052 初年度の基礎学科
プレオープンでは大半が無料となったので損をしたが、これは必要経費だったのでドランも納得済みのこと。
そして本番のオープンで大量の客が来たことは、嬉しい誤算だった。
夕方までの間に三人で仕込みを終えて、一息ついた。
「じゃあ、厨房に一人雇っても大丈夫そうだね」
「ああ。それにシウ君が言ってたろう? 弟子という形にして、いずれのれん分けをすればいいって」
「うん。その仕組みだと、雇われる方も俄然やる気になるし、真面目にやるよね」
「そうか。でもだったら、このまま漫然と過ごさずに、新しいメニューを考えていかなきゃな」
将来、盗まれる可能性もあるレシピだ。
食べただけで再現する人もいるだろうし、弟子がいれば尚更だから、常に新しいことに挑戦していかなければ店は続けられないだろう。
老舗の変わらない味というのも大事だろうが、そこに行きつくには同じような試行錯誤があったからこそだと思う。
「頑張ってね!」
「ああ。本当にシウ君には何から何まで助けられて、有り難く思ってるよ」
「こちらこそ。お米を知ったのもドランさんのおかげだから。この美味しさがもっと広まるといいね」
そこで早めの客が入ってきた。まだ開店札は出していないのに、腹が減って早く食べたいんだけどダメかなと言われて、ドランは苦笑で了承した。
「シウ君は、もう帰ってくれよな。ここからは子供はだめだ」
「そうよ。仕込みもこれだけ作ってくれたもの。後はあたしたちで頑張るわ。ありがとうね」
リエーラにも言われて、シウは帰ることにした。
裏戸から出ると、待つのに疲れたのかフェレスがぷんとむくれていた。
ごめんねと言って頭を撫でると、ちらちらシウを見て、尻尾を盛大に振り回している。
許したいけど、待ってた間は寂しかった! と思案しているようだ。
やがて、もういいや! となったらしく、シウの手を舐めはじめた。
「帰ろうね」
「にゃ!」
シウにくっついて、みぎゃみぎゃ言いながらベリウス道具屋まで歩いて帰った。
ベリウス道具屋ではエミナたちが待っており、入学祝いをしてくれた。
「おめでとう! 朝にも見たけど、魔法学校の制服っていいわね」
着替えずに見せてほしいと言われて、食事の席でも制服のままだ。
王立ロワル魔法学院の制服は、中は白シャツならなんでもOKで、下は規定の生地でズボンかスカート。黒っぽい生地に近くでよく見ると分かる程度の格子柄となっている。かなりしっかりした高級な生地で、フェレス用に求めたら結構な金額となった。
ズボン(とスカート)は誂えてもらうのが規則で、自作は厳禁だ。生地だけ売ってもらえたのは、同布でジャケットを作る者がいたり、リボンや小物を作ることがあるかららしい。
そして魔法学校らしく、ローブも作らねばならない。
こちらも指定されている仕立屋から選んで誂えないといけないが、色を黒か暗色系にしさえすれば後は問題がないらしく、デザインは自由だ。
自由と言ってもローブだから、大抵は決まったデザインになるのだけれど。
「シウのローブって、濃い灰色なのね。ローブは黒か白だと思ってたわ」
「なんでもいいみたい。入学式で見たらほとんどが黒だったけど、中には紺色とか濃茶もあったよ」
「そうなんだ」
白いローブは神官に多く見かけるので、魔法使いには黒という決まりでもあるのだろうか。暗く見えるので黒は嫌だなーと思っていたところ濃灰色の布を手に入れた。
こっそりとタグを縫い付け、防御などいろいろと追加で機能を付与している。
「それより、中は白シャツだけしか着ちゃダメなの? 寒くない?」
「着てもいいみたい。僕も知らなかったんだけど、ジャケットじゃなくても、カーディガンやベストのようなものでも大丈夫っぽいよ」
チラホラ見かけた上級生たちは好きなように服を着ていた。
ただし、ズボンとローブだけは必ず着用している。
そういえば杖を持つ者も多かった。
アリスやリグドールも小さい杖を持っていて、シウのような人間は少数派のようだ。
杖を持ってローブを羽織ると、ますます、昔見たことのある映画を思い出す。
テレビで放送されていたのだが子供向けとバカにできない面白さがあった。
ただ、王立ロワル魔法学院では幽霊も出てこなければフクロウ便も飛んでいないが。
現実とはこんなものであろう。
「ね、友達できた?」
身を乗り出してわくわくした顔で言うのを、
「エミナや。まだ入学したばかりなんじゃぞ」
と、スタン爺さんが窘めていた。
シウはあははと笑って、一応できたかも、と答えた。
リグドールのことはスタン爺さんたちも知っている。こうして何日かに一回は食事を共にしているのでお互いの近況報告をしたりするからだ。
晩ご飯を食べ終わった後も、学校で知り合った少年少女たちのことを話して聞かせた。
代わりにエミナからは、今日来た変な客シリーズを聞かされた。
ドミトルが注意していたが、エミナは彼女ルールで変だと思ったお客さんを面白おかしく記憶して楽しんでいるのだ。
将来、子供に店を託して引退したら作家になるそうで、その為の第一歩なのだとか。
エミナの夢は冒険者から作家に変わったようである。
次の日は自分が受ける科目の調整だ。
あらかじめ決めていたスケジュール通りでいいのか、担任、あるいは別の教師に確認してもらい了承をもらう。
シウは話し合いの末に、幾つかの試験を受けることで免除してもらう教科が出てきてスケジュールを組み直すことになった。
「いいなー、シウは基礎学科がほとんど免除かあ」
「まだ決まってないよ。試験は受けないと」
「でも、ほぼ決まりだろうってマット先生が言ってた。あーあ」
基礎学科は主に、文学、言語学、数学、生物学、生産学、体育学、基礎魔法学といったものがあり、どれも基本的な内容ばかりで正直物足りない。
それ以外には必須科目として攻撃、魔術理論、防御、治癒、戦法戦術、薬草学、戦略、教養、魔物魔獣学、魔法実践、各属性学などがある。これはそれぞれが初級中級上級と別れており、卒業までに取る最低科目は中級までだが、高学年になれば専門分野の教科を取得していくので早めに取得しておく方が良いらしい。
まともに受講しようとすると一年から二年生の間はずっと授業ばかりで、かなり大変なようだ。リグドールが嘆くのも少し分かる。
「リグなら、数学と体育学あたりは試験で免除されると思うよ」
「そうかな?」
「他にも早めに基礎学科抜けられる気がするけど。もう必須科目だけでも大丈夫そうだし」
そうだといいなーと不安そうな顔で机に突っ伏していた。
この週は、試験が多くて授業はない。上級生もあまり見かけなかった。
いるのは研究科にいる人や専門分野を学ぶ人たちだろう。
翌日、木の日から試験が始まった。
飛び級をしたい者や、無駄な学科を飛ばす為に行うので、上級生の姿もチラホラと見えた。
シウは全ての基礎学科試験を受けたが、リグドールは自信のある基礎学科だけを受けていた。
アリスも基礎学科全てを受けたようだ。人数が多いと教室も別なので、偶然廊下ですれ違ったりして知った。
他にも、クラスメイトたちをあちこちの教室で見かけた。
リグドールは心配していたが、彼もまた基礎学科は免除された。
「シウのおかげだ! すげえ! 俺まさか免除されるなんて!!」
きゃっほー! との余りのはしゃぎように、シウも嬉しくなってしまった。
年末年始、時間があれば朝から晩まで勉強に付き合ったので、成果が出ていて良かった。
「文学と数学と体育学に基礎魔法学が免除って、どんだけすごいんだ、俺。どうせなら全部受けとけば良かった」
「また授業が始まってからでも受けられるし、様子見したら?」
「おうよ」
リグドールは調子に乗るとダメなので、時々手綱を引っ張る人が要る。
シウが苦笑していると、アリスたちがやってきた。
「良かったですね、リグドール君」
「え、あ、はい。まあ、その、頑張りました」
やんちゃな少年の、可愛らしい少女に対する態度が面白くてシウは内心で笑った。
「シウ君も免除されたのですよね」
「うん。アリスさんも?」
お互い、基礎学科は全て免除されたようだ。
アリスに付き従っている少女らは、マルティナだけが全免除で、コーラとクリストフはそれぞれ幾つかといったようである。
クラス内には全免除という生徒も結構いた。
成績上位者ばかりなので(魔力量の高い方が優先されるそうだが)結果は推して知るべしである。
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