057 特許申請と薬草の大量発生




 新しい友人ができた。

 アレストロとヴィクトルだ。エミルはクラスが違う上に、アレストロにしか話をしないという徹底ぶりなので友人とは少し違う感じがする。

 ところで、何故アレストロたちがシウに近付いてきたのかというと、ヴィクトルの魔力量が少ないことが悩みのひとつで「魔力の節約」に興味があったこと。

 それから、アレストロが生産魔法持ちだから、ということだった。

 噂でシウが生産魔法を持っていると知った彼はどうにかお近付きになりたかったそうだ。

「それはいいんだけど、本当にこの学校って個人情報がダダ漏れだよね?」

 溜息を吐いたら、周囲の皆に笑われた。そんなことは普通のことらしい。

「貴族なんて情報だけで生き抜きますのよ」

 とはマルティナの弁だ。

 とにかくも、それ以来話すことが多くなった。

 昼休みには節約術について話し合ったりもした。あくまでも簡単に、だ。

 まだ大っぴらに公表するわけにもいかないので、辺りを憚ったのである。


 その節約術で、新しい魔術式を魔道具に付与し、商人ギルドにて特許申請した。

 魔術士ギルドもあったが、魔道具も含めた特許申請は慣れている商人ギルドの方がいいだろうと思ったのだ。

 最初は個人で役立てるつもりでいたのに、下位通信魔法でキアヒから連絡がきて、知り合いにペンダント型の魔力量計測器がばれたのですぐに特許申請しろと言われたのだ。

 真似するには時間がかかるだろうが、アイディアはこちらが先だと言われたら困る、ということであった。

 仕方なく申請して、すぐ受理され、商品化までの素早かったこと。さすが商人ギルドである。

 その際に、これからも良いアイディアが出たら即買い取るか、特許申請の許可を出すので是非とも来てくれと言われた。

 お世辞だと思っていたら、ザフィロ経由でクロエから、

「新しい魔術式完成したか聞いてほしいって言われたのだけど」

 と聞かれてしまった。

「魔道具に付与するタイプの魔術式は開発してないなあ。他は個人的に使うものばかりだし」

「……シウ君は能力の使い方が偏っているわよね」

「そうかな?」

 でも、生活に根差した「便利さ」を求めているのだから普通だと思う。

 人間とはどこまでも楽をしたい生き物なのだし、その為に知恵を絞るのだ。

 特にシウは、無駄が嫌いだから、この魔術式の節約を考えるのは大変楽しい。趣味としてなら五番目に入れてもいいぐらいだ。

「ところで、明日あたり遠出をしようと思っているんだけど、ロワイエ山方面でお勧めってありますか?」

「あら、ロワイエ山まで行くの? 遠くないかしら」

「ええと、騎獣を借りる予定なんだ」

 少し嘘をついて、答える。

「そうなの。そうよね、フェレスはまだ幼獣だものね」

 視線でシウの隣、腰辺りを見る。フェレスがぴっとりと張り付いていた。

 大人になれば獣舎に預けられるので、こうしてギルド内に入ることはなくなる。子供のうちの特権だ。

「そうね、幾つかあるのだけど、コルディス湖から西に流れる川の下流域で薬草が大量発生しているようなの。ヘルバぐらいだと思うけど、先日の感染病のこともあるから依頼は常に出されている状態で、採取してきてもらえたら有り難いわね。ただ、場所が場所だけに七から八級ランクだったの」

「ああ、それで十級ランクのところになかったんだ」

「本当はもう少しあなたのランクを上げてもらいたいところなのよ。勿体無いわね」

 ふうと溜息を吐いてから追加情報をくれた。

「しかも場所が遠すぎるのに、ヘルバ程度なら依頼料も高くなくてね。そこまで行く価値がないと、敬遠されてるのよ」

 なるほど。確かに普通の冒険者からすれば、わざわざロワイエ山の麓まで行こうという気にはなれないだろう。

 ただ、シウには空間魔法がある。

 簡単に転移してしまって、採取後も空間庫に放り込んでしまえば楽だ。

「じゃあ、それ、受けようかな。ぎりぎりのランクだけど、大丈夫かなあ?」

「……受けてもらえるなら助かるから、そうねえ、ちょっと待って」

 不良債権に陥らないために、なんらかの操作をするのだろう。シウは見ないフリをしていた。

 やがて出された依頼書には、長期貼り出しのため九級に下げることとする、と一文が足されていた。

 お互いに苦笑しつつ依頼書を受け取ると、シウはフェレスを伴って帰宅した。


 翌日、朝早くに家を出て、王都の外に出てからロワイエ山まで転移した。

 目当ての場所にそのまま辿り着いたのでヘルバなどの大量発生した薬草をせっせと採取した。これも慣れてくると魔法でできるので、生態系を壊す勢いの薬草を手早く刈り取ろうと、一面全部に空間魔法を行使した。

 念のため、生産魔法で、種類分けを行う。

(《分類》)(《抽出》)(《ラップ》)

 一ブロックはそうして、

(《乾燥》)

 残りは使いやすいように一気に乾燥させた。風と光属性があれば簡単にできるので、空間壁に入れてから行う。

 同時に、

(《異物除去》)

 も掛ける。

 それにしても、大量にある。

 シウの今回の目的はロワイエ山の高域や頂上で採れる特殊な素材集めで、依頼のヘルバ採取はついでだった。

 しかし、異常なほどの大量発生は気になる。

 薬草が多いから良いことのように思えるかもしれないが、何事も過ぎたるは猶及ばざるが如しである。

 原因を調べておこうと、シウは上流へ向かった。

 フェレスは慣れない川のロッククライミングに最初は悪戦苦闘していたが、冷たい水もなんのそので、段々と楽しくなってきたのか、にぎゃみぎゃと嬉しそうだ。

 体力や筋力のレベルアップにもなるので、シウも積極的に魔法を使わずに登った。

 イオタ山脈とは違って日差しもよく入り、さすがに霊峰と呼ばれるだけあってロワイエ山付近でも霊験あらたかな清々しさがあった。

 大して深くもない山を数時間かけて登り続けると、目の前に急に大きな空間が拓けた。

 コルディス湖だと分かった。

「綺麗だなー」

 一層、空気が澄みきっていた。

 湖には山脈の中でも一際高く飛び出ているロワイエ山が映っている。この季節は雪に埋もれているので、まるで富士山のようだった。

 湖を取り囲む木々は、冬なのに青々としていて立派な大木だ。

 そのように素晴らしい景色なのだが、どうもおかしい。

 湖の畔まで歩いていくと、やはり何かが蠢いている。

 なんだろうと思っていたら、フェレスが横で「にぁー」と妙に情けない声を出した。

 なんとなくだが、変なのがいるー、といったように聞こえた。

 面白くてつい笑ったら、フェレスがモップのようなふさふさした尻尾でシウの足を叩いた。

「ごめんごめん」

 そんな調子でゆっくりと歩いていけば、やがて違和感の正体に気付いた。

 この世界に来て、初めて見た魔物だ。

「ああ……これがスライムかあ!」


 【子供の登下校を見守り隊】にいた頃、聞いたことがあった。

 スライムなんて簡単にやっつけられるよ! と。

 ところがこの世界では、元冒険者の爺様によると、意外にスライムは狩るのが難しいらしい。

 にゅるんとしていて切り辛く、叩いてもべちょっとなるだけで元に戻る。

 手で捕まえるには意外と素早くて逃げられるし、燃やそうにもなかなか火が付かない。

 水系の魔物らしく、水では対処が無理だ。氷を使って突き刺そうとしても、こちらも剣と同様になかなか突き刺せない。

 そういうものだから冒険者のランクが低いと倒せないそうだ。

 あまり害があるわけでもないし、魔核も小さすぎるそうだから、費用対効果を考えると討伐には向かないらしい。

 よって、冒険者はスライムを狩ったりはしないのが常識だった。

 とはいえ、である。

 目の前には湖を埋め尽くす勢いでスライムが大量発生しているのは、いくらなんでも拙かろう。

「栄養過多の原因かな? スライムにも魔素はあるし」

 うーん、とシウは思案した。

「でも大元の原因は別かー。スライムだって大量繁殖する理由が要るよね」

 どちらにしても、スライムの大量繁殖により、湖に住む生物にも生態異常を引き起こす危険があるので心配だ。実際、もうすでに生態が狂っているかもしれない。近くには大量の水鳥が倒れていた。

 シウは試しに考えた魔法で、近くのスライムを狩ってみた。

(《魔素吸収》)

 あっさりと死んだ。つつくと、にゅるんとはしているが動きはない。手に取るとぷるんぷるんとしていたが、特に問題はなさそうだ。

 そのまま空間庫へ放り込んだら入ったので、もう生きてはいないようだ。

 ならばあとは簡単である。

 見える範囲一帯に、(《鑑定》)(《抽出》)(《魔素吸収》)を掛けた。

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