。
場所は、王立ロワル高等学院や騎士養成学院と同じ並びにあって、東上地区にある。商人街とも呼ばれるが、中央地区も商人街と呼ばれるのでややこしい。
東上地区には大商人の邸宅や貴族の別邸に学校図書館などがある。中央地区は大中商人の邸宅や店と中流層の庶民の邸宅が多い。どちらも同じぐらいの大きさなのに住んでる人数が全く違って、東上地区の贅沢さがよく分かる。
その東上地区より更に東にあるのが貴族街である。
シウはまだ行ったことはないが、あまり行きたいとも思ってない。
面倒事に巻き込まれる予感しかないからだ。
その貴族街から馬車がひっきりなしに走ってくる。
徒歩圏内でなければ、学生は寮に入るよう定められているので「歩けない」貴族の子弟は里帰りしていた家から学校に戻っているのだろう。
と言っても、同じ東上地区なのに「徒歩」ではなく馬車で通っている商家出身の生徒もいるらしいが。
他に、貴族が別邸を東上地区に持って、そこから通わせるということもあるそうだ。
全部エミナとアキエラからの情報だ。
正確にはそのお客さんから、になるのだが。
アキエラの両親が営むヴルスト食堂には商人もよく出入りしており、事情通がどこにでもいるようだった。
シウは景色を楽しみながら、魔法学校へと入って行った。
入学式は長すぎてつまらなくて、脳内で読書をして時間を潰した。
なので学院長の話も生徒会長の話も半分以上、聞いていない。
エミナもアキエラも入学式は面白くない、大抵誰も聞いていないのだと言っていたが、本当にその通りだった。
教室にはフェレスを連れて行った。
大きさに問題がなければ、若い希少獣は寂しがるので同伴していいそうだ。これは魔法学校だからというのも関係あるらしい。
魔法使いの養成学校なわけだから、その相棒ともなる希少獣は大事な存在だ。
元より大事にされている希少獣なので問題児でない限りは常に一緒で構わないそうだ。
そう、聞かされてはいたが心配だったので、入学式の間だけ獣舎にフェレスを預けていた。
フェレスは馬には可愛がられていたが、成獣となった希少獣達には相手にされていないようだった。
そのフェレスだが、シウと同じ制服の生地で作ったスカーフを付けておめかししている。
子猫サイズの時からしたら、かなり大きくなり、瞳の色も随分と変わった。最初は薄い黄色だったのが、琥珀色のようになり、やがて美しい透明度の高い翠玉色だ。
年末から急に大きくなってきて、今ではもうシウの肩に乗れない。
寂しがるかと思っていたら、早くシウを乗せたいと思っているらしくて大人ぶっているのがおかしい。
もちろん、夜には甘えてきてまだまだ子猫らしいのだけれど。
規則なのでリードを付けているが、フェレスはシウの命令を無視したことはなく、人に危害も与えたことはない。
とはいえ、これから本格的に躾もしていかねばならず、リードも必要だ。
元々、王都にいる間は盗難防止の意味もあってリードを付けていたから、フェレスは気にしていないようだった。
教室では生徒が三十人ほどいた。
学校はほぼ全てが試験結果でクラス分けされるそうで、この魔法学校も一から十に分かれている。
ギルドのランクと同じ考えだそうで、シウは一クラスだから成績上位者ということだ。
中を見回すまでもなく、全方位探索で知った顔見知りが数人いて、少し驚いた。
相手もシウを見て驚いていた。
「シウ、こっち!」
「シウ君!」
同時に声が上がって、他の生徒の視線が飛んできたが、見なかったことにして彼等に近付いた。
「おはよう」
と挨拶すると、二人が同時に顔を見合わせてから会釈して、挨拶してくれた。
「「おはよう」ございます」
そのタイミングに二人ともが笑う。
知らない同士のようだったので、シウが間に入った。
「彼女はアリス=ベッソールさん。彼がリグドール=アドリッドさんです」
「簡単すぎるって……ええと、初めまして。わたしは東上地区にある商家のアドリッド家第二子リグドールです。今後ともよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる姿に、アリスが微笑んだ。
「まあ、ご丁寧にありがとうございます。わたくし、ベッソール伯爵が三子のアリスと申します。ここでは同じ生徒同士ですので、平にお願いいたします」
軽く膝を曲げたらしい。
貴族の未婚の女性が同位者や目下にやる挨拶方法だそうだ。目上の人に対してはもう少し深く膝を曲げるらしいので、一度見たことがあるシウは屈伸運動と名付けていた。
ちなみに既婚だと、どちらかの足を軽く引くだけでいいらしい。目下の人間には顎を動かすだけの会釈で、偉そうに見える。実際に偉そうに見せているのだろう。
お互いへの挨拶が済んだので、シウは簡単にそれぞれとの関係について説明した。
「アリスさんは、ベリウス道具屋のお客さんとして知り合ったんだ。元々はお父さんのダニエルさんと知り合いだったんだよ」
「……女の子と仲良いとか、現役貴族の名前呼びとか、色々有り得ないんだけどさ」
小声で呟かれてしまった。
その彼については。
「リグは、カフェ経営してるお父さんの方とやっぱり知り合いでね。レシピの相談をしている時に店にきて、お父さんに怒られてるところを庇ったことで知り合った――」
「言うな、それ言わないで!」
すみませんごめんなさいと、リグに抱き着かれたシウだった。
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