048 友達との別れ




 慌ただしかった商人ギルドでのことも、入札を終えると日常に戻る。

 ただ、その翌日は、キアヒたちとの別れの日だった。

 見送りに行くため、シウは朝早くに彼等の定宿「鷹の目亭」へ赴いた。そこから一緒に、中央門まで歩く。

 中央門には乗合馬車があちこちに停車していて、声を掛け合っていた。キアヒたちも、乗合馬車でキセラオ街まで行くそうだ。そこでギルドの仕事を受ける。今、エルノワ山脈近辺で討伐を行うのが「美味しい」そうだ。どうせなら、護衛仕事でも受けて行きたかったらしいが、良い仕事がなかったらしい。狭い乗合馬車に、最後まで文句を言っていたのはラエティティアだ。

 まだ時間があるのを見計らって、シウは餞別を贈った。

「これ、魔力量の残数が分かるから、便利かなと思って」

 ペンダント型にした魔道具で、付けている者の総魔力数と残数が分かるようになっている。シウには脳内に《魔力量計測器》がある。その、魔道具版だ。

「……おま、また凄いもんを」

 キアヒが呆れたような声で絶句していたが、やがて笑顔になって、シウの頭をくしゃくしゃと掻き混ぜた。

「ま、いっか。次に会う時が楽しみだぜ」

「うん。あ、ちゃんと使用者権限を付けておきたいから、それぞれ手を握らせてね」

「んなことなくても、握ってやるよ!」

 そう言ってキアヒは手を握らず、シウに抱き着いてきた。

「わ、わ」

「ほーら、高い高い!」

「赤ちゃんじゃないよ、僕」

 妙に、はしゃがれてしまった。肩に乗っていたフェレスが「ふぎゃ」と慌て声だ。

 キアヒは、グラディウスに小突かれてシウを下ろした。慌ててキルヒの近くに寄ると、

「別れるのが寂しいんだよ」

 と言われてしまった。

「よっぽどシウが好きになったみたい。俺も、シウのこと好きだけどね」

 微笑まれて、思わず照れてしまった。

 シウは頭を掻きつつ、キルヒの手を握った。

「使用者はキルヒ=ディガリオ。付与、っと」

 ぶつぶつ呟いて付与していると、キルヒがシウの手をぎゅっと握った。

「シウ、ありがとね」

「……キルヒ」

「君に出会えて良かった。楽しかったし、新しい発見もあった。何より、キアヒがあんなに嬉しそうだ。また会おうね」

「……うん」

「照れてるシウも可愛いね」

 優しく頭を撫でられた。


 グラディウスには肩車をされた。

 下ろされた後は抱っこの嵐である。大きな男が頬ずりしてきたのには、シウもちょっと参ったが、子供への愛ゆえだろう。

「トニーを大事にね」

「もちろんだ!」

 大事な剣に愛称を付けるような男だ。どこか可愛くて、憎めない天然剣士だった。

「何かあったら、通信魔道具に連絡してくるんだぞ? 駆け付けるからな!」

「あー、うん。グラディウスもね」

「ああ。連絡する!」

「連絡するのかよ!」

 横でキアヒがゲラゲラ笑っている。

 ラエティティアは苦笑しつつ、シウの手を握った。

「シウのことだから大丈夫でしょうけど、何かあったら本当に連絡してね。いつか一緒にパーティーを組みましょう」

「いつか、ね」

 機会があればと思いながら、いつかまたどこかで会うだろういう予感はあった。

 この世界でなら、いつかどこかで会えるのだ。

 今のシウなら、無理せずとも。

 だから寂しくない。


 シウは笑顔で友達を見送った。

 何度も何度も手を振って、彼等もまた同じように笑顔で手を振ってくれた。

 初めての、友達だったのだと気付いたのは、乗合馬車が見えなくなってからだ。

 知り合いでもなく、誰かの孫でもなく、最初の友達。

 また会おうね、そう呟いて、シウは中央門から家へと戻った。

 その手はずっと、フェレスを撫でていた。




 ベリウス道具屋に戻ると、エミナが立っていた。

「今日はお休みじゃないの?」

「そうよ。でも、用事があったの」

「そうなの?」

「そうよ」

 エミナが近付いてきて、そっとシウを抱き締めた。

 驚いていると、のっそりと中庭からドミトルが出てくる。

「あ、ちょ、違うよ、あの」

 慌てていると、ドミトルがエミナの上から、つまりエミナともどもシウを抱き締めた。

「え、え」

「泣いていいんだからね」

「……エミナさん」

「エミナでいいわよ。ううん、そう呼んで。あたしも、シウと呼ぶわ。ね、あたしたちはもう友達よね?」

 ぎゅうと抱き締められる。

「彼も、ドミトルもシウと仲良くしたいって。ね、友達だよね?」

「……うん」

「アキエラも友達だよ」

「うん」

「お爺ちゃんもシウと友達だって言ってたわよ。歳の離れた友人なんて格好良いじゃろうって、この間自慢してたわ」

「あはは」

「また会えるよ、きっと」

「うん」

 ようやく、泣いていいんだと思えた。ぽろんと涙が零れて、嬉しいような寂しいような、そんな涙もあるのだとシウは知った。

 窮屈になったのか、フェレスが肩から頭の上に登って行ってしまった。そのまま、エミナ、そしてドミトルの体の上を歩いているようだ。

「きゃ」

「おっと、お、お」

 二人の声がして、ふふふと笑う。シウが笑って動いたからか、体が離れた。

「あ、泣いてた?」

「うん」

「やーねー。ほんともう、この子は素直というか、可愛いんだから!」

 ぐりぐりと頭を撫でられた。シウより余程泣いた顔で、エミナは笑う。

 ようやく気付いた。

 この不思議な行動の訳を。


 きっとキアヒから何か聞いたのだろう。そして、

「抱き締めてやってよ」

 なんてことを言ったに違いない。

 エミナは優しい人だから、弟のように可愛がっていると公言しているほどだから、シウのことが心配になったのだろう。そして、夫のドミトルも。口数の少ない職人のドミトルだが、彼もまた心根の優しい人だ。

 ここは、優しい人が集まった、シウの大好きな場所になっていた。






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拙作「魔法使いで引きこもり?」が書籍化されております。


出版社はKADOKAWA、編集企画がファミ通文庫となります。

「魔法使いで引きこもり? ~モフモフ以外とも心を通わせよう物語~」

ISBN-13: 978-4047350113


一巻はこのあたりまでです。

書籍版についてもよろしくお願いします。

フェレスの番外編が入ってます。可愛らしいイラストは戸部淑先生です。




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