059 再会




 午後は夕方までかけて延々と薬草などの採取に徹した。

 フェレスが雪遊びに飽きてきたので、転移でコルディス湖まで戻り、土属性の魔法を使って簡単な四阿を作ってから晩ご飯にする。

 ご飯の後は、フェレスが遊び疲れて眠そうにしていたので浄化を掛けてから、テントに入らせた。

 シウは夜景を楽しみながら、本を読む。


 湖はシンとしていた。空に輝く月の光が湖にも落ちている。

 美しくて不思議な光景だった。

 かつての人生で見たような気もするし、見たことのない景色にも思える。

 ただ、あの頃と違うのは、体全体がこの世界を感じ取れているということだ。

 本やテレビ、インターネットという平面の世界ではなく、圧倒的な立体感存在感のようなものを全身で感じ取っている。

 自分の目で見て、匂いを嗅ぎ、耳が音を拾う。

 肌が厳しい寒さを知り、足は土の鼓動を受け取る。

 どこか遠くで聞こえる生き物の声。息遣い。冬の冷たい空気。精霊の視線。

 自然と渦巻く空気の流れ、これは魔素の匂いのようなものだろうか。

 感覚が研ぎ澄まされていく気がした。

 まるで超感覚のような。

「生きてる……」

 この世界で生きているという実感が、改めてシウを覆った。

「夢じゃない。ここで生きてるんだ」

 すごいことだと思った。

 そして、これからもずっと、生きていける。

 この光景を見続けることができるのだ。

 この超感覚を経験できる。

「……神様、ありがとう。冒険者になるのを勧めてくれたのも、転生させてくれたのも」

 どこかで笑っているような気がして、シウも笑った。

 あのとぼけた少女の神様は、今は他の転生者で遊んでいるのだろうか。

 地球のサブカルチャーにとても詳しい、変な神様。

 もし叶うならば、いつか他の転生者とも会ってみたいと思った。

 そしてシウと同じように、この世界を満喫できていればいいなとも思った。




 翌日も早朝から、冬山に慣れるための特訓兼、冬の高山でしか生えない野草や薬草などを採取した。

 コルディス湖に戻ったのは昼よりも前だった。

 少し早いが昼ご飯にしようと準備をし始めて、ハッとした。

 振り返れば、湖の対岸に誰かがいる。

 息をするのと同じような感覚で普段から全方位探索は掛けている。ただ、今回は安全ではない山中だから、探索の距離を強めていた。

 それなのに全く引っかからなかった。

 いや、ひとつは分かっていた。小さな生き物だった。ただの獣の子だと、思っていた。

 シウがジッと対岸を見つめていたら、相手もまたこちらを見ているようだった。

 フェレスがシウの様子に気付いて同じように対岸を見る。

 暫くして、湖畔を歩き出した。いや、歩くにしては速い。しかし走っているのでもない。

 大柄なのだろう、そして鍛えている。

 やがて、それが誰なのかを知った。

 驚いたまま、声が届く範囲まで近付いてきた二人連れを見て、フェレスはちょこんと首を傾げていた。どこかで嗅いだ匂いがすると、思案しているかのように。

 確かに彼等には会っている。

 自然と《人物鑑定》を掛けていた。

 が、何故かパチンと音がしたような感覚で、名前以降の情報が遮断された。

「あれ」

「それは礼儀に反すると、習わなかったのか?」

 大きな体の男が言った。

「あの……」

「以前は、表面だけだったので許した。それに、物知らずの子供だろうと思った」

 だが、今は王都で暮らしている。そのことを身形やらで気付いたのだろう。

 シウは恥ずかしくなった。

 そして慌てて頭を下げた。

「ごめんなさい。失礼なことをしてしまいました」

 頭を上げると、竜人族の彼は驚いたような、いや表情に変わりはないのだが瞳が変化していた。

 何故だか、怒っているのではないことが、分かった。

「あの、鑑定魔法のレベルをあげようと見境なくやってたので、それで、無意識に、って、言い訳ですね。本当に、ごめんなさい」

「……いや、もういい。理由があったのだろう。悪いわけでもない。ただし、人族以外、特に竜人族やハイエルフなどには人物鑑定魔法を掛けるのはご法度だ」

 よく分からなくて、シウが少し不安そうな顔をしたら、彼は教えてくれた。

「裸を見られるようなものだと言えば、人には伝わるか? 我等は姿形よりも、心や能力で相手を判断する。相手の了承なく、知るものではない。戦いに勝ったのならばその限りでないが」

「それは、その、戦士だからですか?」

「……そうか、あの時に見たのだったな。いや、戦士でなくとも、能力により相手に勝てば知ることもある」

 そう言って、腕に抱いていたハイエルフの子供を下ろした。

 まだ幼いのに、とても美しい子供だった。

「ふぇー」

 フェレスを指差して、嬉しそうに笑う。

 覚えていたようだ。

 フェレスも思い出したのか、あるいは好意を向けられていることに気付いたか、先ほどまでの不安と警戒気味だった気配が消えて、幼児に近付いた。

「あ、えっと」

「良ければ、相手をしてもらえるか? この子が珍しく懐いている」

「あなたさえ、良ければ、ですけど」

 困惑しながらも子供は好きなので請け負った。

 ただ、固い態度が気になったのだろう。彼は視線を和らげつつ、言った。

「普段通りでいい。構わぬ。我はただ、我等の礼儀を教えただけだ」


 ちょうど昼時だったこともあり、フェレスの上に子供を乗せて遊ばせながら、シウは二人分追加で用意を始めた。

 竜人族の彼はそのつもりはないと言ったが、ハイエルフの子供が喜んだので諦めたようだった。

 その際に自己紹介もしてくれた。

「我はガルエラドと言う。竜戦士だ。あの子はアウレア。普段はアウルと呼んでいる。お前もそう呼ぶがいい」

「……僕、シウです。シウ=アクィラ。えっと、魔法使い? です」

 まだ職業に自信がないので、不安になりつつ答えると、ガルエラドは金のように見える瞳を細めた。

「アクィラ、鷲か?」

「ハイエルフとは関係ないですよ、たぶんだけど」

「そうか」

「ところで、ハイエルフは食べ物に忌避とかあります? 野菜しか食べないとか」

「いや。ああ、だが、アウルはその傾向が強いようだ」

「わあ、じゃあ大変ですね」

「……難しければ、昼は別で」

「あ、そういう意味じゃないです。ヘルシー志向なので菜食主義の人のメニューも考えられますから。そうじゃなくて、ガルエラドさんは肉食だろうから、大変だったろうなと思って」

 言いながら、空間庫から生野菜などを取り出す。

 ガルエラドが瞳の色をまた変えた。表情は変わらないのに、意外と瞳は雄弁に彼の心を表すようだ。少しだけだが面白いと思ってしまった。

「さいしょくしゅぎ、というのか? そうか」

「造語かも。僕、変らしいので信じないでくださいね」

「ああ、そうだな」

 肯定されてしまった。

 だが何故だか嬉しいような、それでいて妙な気分だった。

「ところで、ガルって呼んでもいいですか?」

「……何故だ」

「ガルエラドさんって呼びにくいから」

「……構わぬ。確かに名前を他に知られるのは好まない」

 そういう意味ではなかったのだが、まあいいかと思いなおす。

 シウにしては自ら歩み寄ってのことだ。

 このような相手には積極的に話しかけないと会話が成立しないような気がする。

 そう思って、あれこれと会話を続けた。


 じゃれ合っている子供たちを呼び、それぞれに渡す。

「これ、野菜と果物のジュースね。零さないように気を付けてね」

 幼児にはサラダより、飲み物が良いだろうとその場で作った。作り置きを出さなかったのはガルエラドに警戒されたくなかったからだ。

 目の前で野菜を取り出して調理した。

 その後は安心されたので、作り置きの豆腐や、豆と野菜の煮物を取り出す。

 スープは昆布出汁の味噌味にした。こちらも野菜たっぷりだ。

 主食としてアウレアにはパンとご飯を出してみたが、意外にもご飯を気に入ってもらえたようで、柔らかめに炊いたものをスプーンで頬張っていた。

 アウレアはチーズなどもダメらしく、かなり厳しい菜食者のようだった。

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