056 火属性の授業と新しい出会い




 明けて水の日の早朝、ギルドにもう一度顔を出した。

 昨夜は遅かったのと仕分けが大変なことから、翌朝に来てもらえないかと言って帰らされたのだ。

 受付にはクロエがいて、昨日のことを労われた。

 計算もできており、きちんと依頼も達成処理されていた。

 依頼書は受け取っていなかったが、緊急依頼として乾燥していた薬草分が受理されており、かなりの金額が手渡された。

「……多くないですか?」

「いいえ。もう少し色を付けてもいいぐらいよ。実際、薬師からは貴重な薬を大量に放出してくれた冒険者に後からお礼を言いたいと言ってたぐらいだもの」

「そうなんだ。でも、そんなに貴重な薬草はなかったけどなあ」

「この季節にあれだけの在庫を抱えていられるっていうのが、すごいのよ? 他にも中級薬や上級薬に使える素材まであったそうだし」

 そうなると、プロフィシバは出さなくて正解だったようだ。

 上級薬のもとになるものは他にも幾つか空間庫で保管しているが、中級薬でこれなら上級薬関係は目立ちそうだ。あまり外に出さない方が賢明だろう。

 王都だからもっと簡単にやりとりされていると思っていたのに、意外である。

 山奥では普通にそのへんに咲いていたりする薬草だから、爺様も二日酔いだなんだと言っては丸かじりしていた。考えれば勿体無いことをしていたようだ。


 そのままギルドを出て、急いで学校に向かった。

 クロエとあれこれ話していたら少し遅くなったのだ。

 授業が始まる前には滑り込んだが、学生らしい「遅刻ぎりぎりに教室へ駆け込む」状況がなんとなく嬉しくて笑ってしまった。

 リグドールには「変なやつー」と言われてしまったが。




 必須科目の授業は今のところまだ目新しい発見はなかった。

 すでに学校内の図書館は制覇しており、記録庫の中の本を読み切るのも時間の問題といった具合でこちらも新鮮味がない。

 学生らしい生活を満喫しようにも、リグドールやアリス以外には数人の友人しかできていない。午後はギルドで仕事を受けるので、せめて昼ご飯ぐらいはと思って食堂に顔を出すぐらいだ。

 そもそも、学生らしい生活というのがイマイチ分かっていない。

 人生とは難しいものである。

 そんなことを考えながら、シウは火属性についての授業を受けていた。


 各属性学は基本的には本人が持つものだけを習えばいいことになっている。

 ただし、それ以外のものも受けていい。というか、むしろ受けた方がいいと、シウは思っている。

 勉強嫌いのリグドールにも、かなり強めに勧めた。

 彼には火属性は備わっていないが、これは習っていて損にはならない。

 特に読書が死ぬほど嫌いなタイプの人間にとって、授業で耳にして実験を目の当たりにできるのは有用だ。

 アリスにもそんな話をしたことがあったので、彼女も火属性はないが授業を受けていた。

 リグドールが嫌々ながらも授業を真面目に受けているのは彼女のおかげでもある。


 最初の頃の座学に近い授業では眠そうだったリグドールも、実際に魔法を使った実践授業には身を乗り出していた。

「このようにして、火の攻撃はさまざまあります。火の特性を知ることにより、火属性を持たない魔法使いも対処を知ることが可能です」

 先生は特にリグドールとアリスを褒め称えた。久しぶりに火属性持ちでない生徒が授業を受けていて嬉しかったそうだ。

 そして、人間褒められると嬉しいものである。

 リグドールは勉強に身が入りだした。

 積極的に火の欠点を聞いたりもする。

「先生! じゃあ、単純に水をかける、だけじゃあ火には対抗できないんですね」

「そうです。良い質問ですね」

 先生は、火を消すには水と思いがちだが実際には火は魔法で起こしているのでその魔力量によっては水を蒸発させたり熱湯にさせるだけで終わることもあると、説明した。

 実際、火を完全に消す、あるいは回避するにはもっと別の方法を用いることがお勧めだ。

「バランスが大事です。たとえば有り余るほどの魔力量を持っていて、水撃魔法持ちであれば水属性を使った消火も可能でしょう」

 だけど、それでは魔力が勿体無い。先生も勿体無いとは言わなかったが、冒険者経験のある人間ならば魔力をばかすか使うのは無駄だと思うだろう。

 火を消すぐらい簡単だろうが、その中でも一番簡単で素早くできる方法を考えることが魔法使いを生き延びさせる。

 その考え方を教えてくれているのだ。

「たとえば料理中に火が燃え広がった場合、どうしますか?」

 先生が質問してきた。

 ただ、喩えがまずい。この授業でも庶民は数えるほどで、後は貴族の子弟ばかりだ。料理なんて誰もしないし、まず厨房など入ったことがないに違いない。

 仕方なく、庶民代表のつもりでシウが手を挙げた。

「砂をかけます」

「そう! 素晴らしい!」

 先生が手を叩いた。

「他にもありますね。思い付いた人はいますか?」

「水に浸した布をかける、と聞いたことがあります」

 ヴィクトルという少年が答えた。彼は貴族というよりは騎士位の出身だ。栄誉騎士位らしいので、一代限りではないが他の貴族子弟からは少し外れている印象があった。

「その通り。このように、火に対処する方法は幾らでもあります。魔法に頼らなくて大丈夫な場合は、無理をしないこと。魔法を使うのならば、どの方法が一番素早く簡単にできるかを考えてください」

 例えば、と言って先生がリグドールを指差した。

「あなたは土属性を持っていますよね。それを使うのも良いでしょう」

「え? ……あ、そっか、土をかぶせ、いや、固めてしまう?」

「その通り。防火壁も土属性を究めれば作れますよ」

「おお!」

 リグドールは自らの持つ属性がパッとしないと言っていたので、有用性が知られて嬉しいようだった。

 他にも火への対処について話が続き、なかなかに良い授業だったとシウは思った。


 各属性学では基本的なことは教えてくれるが、複合については上級でもやらないようだった。

 マットに聞いてみると、複合は難しいので学年が上がってから専門分野へ進まないといけないそうだ。

 驚いてしまった。逆にこのまま一年かけて各属性の初級や中級を習っていくのだろうか? そんなに習うことがあるのかなと不安になった。

 その顔を見て、マットは「やっぱり試験を受けて飛び級したら?」と言っていた。



 授業を受けるうちに、顔を合わせる頻度が高いのと、貴族でも貴族らしくないタイプの子供たちとは話をするようになった。

 先ほどのヴィクトルだったり、アレストロという少年であったりだ。

「やあ、ここいいかな?」

 ヴィクトルとアレストロが食堂の端に座っていたシウたちへ声を掛けてきた。

 ちょうど午後の授業があるアリスたちもいて、席は一杯だったがアレストロの従者が椅子を引っ張ってきた。

 この場で言うと、アレストロが一番立場が上になる。

 その為か、従者の少年が紹介してくれた。

「アレストロ=フェドリック様です。フェドリック侯爵家の第六子でございます」

 アリスたちは立ち上がって貴族の挨拶をしていた。

 シウとリグドールは学校内なので立つだけに留めた。

 本当はやあと言って手を上げるだけにしておくつもりだったのに、リグドールに引っ張りあげられたのだ。

「こちらはヴィクトル=ロスラー様、ロスラー名誉騎士家の第二子で、アレストロ様のご友人でもあります」

 階位にかなりの隔たりがあるが、アレストロというのは貴族にしては変人のようで、今も偉そうにするでもなく鷹揚に頷いている。

「わたしはエミル=スカーシュ、スカーシュ家の第四子です。アレストロ様の従者となります」

 ヴィクトルもエミルも十四歳で、コーラたちと同年齢だった。

 魔法学院に十二歳で入学するのは難しいらしく、彼等の方が普通だ。

「エミルは三クラスなんだよ。もうちょっとで同じクラスになれたのに、残念だ」

 ほやほやと笑う姿は、鷹揚というよりはのんびりしていた。ある意味、貴族らしい気がした。

「ところで、座っていいかな?」

「あ、どうぞ」

 あっさり簡単に答えたシウへリグドールが視線で怒っていたが、アリスは苦笑するだけだったし当の本人のアレストロは平気な顔をしていた。

「一度話してみたかったんだよね、君と」

 にこにこと笑って、アレストロはシウを見た。

「魔法の節約について研究したいとか。ぜひ、僕も参加させてもらえないだろうか」

 緑色の瞳をきらきらさせて、シウの手を握ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る