053 初めての授業とギルドカード




 選択科目を組み直したり、教師との面談などで最初の週は終わった。

 本格的に授業が始まったのは翌週からで、一番最初は魔術理論となった。

 ウルハラという名の女性教師で人物鑑定をすると、付与魔法がレベル三で光と無属性がそれぞれレベル一だった。

 内容はとても簡単で、初級というのはこんなレベルなのかと驚いた。

 エミナの学校では魔術理論で詠唱の言葉にこだわっていたり、抑揚を大切にしていると言っていたが、そこまでおかしな内容ではなかった。

 ただ、まずは基本を教えようというのか、型通りではあった。本の通りというのだろうか。

 そして、本は王都に来てから驚くほど読んだシウだから、記憶の通りに進む内容にちょっと残念に思ったりもした。

 授業では本にない話が聞けるかもと、期待していたからだ。

 後で先生に飛び級試験が受けられるか相談してみようと思った。


 教養の授業では「まずは礼儀作法から」ということで一般教養的なものは後回しとなった。やはり貴族の子弟が多く在校するため、考えられた措置だろう。

 そして、貴族出身者はさすが、水を得た魚のように素晴らしかった。

 シウは本の通りにしか動けず、やや固かったようだが先生からは褒められた。

 リグドールは散々の様子だった。


 座学が多い中、攻撃や防御、魔法実践などは動きが伴うので男子たちは喜んでいた。

 最初の実技は攻撃で、担任のマットが教師だった。

 攻撃と言っても初級クラスなので、大したことはしない。各属性の科目では座学とはいえ実験のような授業もあるのでどちらかというと、それに近い。

 たとえば。

「火を出して、投げてみろ」

 だとか、

「水を、組んだ相手に引っ掛けたら勝ちだ」

 とかである。

 魔術理論でも詠唱句を習うが、この実践授業でも耳にする。古代語は使わないのでどうしてだろうと思っていたら授業では習わないらしい。

 残念だ。

「《水の精霊よ、我の求めに応じ水を飛ばしたまえ、水礫》、どうだ!」

 シウの隣ではリグドールが詠唱句を口にして課題をこなしている。

 聞いているシウの方が恥ずかしいとはどういうことだろうか。

 しかしながら、ほとんどの生徒は言い回しや抑揚が違うだけで大抵は詠唱句を口にしている。もちろんだが、誰も恥ずかしがってはいない。生まれた時から生活に根付いているのだから当然かもしれないが、羨ましい話である。

 中には古代語を使う生徒もいた。

 一クラスの中でも優秀で、将来を期待された希望の星なのだそうだ。

「[水礫砲弾]」

 ビシッとポーズを決めて言うので、シウは笑いを堪えるのに必死だった。

 なにしろ、可愛らしい少年少女たちが、真面目な顔をして【魔法少女なんとか】風の台詞オンパレードで、更には【正義の味方シリーズ】風のポーズを決めるのだ。

 面白おかしいやら可愛いやらで、吹き出してしまいそうになる。

 彼等を見る分にはまだ微笑ましくていいが、自分がやるのはやはり嫌だ。

 はあと溜息を吐いているとマットが近付いてきた。

「シウ、実践してみろ」

 ちゃんと生徒一人一人を見ているらしい。

 シウがサボっているように見えたのか、先生は腰に手を当ててじっくりシウを観察する気である。

「あ、はい」

「待て、お前は確か……そうか、杖なしか」

 思い出したように顎へ手をやり、それから更にポンと手を打った。なんというのかボディランゲージが激しいというのか、オーバーアクションなタイプの教師だ。

「シウ=アクィラだったな。無詠唱か。それで戸惑っていたのか? 大丈夫だぞ」

 よしよしと頭を撫でにきて、笑顔になった。

 彼の中でシウは一体どんな子供なのだろうか。少し不安に思いつつも、シウは対戦相手と向き合った。相手はリグドールだ。

「えっと、いくね?」

 そうか、無詠唱と言うのはこういう練習の際には不便だ、と気付いた。

(《水鉄砲》)

 そんな名前が適当かなと思いつつ、かるーく水を撃ってみた。それでも鉄砲というイメージが強かったせいか、リグドールには痛かったようで。

「いて、いてて、強いよ!」

「あ、ごめん。これでも勢い弱めたんだけど」

「もー。手加減しろよな!」

 勉強会でも何度か見せたことがあるので、リグドールは驚きもせずに言い返してきていたが、周囲は驚いたようだった。

「おお、やっぱりすごいな、無詠唱は」

 一番は驚いたのはマットだった。それから小声になって、

「親に小さい頃、刺青されたんだろ? 可哀想な話だが、今思えば良かったかもしれんぞ。魔法使いにとっては詠唱句を短くすることが一番の戦闘能力という人もいるぐらいだしな。うん、杖がないのに魔法も安定してるし、さすがだな。よしよし」

 などと言って、慰めるような顔をした後にまた頭を撫でて笑顔となった。

 悪い人ではなさそうだが、やっぱりどうも暑苦しい。

 シウは苦笑して頷いた。



 入学試験の面接では、いろいろと話を聞かれた。

 これまでの魔法の勉強具合や、これからどのような勉強をしたいのか。そして将来はどのような仕事に就きたいか、などである。

 よって、後でバレるぐらいならと無詠唱の理由を――もちろん刺青など大嘘だ――説明したり、入学の目的は主に魔術式の研究がしたいからです、と言った。

 シウの持つスキルに魔力量が伴っていないことに気付いた面接官もいたが、そのせいで魔法の節約に目覚めて研究したいのだと言うと納得してもらえた。

 この時、シウは水晶を完全に騙しきっていたので、彼等に伝わったスキルは、

 シウ=アクィラ(人間)十一

 魔力二〇、体力三八、筋力二〇、敏捷二〇、知力三五

 火 一、水 一、木 一、金 二、土 二、風 一、光 一、闇 一、無 一、生産魔法 一

 だった。

 練習の成果もあって、スタン爺さんに報告した時よりも生産魔法のレベルを下げることに成功していた。

 それでも、基礎魔法の全属性持ちでかつ生産魔法を持つというのはかなりの希少性らしく、何度も何度も結果を確認されてしまった。

 これで魔力量が「普通の魔法使い」ほどあれば目立っただろうが、面接官全員に憐れまれたほどの一般人レベルしかなく、中途半端で可哀想な子、というレッテルを貼られていた。

 シウの「研究したい」にも大変理解を示してくれて、マットもその事実を知っていたようだ。


 実際のシウのスキルは、魔力と知力が↑というマーク以外はそのままで、各属性魔法と生産魔法、鑑定魔法に空間魔法はレベル五ある。他にあれこれギフトまであって、ばれたくはない。

 この入学試験は、ある意味賭けでもあったので心底ホッとしたものである。


 ついでに今のうちにやっておけば後々楽かもしれないというスタン爺さんの勧めもあり、冒険者ギルドからの「特例ですが見習いから十級ランクに上げませんか」という言葉に従い、正式に会員登録した。

 まだ未成年だが、今のシウは本物の冒険者十級ランクだ。

 水晶に手を翳すときは心臓がどきどきしたものの、すんなりと通った。

 クロエが担当だったので、ばれた時はプライバシー保護を頼もうと土下座することまで考えていた。

 ギルドカードには名前と職業とランクなどしか出てこないので、今後はスキルばれすることもない。仮に誰かに知られても、大人になってスキルが増えたのだということにすればいい。

 そういった例は少ないが、シウの場合は今が未成年というのが良かった。

 未成年のうちはスキルが増えたり、レベルが上がるのも早い。

 そのためスタン爺さんもシウの本会員を勧めたようだ。

 それもこれも冒険者ギルドからの特例が許されたからだが、こちらはクロエとギルド長のサニウが推薦してくれたからだった。

 いわく、真面目に十級ランクの仕事をコツコツと続けるシウに、ご褒美をというわけである。

 本会員になると特典もあるし、なによりも身分が完全に保証される。

 今でもスタン爺さんが身分を保証してくれているから王都で住まうことは可能だが、やはり未成年であり、不安定な立場だ。

 ギルドカードというのは意外に力を発揮するものなのでこれからは少し安心といったところだろうか。



 ところで、この世界にも戸籍や住民票のようなものがシステム化されていれば良いのだが、データ管理が難しいので結構な穴があるようだ。

 ギルドでもデータは存在していても、管理してそれを更に活用するというところまでは能力も人員も割けないようだった。

 ではどうやって、別の地域のギルドでも仕事をしたりランクアップができるかというと、カードの裏に毎回「○級ランクで○○回、○級ランクで○○回」といった感じで受けた仕事の内容が表示されるので、後どれだけ仕事をこなせばいいのかなどが分かる。

 表には、名前と職業と現在のランク、それから本人の承認のみで「称号」があれば表示される。

 裏には他に、現在持つ賞罰(賞も本人の承認のみである)が書かれている。

 ペナルティー持ちが別ギルドへ行っても対処できるように、だ。

 裏技として、新しくギルドカードを作成することもできるが、ばれたら厳しい罰則があり、結果としてどのギルドにも属することのできない浮人か奴隷となるため余程のことがない限りは誰もしないらしい。

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