054 授業の免除とローブの仕様
ほぼ全ての授業を受け終わったのが四日後で、土の日に担任のマットと相談の末、幾つかの授業を免除する方向で再試験を受けさせてもらった。
試験は風の日に行った。
授業は週に五日で、土の日には終わるのだが先生たちは研究の指導も行うので風の日まで学校は開いている。
教師も休みとなるのは光の日だが、研究施設には一日も休むことができない内容のものもあるらしくて、学校に完全な休みというのはないそうだ。
試験の結果と話し合いの末、必須科目の魔術理論は中級までが免除となった。卒業するには中級までが最低ラインなので上級は受講しなくてもいいらしい。が、ぜひとも受けてみてほしいと言われたので取ることにした。
他に、教養も中級までは免除でと言われた。礼儀作法も含めて実践できているようなので構わないそうだ。ただし、教養の上級は受けておくべきだと勧められた。こちらには上級貴族との対応から城へ招かれた際に必要なダンスなどが含まれており、魔法使いとして上を目指すなら必須のようだった。
薬草学は上級までの全免除となった。山暮らしでの実践に、本による知識も合わさって全く問題ないということだった。むしろ講師になってもいいと太鼓判を押された。
他の科目はもう少し授業を受けてみたいと思ったので試験は受けていない。
ただ、基礎魔法の各属性科については思案中だ。このまま座学と実験ぐらいの内容ならば受ける必要はなさそうだと思っている。事実、教師からもシウは免除していいのではないかという話が出ているようだ。
これはシウに限ったことではなく、一クラスには優秀な生徒も多くいて、ほぼ全員が何某かの免除がされていた。
その為、風の日の試験ではクラスメイトと顔を合わせることも多かった。
学校に通い始めた最初の一ヶ月はこうした試験だったり、授業の組み合わせの変更などでペースを掴みづらくてギルドの仕事を思うように受けられなかった。光の日にエミナの顔色を窺いつつ受けていたような感じだ。
それでも一ヶ月も経つと慣れてきて、午前中に授業を詰め込んだこともあり、普段は午後にギルドの仕事を入れるようにした。
風の日には一日仕事のような依頼も受けてみた。主に王都外にある森での採取だったが、手慣れたものだから特に問題はなかった。
ただ、光の日は完全にギルドの仕事はお休みとした。やはりエミナにはいい顔をされなかったので、特に急用でもない限りは禁止となったのだ。年齢で言えば姉でもおかしくないのに、結婚しているからなのかエミナはまるでシウの母のようであった。
この休みの日に、趣味の料理を究めてみたり、今や完全受注となっている魔法袋の作成を行ったりしていた。
リグドールの勉強は、学校の授業のおかげもあってかほとんど必要なくなった。
たまに、先生の教え方がまずい場合など「理解できない」箇所が出てきたら、昼休憩を利用して勉強会をすることはあった。これにはアリスなど他の生徒も混ざって、わいわいと楽しんでいたのでリグドールも勉強が楽しくなったようだ。
これまでの勉強嫌いが嘘のようで、最近では図書館で自ら調べものをするところまでいっている。
カフェでの打ち合わせで、話の接ぎ穂にその話をしたら、ルオニールがとても感慨深い顔をしていた。子供の成長はやはり嬉しいらしい。
なので、図書館の本当の目的が「アリスと一緒に勉強したい」だとは継ぎ足さなかったシウである。
月が改まり、樹氷の月と呼ばれる寒い時期に突入した。一年でもっとも寒い月だ。
生徒には貴族の子弟が多いせいか、ほとんどが冬用の暖かいローブを誂えていた。毎日のようにローブを替えている生徒もいたが、大抵は素晴らしい一品を幾つか持つ程度のようだ。
シウのように同じローブをずっと着続ける生徒は少数派らしい。
庶民扱いとなるリグドールでも季節ごとに数枚ずつ持っている。もっとも彼は大商人の息子なので当然のことかもしれないが。
「それ、寒くねえ? 親父に言えばマルコーの店で作ってもらえると思うけど」
「ルオニールさんねえ。入学祝いにプレゼントしてくれるとか言い出したんだけど、僕、要らないって断ったんだよね」
「なんで」
「別にそれほど寒いわけじゃないし」
「……そういう問題?」
「そういう問題じゃないの?」
二週目の火の日だった。
休み明けというのはどこの世界でも気分が滅入るのか、リグドールも眠そうで怠そうな顔をして頬杖をついている。
「浄化使えるから汚れないし。生地はとっておきだし。付与してるし」
「あー、そっかー。いいよな。シウは付与が使えるんだったっけ」
生地も、在庫で眠っていたからとスタン爺さんからプレゼントされたものだ。誂えるには指定の仕立屋を使わなくてはならなかったが、ローブなら色さえ暗色系ならば持ち込みも可能だった。ただし持ち込み手数料は取られたけれど。
なにしろ仕立屋には黒しかなく、手触りや重さを考えたらどれも好みではなかった。
そんな話を何気なくしていたらスタン爺さんが倉庫から探し出して、こんなのはどうじゃ、と勧めてくれた。
とろりとした肌触りに頑丈な生地はシウの好みだったし、濃灰というのも良かった。
学校での評判は「汚らしい色」だったけれど、シウはとても気に入っている。
なによりも、グランデアラネアという蜘蛛の魔獣(魔虫?)から生み出された糸で作られた生地で、魔法耐性が強く防御力にも優れているのにとてもしなやかなのだ。超高級品と言われている品で、本来ならばシウが手にできるものではない。
では何故売れ残っていて、シウが手にできたのかと言えば、その色にあった。
このグランデアラネアの糸は元々透明なのだが、染めるのがとても難しいらしい。
最低限、生産魔法レベル四がないと作れないそうだ。
その代わり、染め上がったら、鮮やかで透き通った綺麗な色となる。
濃灰のような濁った色になるのは珍しいそうだ。普通は失敗しても透明のままか、あるいは消滅するらしい。
色さえ気にしなければものは良いのでどうじゃ、と勧められて迷わず受け取った。
しかも生地全体に付与をかけられるという優れものだった。出来上がったローブにこっそり自作のタグまで付けたので、付与の重ね掛けが行えたのも良かった。
たとえすれ違いざまに「腐った色」とか「汚い」とか「貧乏人には替えもないのか」と言われても平気だった。
「でもさあ、薄いから寒そうに見えるんだよな」
「夏はいいよね。薄いから涼しそうに見えると思う」
「……シウって前向きだよな」
「ありがと」
リグドールが苦笑する。彼は午後も授業があって、アリスがいない時はこうして昼休憩をいつもうだうだと言って過ごしていた。
「一応、中にカーディガンを羽織ったりして見た目に寒くならないよう努力してるんだけど」
「でも寒そうに見える。そうだ、そのシャツも悪いんだぜ」
「そう?」
シウはシンプルな造りの自分のシャツを引っ張った。形はカッターシャツに近い。
生徒のシャツは白ならば自由にしていいのだが、貴族は本来の服装から立襟が標準というのか常識的らしく、生徒たちもおおむね立襟が多い。更にはフリルが付けられている。
初めてその姿を見たときは、シウは衝撃で目を瞠ったものだ。
可愛らしい少年少女を最初に見ていれば違ったのかもしれないが、シウは王都の生活で偶然貴族を見かけたことがあった。それが縦にも横にも大柄なかなり恰幅のいい、頭頂部が薄い男性だったことも衝撃に輪を掛けた。
あんな男性でもフリルを着るのか! という驚き。
それがどうしても頭にこびりつき、立襟フリルシャツは選べなかった。
労働者の着る襟なしシャツもおかしいし――仕立屋で相談したら魔法学院の生徒がそんなシャツを着てはいけないと注意された――結局試行錯誤の末に立襟としても言い訳できるカッターシャツを作った。
ちなみに、数少ない庶民出の生徒たちはフリルなしの立襟シャツを着ていた。やはり彼等も恥ずかしかったのだ! とシウは思ったものである。
「前が開いてるからさ、寒そうなんだよ」
「うーん。じゃあ、マフラーでも巻こうかな」
「そういう問題じゃねえ」
「【ネクタイ】とか」
あはは、と自分で言って自分で笑っていると、リグドールが首を傾げた。
「シウは本当に変わってるよなあ。たまに訳わかんないこと言うし」
「あ」
また日本語を口にしていたようだ。慌てていると、リグドールが更に続けて言った。
「暴言吐かれても平気だし。俺たちのような庶民は嫌がらせばっかりでうんざりしてるのに、全然気にしてねえんだもん」
頬杖をついたまま、愚痴る。
「……嫌がらせって、そんなにひどいの?」
「いんや。それほどでもない。ただやっぱり、チクチク程度の悪いことでも、続くと気分が滅入るよな」
「そうかあ」
「俺はまださあ、親が大商人だし。こっちが立場が上になる貴族もいて、大きな態度をとれるとこなんて知れてるんだけどさ。ただまあ貴族だから見栄っ張りだろ? 表面上は立ててやらなきゃなんなくてさ。ちょっと面倒ってぐらい」
ということは、それではすまない生徒もいるのだろう。
本当ならシウがやり玉に挙がっていたのかもしれないが、リグドールの言う通り、子供の言う悪口など気にしていない。
「大体さ、自分の力でもない親の力で自慢するなっての」
リグドールの言葉はもっともであった。
シウも頷いて、リグドールを慰めにかかった。
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