055 薬草採取
リグドールには、こっそり空間庫から取り出したおやつを与える。
食べ盛りの子供だから昼ご飯の後だというのに途端に目の色を変えて食べ始めたあたり、可愛いものである。
寒い季節なので、熱い出来立ての大学芋モドキだ。本物のサツマイモではないが、芋の一種をそれらしくして作ってみた。
焼き芋も美味しいが、学校の食堂だと匂いが広がりそうで止めた。
空間壁で覆うことを一瞬考えたが、どこでどんなばれ方をするか分からないので極力使わない。
空間庫については魔法袋持ちだと申請しているので問題ないだろう。
「まだ食べる?」
「んや、ありがと。これ以上食べたら午後の授業で寝てしまう」
「午後はなんだっけ、教養?」
「そう。礼儀作法と薬草学。俺、もう嫌だ……」
なんだかまた落ち込み始めた。
今日は火の日だから仕方ないのかもしれない。
シウは、頑張れと言ってリグドールの肩を叩いてその場で別れた。
フェレスを伴い学校を出ると、一旦家に戻って服を着替え、ギルドに顔を出した。
受付には顔馴染みとなったカイルがいた。彼は誓言魔法持ちで、本来は中の仕事をしているはずだった。
「こんにちは、カイルさん。今日は、どうしたんですか?」
「やあ、シウ君。いやあ、ちょっとね、受付の子が何人か熱を出してね」
「……感染病ですか?」
「その可能性があってね、女性は後方に移ってもらってるんだ」
ん? と首を傾げてから、ハッとした。
妊娠の可能性がある女性が感染したらまずいからだろう。
「大丈夫ですか?」
「そのことで君に相談なんだけど」
「え?」
意味が分からずに困惑していると、カイルが苦笑した。
「薬草がかなり大量に必要なんだよ」
「ああ、そういうことですか」
ここ最近のシウは、風の日に王都外の森で薬草を採取している。薬草はいつでも依頼が出ているためかなり多めに採取して戻ったら、その量に驚かれつつも喜ばれた。
シウは奥深い山育ちで薬草集めは得意だったし、ギルドの本会員として登録した際には魔法袋の所持者であることも申告していた。今後の活動を考えれば伝えている方が安心だからだ。
カイルはそのことを示唆していた。
「症状は軽い方? 念のため中級薬の素材も必要かな?」
「というと、中級薬の目当てがついているってことかな。あの森にあったっけ。いや、薬草に関してはシウ君の方がプロだからね。ええと」
言いながら依頼書の束をひっくり返している。このへんがデータ管理のできていないデメリット部分になるなあと、シウが眺めていたら。
「あった。できればメディヘルビスも欲しいそうだ。あと、中級薬に必要な蛇魚の内臓と三目熊の肝臓があれば完璧らしいけど」
「どれも在庫にあるよ。ただ、乾燥してしまってるから、生のまま使うなら採ってくるしかないね。ただし、ロワイエ山まで行かないといけないから僕だと風と光の日を使うしかないんだけど、それだと間に合わないかなあ」
「……すごいね。あ、いや、ええとね、乾燥までしてくれてるなら尚良し、というか最高? だと思う」
「だったら、一旦家に戻って取ってくるよ。魔法袋には保管してないんだ」
「ああ、入る量にも限りがあるからね。とすると――」
また書類をひっくり返そうとしていたので、時間が勿体無いのでシウは話を続けた。
「ヘルバも大量に要るならこのまま森へ行くけど、どうしよう? その時に他の材料も渡すってことでいいかな」
一度で全部やった方がいいと暗に聞いてみたら、カイルも了承してくれた。
シウは急いで王都外にある森まで走って行った。
空間庫には大量に存在する薬草だが、そのほとんどを加工してしまっていた。使い勝手が良いように乾燥させて粉状にしたり、水と混ぜてポーションの基材としたり。
自分用だと考えていたせいで、こうして横流しする機会があるとは想像していなかった。
採取したら、ある程度何段階かに分けていた方が便利かもしれないと、この時に気付いた。
森まで走ったので二時間ほどで到着した。
横にはフェレスが残念そうな顔をして座っている。もう少しで成獣となるフェレスにとって、主を走らせているのは大変嫌なことらしい。
調教師のリコラによると、最近のフェレスはものすごくやる気に満ちているそうだ。他の騎獣の成獣たちと負けず劣らず「強気」で「乗せたがり」らしい。こういう性質の子は、仕事に誇りを持っているので王都内はともかく外ではできるだけ乗ってあげるようにと言われていた。
「あともうちょっとで乗れるね。その時はよろしく」
フェレスの頭を撫でて、お願いしてみた。
途端にフェレスの翠玉色をした瞳がらんらんと輝いて、がんばる! と伝えてくる。
あまりに可愛いのでこのままフェレスを撫でていたかったが、シウには薬草採取の仕事があった。
仕方なく、森の奥までフェレスと共に転移して、以前から目を付けていた穴場で急いで採取をしたのだった。
薬草は採りすぎてもいけないし、他の人のためにも少し残しておく。
採取後は、基礎魔法の水と土と光属性を使って栄養を与えてから、次の場所へと移動した。
誰も採りに来ていないようなので、ほとんどシウの畑と化しているがこれもマナーだと思っている。
奥深い山中で暮らしていた頃は、樵以外に誰も住んでおらず、薬草に限らず何でも採り放題だった。しかしここは王都である。資源は皆のものだから、考えて行動する必要があった。
どこかの国では伐採し尽くして失った貴重な薬草の山もあったという。
王都の図書館にある本で知って、どこの世界にもある問題だと思ったものだ。
「フェレス、次はきのこ探そうか」
「みゃ!」
最近はフェレスにも薬草や、食べ物になるものの匂いなどを教えている。
さすが希少獣で、毒草や毒の実などは食べる前に気付くようだ。本能というのはすごい。
「これが探すきのこね。あと、こっちの野草も美味しいよ」
美味しいというと途端に瞳が輝くフェレスだ。
シウに似たのか、食いしん坊に育ったフェレスは食べることが好きだ。
好き嫌いもアレルギーもないので、大抵はなんでも食べる。成獣となれば生肉だって食べられるようになるそうだ。魔獣の肉は魔素を取り込みやすいので人間も喜ぶが、生で食べられるのは獣ぐらいだ。希少獣は特に力を必要とするので魔獣を好んで狩る。希少獣が人から好かれるのもこのへんにあるようだった。
夕方になってもせっせと採取を続け、そろそろ帰宅しても大丈夫な頃合いを見計らって転移する。
一旦離れに戻ってから、乾燥させた薬草など中級薬にも必要だと思われる素材を空間庫から取り出す。
今日採ってきたものとは別に大きな袋へ詰めていき、荷車に置いた。
一般的な魔法袋の容量以上にあるので、わざとそうしている。
スタン爺さんに一言告げてから、暗くなった道を急いだ。
ギルドは高価な魔道具で明かりが煌々と照らされており、受付までを簡単に見渡せた。
カイルの姿はなかったので、別の、やはり顔馴染みになってきた職員に依頼書を渡すと共に、
「裏の倉庫に荷車を付けてます。頼まれていた薬草が大量にありますから手伝ってもらえますか」
と告げた。
「ああ! カイルから聞いてます。ありがとうございます!!」
そう言うと、後方にいた職員たちに声を掛ける。
素材の受け取り係や、鑑定係、処理係などの担当が一緒に裏へ回った。
荷車を入れてもいいというので、裏の倉庫からギルド内の一室へと運び込んだ。
そこにカイルも連絡を受けてやってきた。
「すごい! いや、ありがとう、シウ君。助かるよ、こんなにたくさん」
「メディヘルビスは新鮮な方が必要かもしれないと思って、採取したばかりのものを魔法袋に仕舞ってるから。ヘルバも大量にあるよ。ここにある乾燥させたものは、この季節には採れないものもあるから、ちょうどいいんじゃないかな」
そう言うと、素材の受け取り係が喜んだ。
「すごい。貴重なジンセンまである!」
「おお、青茸だけでなく赤茸もあるぞ」
「すぐに薬師を呼んでくるんだ!」
と、結構な騒ぎになった。
首を傾げていると、カイルが説明してくれた。
「あれから、冒険者のみならず、庶民街でも感染が増えていることが分かってね」
「え、じゃあ」
「庶民街で流行っていたものが冒険者を介してこのギルドに飛び火してきたようだ。幸い、隔離が早かったからこのギルドを介した広がりはないようだけどね」
風邪といって侮ってはいけない。早めに収束させないと、この世界では些細な病気でもひどくなることだってある。なによりも感染者が多いとどうしても治癒師や薬師は権力者から順番に診ていくことになり、結果的に庶民街での死亡者数が増えてしまう。
どのような感染病かは分からなかったので、各種揃えて持ってきたが水際で間に合ったようだ。シウはホッとして、家に戻った。
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