058 スライム繁殖の理由
間違えて他のものを殺してしまわないよう、鑑定をかけてからの作業だったので、脳内の魔力量計測器は一気に値を振り切ってしまった。
下流域での時にシウが持つ元々の魔力をほとんど使い切っていたので、今は魔力庫からの流用だ。久々の大量使いで、神様も喜んでいることだろう。
この調子で、シウは湖の中まで埋め尽くされたスライムたちを狩ってしまった。
そして大丈夫だと分かっていても気になるので、ブロックごとにラップをかけて空間庫へ入れた。
その後、湖の中を調べてみた。
調べると言っても、寒い冬の中、潜るのはちょっと勇気がいる。
魔法で《俯瞰》というのがあるから、《潜水》で視線を潜り込ませてもと思ったが、ふと潜水なら潜水艦のように空間壁で自分を囲んで潜ればいいんじゃないだろうかと考えた。
それがすごい発見のように思えて――どちらにしたって同じことなのだが――自らに潜水服を纏う感覚で空間壁を作った。
歩くとそれに合わせて動く優れものだ。
フェレスは水に入るのが怖そうだったので、置いていくことにした。寂しそうに「みー」と鳴くので可哀想だったが、これから仕事をしていればこういうことも増えるだろう。
ごめんね、と言って湖に入った。
最初は緩やかだった湖底も、そのうちに急坂となり、やがて断崖絶壁となった。
潜水服型の空間壁内には当然空気が入っており、そのせいでふわふわと降りていた。ここにきて時間がかかりすぎることに気付いて、一気に下りることにした。
念のため、途中途中を視覚転移してから、後追いするように転移していく。
(《潜水視覚転移》)(《分離》)(《散開》)
幾つかに切り分けてみた。魔力量が一気に使用されるが、ここまできたら節約も何もない。
同時展開しながら湖底に辿り着いた。
かなり深いので暗いが、自動暗視が利いておりよく見える。水質は澄んでおりとても綺麗だ。
綺麗だから、よく見えた。
(わー、水竜だ)
たくさんの水竜の、名残があった。
墓場にしてはおかしいので、近付いてよく見てみると。
(縄張り争いかな? それとも雌の奪い合い?)
雄ばかりが死んでいた。それもつい今しがたまで争っていたような様相だ。
中には互いの首に噛み付いたまま壮絶な最期を遂げた二体もいる。
どうやら、このせいで高濃度の魔素が流れ出て、湖畔に生息していたスライムが大量繁殖したようだ。やがて下流にも影響を与えたのだろう。
その割には湖に棲む魚や魔獣をほとんど見かけない。
(水竜の争いに巻き込まれたか、身を隠している間にスライムが先に繁殖して餌となったのかな)
人が倒すには難しいスライムも、魔物からすれば最下層扱い。
しかし、数の暴力というものがある。
最低ランクの生き物でも急激な繁殖に伴って周りを飲み込んだのかもしれない。
魔素を取り込むのはスライムの得意とするところだから、有り得ると思った。
(どちらにしても傍迷惑な存在だなあ)
少しだけ思案して、シウは水竜たちを空間壁で取り囲んだ。
自分を含めて一気に湖畔まで転移する。
フェレスが大きな水竜たちを見て、にぎゃっ、と慌てていたが、死んでると分かると途端に欠伸をして昼寝の続きに入った。相変わらずマイペースな猫、もとい猫型騎獣だった。
互いの首を噛み合って死んでいる水竜は、死んで間がないようなので新鮮だった。
それらは丁寧に解体した。
竜は初めてなので、ゆっくりと書物通りなのを確認しながらの解体だったから一体が終わるまでに三時間もかかった。
二体目は早かった。
竜は食べられるというか、むしろ食べるべきらしく、超高級食材になるようだから新鮮な竜の肉だけはラップをして空間庫へ入れた。
残りの十数体は素材として切り分けていった。こちらは水に浸かったままで、腐食はしていないが微妙な気分だったのであくまでも素材扱いだ。
空間庫に入れて混ざったら嫌なので――そんなことは過去に一度もないのだがやはり気分の問題で――ラップにちゃんと「死後数日以上経過、お腹壊すかも!」とメモしておく。
処理が終わったのが昼も大幅に過ぎた頃だったので、慌てて湖畔にテーブルなどを用意した。
「フェレー、ご飯だよ」
「にゃ!」
昼寝などどこ吹く風、さっきまでのゴロゴロした態度を一変させてフェレスが走ってきた。
「先に飲み物ね。はい、野菜ジュース」
フェレスは野菜サラダが嫌いだ。だから毎回ジュースにしている。まとめて作っているので空間庫から出すだけでいいから簡単だ。
果物も入ったそれを、フェレスは野菜とは思っていないようで喜んで舐める。
「美味しいねー」
「みゃ、みゃ!」
ちょっとおバカなところがあって、それもまた可愛い。
シウは、にこにこ笑いながら、鉄板を取り出した。
「水竜、ちょっと味見してみる?」
記憶では大丈夫だったとは思うが、念のために記録庫の中の本を読み返してみた。
そのまま塩コショウで食べてもいいし、熟成させてもいい。燻製にも合うそうだ。
部位によってお勧めも違うらしいが、竜の肉はあまり手に入らないので研究はされ尽くしていないようだ。
少し楽しみだった。いや、大いに楽しみだった。なにしろ水竜は大きく、食べられる部位も大量にある。
「あばらの所が脂も乗っていてステーキにはいいかなあ」
早速取り出して焼くと、ジュージューと良い音をさせる。
フェレスが涎を垂らしてジッと鉄板を見ていた。
「まだだよ。ちょっと待ってね。……レアがいいかな。一応《鑑定》っと、大丈夫だね」
シウはともかくフェレスは毒にあたることだってある。毒を見分けられるとはいえ、竜については分からないかもしれない。心配で鑑定してみたが、魔素が大量に含まれる以外は特に問題はなかった。
フェレスにはレアを用意した。
まだ熱々なのに、爪で切り分けてはふはふしながら食べている。
シウも焼き終わってからナイフとフォークで食べた。
「あ、美味しいね!」
「むぎゃ!」
食べながら返事をしてくれた。
水竜の肉は牛とも違う、濃厚な味がする。魔素の量だろうか? 獣臭いわけでもないのにコクがある。これは下手にソースをかけない方がいいだろう。塩コショウのシンプルな味付けがいい。
部位によって違うとは思うが、味付けを考えるのも楽しそうだ。
早く手を付けたいが、まだやることがたくさんあった。
今回の目的はロワイエ山の高域や頂上で採取することだ。
余計な時間を取ってしまったので急がないといけない。
「フェレス、ここ気に入った?」
「みゃ!」
「じゃあ、テントはここに張ろうか」
食べ終わってからテントを張り、空間壁で覆った後は当初の予定通りに山脈の奥深い場所へと転移した。
ロワイエ山の頂上は雪と言うよりは雪氷状態で、歩くのも難しかった。
雪山用の靴に履き替えて移動したが、久しぶりの雪山に面倒くさくなってくる。
とはいえこれもまた練習であり、訓練だ。
特にフェレスは経験のない場所だから、彼のためにも「楽」をするのは良くない。
幸いにしてフェレスは寒いのは大丈夫そうだ。
ただ、ズボッと埋まってしまう雪に困惑していた。それでも、そのうちに楽しくなったのか雪に飛び込むようにして進んでいる。
最近は魔力も使えるようになり、落ちそうになっても、ふわふわとだが飛びながら落ちていくので安心だ。
何かあってもすぐに転移して助けられるとは思うが、念のために安全対策に関する付与を彼のスカーフに付けていた。
「あ、あった」
雪氷の下に儚く存在する茸。白い水泡のようなぶつぶつがびっしりと付いた、見るからに気持ち悪い見た目だが、とても貴重な素材だ。白粒茸という名で、上級麻酔薬にも使われる。
この時期でないと採取できないので、貴重な上に高価だ。
他にも雪の下でしか存在しない一冬草などがあった。これは上級薬の更に上の、最高級薬に必要な素材の一種だ。主な成分は回復で、死にかけの人を蘇らせると言われるほどの強力な効果がある。逆に、強すぎて使い方には気を付けなければならない。そのまま口に入れると魔素の暴発を引き起こす。
薬というのは毒にも薬にもなるとはよく言ったものだ。
シウ自身には薬は必要ないが、フェレスを始めとした周囲の人々に何かあったら心配だから、こうして集められるものは集めていた。
一冬草は不思議なもので、冬の一番寒いこの時期の雪の下にしか生えない。
それ以外の季節に同じ場所へ来ても、根さえ見付けられないので、奇跡草とも呼ばれていた。
ロワイエ山の頂上にはたくさん生えているようなので、シウも心置きなく採取できた。
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