060 竜人族




 ガルエラドにも野菜サラダを出したら、嫌そうな視線をくれた。

 だが、出されたものを残すということはしなかった。

 もしかしたらこれも彼等のいう礼儀なのかもしれないとは、後から思ったことだ。

 メインは肉が良いだろうと思い、シウが、

「飛兎と岩猪と火鶏と三目熊の肉のどれがいいかな、あ、水竜もあるんだけど」

 そこまで口にした時、ガルエラドが四阿の椅子から立ち上がった。

「水竜だと?」

「あ」

 竜人族にとっては拙かっただろうか。シウが謝ろうとしたら、ガルエラドはドッと椅子に座りなおした。

「水竜を狩ったのか」

「ええと、僕じゃないです。あー、その、湖底にいました。お互いの首を噛み合った状態で死んでいたというか」

「……なるほど」

 なんとなく説明しなくてはいけないような気になってきた。

 そんな目をするのだ。

 ジーッと、金茶色の瞳で。

「そもそもは依頼で、ここからずっと下流域にある砂礫地にヘルバが異常発生していたので採取したんです」

 チラッとガルエラドを見たら、うむ、といった様子で頷く。腕を組んでちょっと偉そうな感じだが、偉ぶっているようには見えないから人徳(?)だろうか。不思議な人だ。

「調査依頼じゃなかったけど、異常発生の原因を調べないと生態系が狂っていることに後で気付いたら困るし、二度手間なので、上流まで来ました」

「依頼ではないのに、調べに来たのか?」

「あ、はい。で、そこでこの湖にスライムが大量繁殖してまして」

「……そうか、スライムか」

「それを狩った後に、大量繁殖の原因もヘルバの異常発生と同じじゃないかと思って」

「湖に潜ったのか?」

「えーと、はい」

 厳密には潜っていないのだが、まあ同じことだろう。

 言葉を端折って、更に続けた。

「湖底に十数体の水竜の遺体があって、このままだと魔素が充満して良くないと思ったから、その、移動させてですね、で」

 揉み手をするわけではないが心情的にはガルエラドの顔色を窺うような声になっていたようだ。

 彼は苦笑して、そう実際に頬の筋肉を微かに動かし、声も柔らかく返してきた。

「いや、怒っているのではない。ただ、原因を知ってな」

 シウが首を傾げると、ガルエラドは座りなおして、更に詳しく教えてくれた。


 ここ最近の竜たちの様子がおかしいので、竜人族の仕事のうちでもある「竜の調査」を続けていたらしい。

「たぶん、その様子からしても、数百年に一度の大繁殖期がやって来たようだ」

「繁殖期ですか」

「おとなしいとされる水竜でさえ、死闘を繰り広げるのだ。この争いに巻き込まれると大災害を引き起こす。とうとう始まったというわけだ」

「……あの、同じ竜を食べたら、ダメということは」

 ギロッと睨まれてしまった。

「同じではない。我等はワイバーンやクエレブレとは違う。確かに竜化もするが、最高位のドラゴンと同じ血筋とされているのだ。下位の竜と同じにしてくれるな」

「あ、すみません」

 難しい問題のようだった。

 心の底から謝ったのが伝わったからか、ガルエラドは話を変えた。

「ところで、お前は、おかしな魔法を使うのか」

「……シウです」

「む、そうか。シウだな。シウよ、鑑定魔法のみならず、このように妙な魔法も使うとは、大魔法使いの生まれ変わりではあるまいな」

「大魔法使いって何ですか? ていうか、妙な魔法って、失礼な」

 四阿を見渡して言うので、少しむくれたシウだ。

 ガルエラドは何故かアウレアを見るような瞳で、シウを見て言った。

「大昔にいたのだ。偉大な魔法使いがな。だがやはり――」

 ジッと見て、瞳の色を和らげた。

「違うな。言い伝えとは性質が違うようだ」

「鑑定したんですか?」

「いや、我に鑑定魔法はない」

「あれ、でも、阻害されました、よね?」

「……我等が持つ魔法の一種だ。こちらも問いたい。何故、あの威圧を受けて平気なのだ」

「威圧?」

「種族特性の魔法だ。我等は威圧などで相手の動きを留めることが可能だ。先ほどは威圧と拒否を使った。普通ならばその場に立ち竦んで気絶するか、剛の者でも逃げ出すものだ」

 シウは首を傾げた。

 そのようなものは感じなかったからだ。

 確かに怖いなーとは思ったが、それは顔というのか、態度というのか。

「何もしてないけど……」

「そうか。お前は、いや、シウか。シウは、不思議な力を持っているのだな」

「うーん、どうかなあ。えっと、鑑定魔法と」

 何故か、彼には話しても良いような気がしてしまった。

 どこか心の奥底に信じられるものを感じ取ったような、妙な感覚。

「空間魔法と生産魔法と、あとは基礎魔法の各属性を持ってるだけです。あ、他にギフトの――」

「待て! 言うな、言わなくていい」

「……えと」

「言うんじゃない!」

 怒られてしまった。


 その後、静かに、だがしっかりと、叱られた。

 能力をペラペラと晒すのは礼儀に反するのだそうだ。

 それをしていいのは戦い――殴り合いに限らず――に負けるなどした時か、求婚を受けた時だけらしい。

 長でさえ、詳しくは民の能力を知らないのだ! と言っていた。

 種族が違うと考え方も違うようだ。

 最後にごめんなさいと謝った。



 ところで、水竜の肉は大変喜ばれた。

 竜人族と言えどもなかなか竜の肉は食べられないとか。

 なんだったら分けようかと言ったのだが、持ち運びに困ると返された。

 だったら、魔法袋を貸すよと言うと、

「……それは」

 無言になって、かなり長い間考え込まれてしまった。

 仕方ないので付け足した。

「……アウルに新鮮な野菜を食べさせるには、良い考えだと思うけど」

「う、む……」

 まだ思案するので、

「友達に貸すのは普通のことだよ。ええと、人族では」

「……む」

「アウルのこと、事情は分からないけれど大事に育ててるんだよね?」

 竜人族が、森から出ようとはしない引きこもり種族の子供を育てているのはおかしい。そのことに触れてみたら、やはり触れられたくはなかったようで、ギロリと見られてしまった。

 が、すぐに小さく溜息を吐いて、了承した。

「……分かった。だが、返す当てがない」

「うーん、あげてもいいんだけど」

 ギロリと視線がまた飛んできたので、シウは慌てて継ぎ足した。

「それだと嫌だろうから」

 考えながら、ふと思いついた。

「角を触らせて!」

「……なんだと?」

 ガルエラドの容姿は、薄褐色の肌色に金交じりの茶髪、瞳も金茶色だ。髪を伸ばし、ポニーテールのように後頭部の高い位置で結んでいる。

 見た目には角は見えない。

 が、あるのは本によって知っていた。退化しているが、耳の上あたりに突起があるということだ。それが気になっていた。

「あ、やっぱり角はダメ? じゃあ、尻尾もダメかあ」

「……尻尾だと」

 あ、ちょっと怒ってるかもしれない。シウは少しだけ、後退った。

「……交換できるようなものも、我は持っていない。そして、お前、シウは物を知らない。ならば、まあ、許されるかもしれん」

「まずいなら……」

「構わぬ。ここに角の名残がある。触れ」

 触っていいらしい。しゃがんでくれたので、前髪を掻き分けて見せてくれた場所に手を置いた。

 さわさわと撫でるように触れたら、突起が分かった。

「すごい。格好良い」

「……む、やはりお前は変だ」

「そうかなあ」

「それと、尻尾などとは二度と言うな。我等は竜尾と呼んでいる」

 どこか自慢げに言うので、思わず笑いそうになってしまった。なんだかちょっと可愛らしい気がしたのだ。

 顔は厳めしく、眼力鋭く、左目の下には涙袋のように見える傷があって、表情筋もないような大男だけれど。

 妙に憎めない大男だった。

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