047 レシピの入札




 ロワイエ山麓での討伐依頼も無事終了し、いつもの日常が始まった。

 商人ギルドからは、シウのレシピの件で連絡があった。入札日が決まったのだ。キアヒ達との別れの前日だったので、見送りにいけると、ホッとした。

 入札の前には、ザフィロが篩い落とす作業をしてくれる。公示したので、意外と多くの人が申し込んできたからだ。きちんとした、やる気のある人でないといけない。

 その上で、入札後にシウと面接してもらい、契約を交わす。

 ところで、ザフィロとの打ち合わせで面白いことを聞いた。

「え、オベリオ家が申し込んでたんですか?」

「もう驚いたよ。厚顔無恥にもほどがあるって、ギルドでも話題になってね」

 あはは、と楽しく笑ってくれるが、シウとしてはゾッとする話だ。

「笑いごとじゃないですー」

「ごめんごめん。とにかく、そういうわけだから気を付けてね。こちらも普段以上に調査してるから」

「関係者が潜り込んでいるとか?」

「そこまで賢ければ、今回のような始末には、なってなかったと思うけどね」

「……ザフィロさんも結構きついですね」

「も、ってことは」

「クロエさんもです」

 彼女もかぁ、と笑う。

 この二人はどうも、お付き合いの寸前まで行っているようだ。良い感じである。

 シウも二人が好きなので、さりげなく双方の話題を提供したり、仕事に絡ませたりしていた。

「さて。じゃあ、入札と面接は予定通りで行います。すでに店を構えているところと、今回のために出店するという二種類で、篩い分けてます。だから、面接もその予定でお願いします」

「はい」

「例のフランチャイズ方式については、商人ギルドで内容を精査して詰めることになったよ。アイディア料については、その後ってことになるから、待ってください」

「別にいいんだけどな」

「そういうわけにはいかないよ。それと、君が作ったお菓子の方の、レシピね。あれにも話が来ているんだ。フランチャイズ方式にも興味を持った、大手の商家なんだけどね。一度会ってみないかい?」

「依怙贔屓にならないかなぁ」

「正直、ここまで真面目に、話を煮詰めて持ってきたのはそこだけなんだ。条件が良いのも、シウ君に合っているのも、そこだけなんだよね」

「うーん。じゃあ、考えてみます」

「良ければ入札の日に合わせるけど。あ、逆に疲れるかな?」

「相手方が良ければ、同じ日の方が楽かも、です」

「了解。あと、言葉は砕けてもいいからね? って、僕も大概砕けちゃってるよね」

 頭を掻いて、目じりを下げる。

「クロエにも指摘されるんだよね」

 頭を掻いて照れ臭そうに話す。

「あ、もうお付き合いしてるの?」

「え? あ、うん、まあ」

 恥ずかしそうに笑われて、大人でもこんな顔をするのだなあと微笑ましく感じた。

 彼によると最近になって、「仕事の知り合い」から「恋人」という関係にステップアップしたそうだ。シウのような子供に対して真面目に教えてくれるし、この二人は本当に素敵だと思う。

 ザフィロとは入札の打ち合わせ半分、クロエとの惚気け半分で話を終えた。



 入札と面接の結果、最終的には王都で店を出す予定の、ドランと決まった。

 入札条件に合い、かつ「シウのレシピを必要」とする理由が、きちんとしていたからだ。

「まさか、あの時の子だったとは……」

 相手も驚いていたが、シウも驚いた。彼とは以前、出会ったことがある。

 ドランは最初は、シウに気付かなかったようだ。落札が決定してから面接に入ったのだが、その時に顔見知りだと教えると、思い出してくれた。

 彼は、シウが初めて図書館に行った際、最初に食べた屋台の店主だった。お米を扱った丼ものの店をやっていた。

「変わった子供だと思ったんだよ。でも、すごく喜んでくれて、美味しいって言ってくれたからさ。だから、まだ頑張れるって思ったんだ」

「この子だったのね。あたし、旦那から聞いて、一度会ってみたかったんだ」

 奥さんのリエーラが、シウの手を取ってブンブンと振る。感激した様子なのは声にも態度にも出ていた。

「ロワルの庶民には米があんまり流行らないから、もう止めようかって話してたんだよ。でもあたしは、旦那の夢を知っていたからね」

「お店を出すこと?」

 シウが聞くと、そうよ、とリエーラが頷いた。

「あたしの故郷の食べ物を気に入ってくれて、絶対広めたいんだって、言ってくれた。その彼の手伝いがしたかったんだ。彼がまたやる気になって、本当に嬉しかったんだよ」

「俺だって嬉しいさ。今回こうして、あの美味しいレシピを得ることができたんだ」

 二人が喜んでくれて、シウも嬉しいし、ホッとする。

 できればやっぱり、お米が好きで、その味を広めたいと思ってくれる人に落札してもらいたかった。

「俺の友達がさ、買って来てくれたんだよ。カツドンや唐揚げを食べて、これだ! って思った。「おにぎり」もすごく美味しくてさ。炊き方かな、米かなって、あれから何度も試行錯誤して考えたんだぜ」

「それも含めたレシピ譲渡だよ。他にもまだいろいろあるから、良かったら使ってみてほしい」

「え、いいのか? いやでも、そんな、そういうわけには――」

 遠慮して手を振るので、ザフィロが笑いながら話に参加してきた。

「いいんですよ。シウ君の目的は、お米を広めたい、だそうですから。だから、お米に合うレシピを幾つも考えているそうで。僕も何度か頂きましたが大変美味しい! ぜひ、お店に出してほしいと思ってたんです」

「……は、はい! 頑張ります!」

「その心意気です。さて、早速ですが開店についての打ち合わせもしましょうか。ちょうど出資者も来る予定なんです」

「え、出資者まで?」

 驚くドランとリエーラに、ザフィロは説明した。

「当初の予定では借金して、西地区に開くということでしたね。ですが、今回のことを知った商家の方から、ぜひとも出資させてほしいとの話が来てるんです。もちろん決めるのはドランさんですが、しっかりとした商家ですので前向きに検討してみてください」

 彼等にとっては嬉しいことだったようだ。

 商人街近くにある図書館で屋台を置いていたのは、客目当てもあるだろうが、やはり商家の目に留まることを考えてだ。上手くいけば出資を募れる。そうした強かさもなければ、お店を一から開こうというのは難しい。

 彼は今回のことをチャンスにすべく、別室に連れられて行った。


 その間、シウは暇になるため、ザフィロは商家との面談をこの時間にしたようだった。

「初めまして、ルオニールと申します。アドリッド家の当主をしております」

 立ったまま待っていた男性は、どこかおっとりとした優しい物腰で、裕福な商家というよりは穏やかな貴族といった風体だ。彼の横にはロマンスグレーといった様子の執事が、背筋をピンと伸ばして立っている。その目が嬉しそうに笑んでいた。

「お久しぶりです。アドリッド家の執事をしております、ロッドでございます」

「ロッドさん!」

 中庭や池を掃除したことのある商家の執事だった。先日も倉庫を片付けた。

「さあ、皆様、まずはお座りください」

 ザフィロが声をかけてくれたので、全員がソファに座った。

 それから、ザフィロが簡単にアドリッド家の商売について説明してくれた。ルオニールは特に口を挟むことなく、時折頷いては微笑んでいた。

 アドリッド家は、主に食品を取り扱い、幾つかのレストランも経営しているようだった。

 今回、新たにカフェを作りたいと思っていたところ、目玉商品に悩んでいた彼等の前にメイドの情報が入った。それが、シウの屋台で出していたデザートだ。

 早速、商人ギルドで情報を集めていると、レシピの入札の件を知った。フランチャイズという話も耳にし、それらがシウ発信だと知って更に興味を抱いたらしい。

「失礼ながら、わたくしは前々から、シウ殿の才能が勿体無いように思っておりました。今回のことを知って、是非とも何かできないものかと思い、ルオニール様に相談したのでございます」

 執事の言葉に、ルオニールはおっとりとした様子で続けた。

「と言っても、商売人ですからね。儲けが出なければ意味がありません。採算は取れるのかと、調査はしましたが――」

 にっこりと微笑む。

 そうでなくてはシウも困るので、はい、と頷いた。

「食べた人達の噂を集めていると、これは間違いないと思いまして。誰かにとられる前にと、慌ててギルドを通した次第です」

 商売人がそう思えるのなら間違いない。シウも安心した。


 話はトントン拍子で進み、シウは全部、彼等に任せることにした。こちらもレシピを販売譲渡する方法を取った。経営などシウにはできそうにない。

 細かくはザフィロに任せるが、使用した分だけ利用料として、もらうことになっている。レシピを使わなくなれば、それはそれでいいと思っている。

 彼等はフランチャイズ方式にも興味を持っており、ザフィロと話を詰めるらしい。

 また、ドラン達の店にも出資をすると言っていたが、ドラン達に有利となるよう差配してくれるようだ。

 シウのレシピに信頼をおいているからだと言うので、食べたこともないのにと思って、その場で出してみた。

 ついでなので別室にいたドラン達も含めて、大試食会となった。会議室は食べ物の匂いで充満したが、職員から悪い意見は出なかった。むしろ、喜んでくれた。

 つまり、美味しかった、というわけだ。

 ルオニール達も大変喜んでくれて、契約もそれぞれ、スムーズに行われたのだった。

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