051 リグドールとの出会いとご飯屋
もうすぐオープンすることを知って、試作品を目当てに忍び込んだらしいリグドールは父親に見付かって大目玉を食らった。
それを可哀想に思って庇ったのはシウだ。
「まだ、子供ですし」
と仲裁に入ったのだが、それを言ったのが同じ年頃のシウだっただけに、ルオニールは渋い顔をしていた。
「子供の君に言われると、僕も困ってしまうよ」
そういえばそうですよねと、シウは苦笑した。
「……この子は産まれた時に魔力量が多めで、いつか死ぬのではないかと心配で母親が甘やかしたものだからね。勉強も疎かになったまま、いつまでもこの調子なんだよ。これで来年からの魔法学校でやっていけるのか」
はあ、と溜息を吐く。
そんな態度だが、愛情があるのはよく分かる。その瞳が愛おしそうにリグドールを見つめているのだ。
とはいえ、親の心子知らず、である。
リグドールからはルオニールの表情は見えないし、見えても気付かないだろう。子供とはそんなものだ。
叱られて、言葉の表面だけを聞いてしょんぼりしているリグドールが可哀想だった。
「でも、魔法学校に入学が決まったのは彼の実力でしょう?」
「え、まあ、そうだね。ただ、学力というよりは、魔力量や属性があるかどうかで入学が決まるからね」
そういえば試験は簡単だった。
「これから、学べばいいじゃないですか。まだ十二歳なんだから。体の心配をしなくてすむ年齢まで達したんだから、ようやく他の人と同じ場所に立ったんですよ。多少、出だしが遅くたっていいじゃないですか」
「……そう、かな」
「僕の知り合いなんか、十七歳だけど加減乗除が素早くできない人、いましたよ。学校も出てましたが。それがたった二ヶ月で率計算も暗算でできるようになって、アドル・デリタ・ロカル貨幣への両替も今ではまったく問題ないです」
「二ヶ月で、かい?」
「はい。十二歳の女の子も、もうすぐ暗算でできるようになります」
ルオニールは、ふむ、と思案顔になった。やがて顔を上げて、シウを見つめ、
「もしかして、君が教えているのかい?」
と聞いてきた。シウもまた素直につい頷いてしまって、あ、と気付いた時には彼のにんまり顔を見てしまっていた。
「どうだろう。是非とも、この子の勉強も見てもらえないだろうか?」
「……えーと」
「もちろん、時間などの都合は君に合わせるよ。ちゃんと家庭教師としての手当ても出させてもらう」
頼む、お願いという視線をびしばし受けて、更にはしょんぼりした様子の同世代の少年を見てしまい、仕方ないと了承することになった。
それからは二日か三日に一度の割合で、勉強を教えている。
エミナとアキエラへの勉強会がもう必要ないだろうということで終わったばかりだったから、ちょうど良かったのかもしれない。
勉強会はリグドールの家で行うことにした。
家族の目がないと、手を抜く可能性があるからと言い出したのは父親だった。
確かに最初は、何かと言い訳を駆使して逃げる算段を付けていたリグドールだが、話してみたらサッパリした性分の少年だったし性根も悪くない。
ただちょっとした反抗期と、今まで大事にされていた家族の態度から解放されて嬉しいやら戸惑うやらでのおかしな行動のようだった。
愛情の確認を行っていたのかもしれない。
シウが、魔力量のありすぎる子供がどれほど命儚いかを懇々と説明したら、ようやく親の態度の豹変について理解していた。今頃になって厳しくするのも親の愛ゆえだと気付けたのは良かった。
リグドールは真っ直ぐ帰ってくるよう言い渡されていたとかで、名残惜しげにシウと別れて家に戻って行った。
入学祝いパーティーのことを本人だけが知らないようで、面白いやらおかしいやらである。
シウも誘われていたが、断った。
ドランの店が今日からなので気になっていたのだ。
だから、制服姿のまま中央地区の端にある店まで小走りで向かった。
店名はお米という意味があるオリュザという名に決まった。
昼時を過ぎていたが、外に並ぶ人がいた。
店前の道路にまで良い匂いが流れてきている。いい具合だ。
裏側に回り、裏戸から覗くと忙しそうにドランとリエーラが働いていた。他に二人、手伝いで近くの主婦を雇っている。彼女らは慣れない仕事ながらも、てきぱきと配膳していた。
よし、と拳を握る。
フェレスは店の中には連れて入らず、裏戸から見える場所に繋いでおく。
念のため、自身に浄化をかけてから店に入った。
「あ、シウ君! 来てくれたの!?」
「うん。忙しそうだね、手伝おうか?」
「え、でも」
戸惑うリエーラに、笑いながら腕まくりをした。
「慣れてるから。洗い物でもなんでもやるよ」
「……ありがと」
疲れがピークに達しているような彼女へ、こっそりとポーションを渡して飲ませた。
元気になって驚く顔に、早く次の仕事をと視線で促して、シウは溜まった洗い物に手を付けたのだった。
昼を大幅に過ぎてようやく、店を一旦閉めることができた。
「シウ君、悪いな、手伝ってもらって。でも本当に助かったよ……まさかシウ君の言った通りになるとはなあ」
「だから言ったでしょ。絶対に厨房にも手伝いが要るって」
「はぁ……だよなあ。でも、まさか、って思ったんだよ」
材料だけは絶対に切らしてはいけないと口を酸っぱくして言ってあったので、十二分に残っている。
ところが、人を雇うとなるといろいろ大変なので、また本当に客が来るのかどうか不安で、結局厨房は二人で回すと決めたのだ。
ドランは早々に新しく人を雇う準備をしなくてはと、休憩中に商人ギルドへ行くこととなった。
その間、シウはリエーラと共に晩の仕込みを始めた。
本当は配膳もリエーラが一人で行う予定だった。
客が来るのかどうか不安だったのだろう。
しかし、場所柄や、効果的な宣伝方法により絶対に客は来ると、シウのみならずルオニールも断言していた。
半信半疑だったのは当の本人たちだった。
そして配膳する人材を主婦と決めたのもシウだったが、これにはルオニールも驚いていた。
何故ならば、普通はウェートレスの経験がある若い女性を商人ギルドや家政ギルドを通して頼むからだ。
ところがシウは、近隣への挨拶回りを丁寧に行うようドランとリエーラに勧め、その際に必ず「昼時だけか晩だけでもいいので配膳の手伝いをしてもらえる方を紹介してもらえないか」打診するよう、伝えた。
そして、年齢は問題にしない、とも。
すると小遣い稼ぎにと主婦層が来てくれた。
彼女らはウェートレスとしての経験がなくとも、主婦としての経験があり、細かいところにもよく気が付く。
そして横のつながりもあるので、手伝いが可能な人を教えてくれた。万が一、出勤できなくても代わりの誰かを紹介してくれるのだ。
そして一番いいのはお小遣い稼ぎだから、短時間でも文句を言わないというところだ。
ドランたちのような店は、昼時と晩しか人は必要ないから、それ以外の時間を拘束しておける余裕はない。
そして商人ギルドでも家政ギルドでも、人を雇うからには短時間雇用は難しい。
短時間なら突発仕事として冒険者ギルドに依頼となるだろうが、冒険者ギルドの会員に配膳ができるとは思えない。
更に最大の理由が、若い女性はすぐ辞める可能性があるのだ。特にカフェやレストラン以外の食べ物屋は断られる傾向にある。
事実、オリュザはご飯屋で、食べにくる大半が男性だ。がっつり系なので冒険者も多い。そこに若いウェートレスが働き続けるのは、よほどでない限り厳しい。
この説明を、ドランもルオニールも驚いて聞いていた。
「小さな食べ物屋は、こういった理由で人を雇わないから家族経営になって、休むこともできずに体を壊して結局は店が潰れるということになるんです。だから、健全なお店の経営のためにも、雇えるところは雇うべきなんです。これを適材適所って言うんだそうですよ」
さも、本で読んだかのように説明した。
宣伝方法も簡単だ。冒険者ギルドに依頼を出したのだ。三日間続くプレオープンに来て、味や店の感想を書いてくれるだけで昼ご飯を無料にすると。
商人には市場で噂を流したり、ルオニールの知り合いにも声を掛けてもらった。
そしてシウは十級ランクの手伝いに行ったところで、チラシを配った。もちろん、渡せそうなところだけだが、大抵は受け取ってくれた。割引チケットを付けていたからだ。
そして最後に、手伝いをしてくれる主婦たちに話を広めてもらい、当日は匂いが道路に流れ出るよう(特に甘辛いソースの匂いなどを中心に)パイプを作って通した。パイプは開閉ができるので不要な時は閉めておける。
この万全の態勢で、お客さんが来ない方が難しいのだ。味にはもちろん、自信があったからこそ。
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