061 竜の大繁殖期は大災害
魔法袋は空間庫に保管している。
試しに作ったものも含めれば在庫はたくさんあるので、ガルエラドに向いた無造作な雰囲気のある革の鞄を取り出した。
そこに、生の水竜の肉、王都で仕入れていた生野菜、作り置きしていた豆腐や豆の料理、炊いたご飯などを次々と入れていった。ついでだから、余っている三目熊の生肉と燻製したものなどを入れる。
「いや、それほど要らぬ」
「でもまだ旅は続けるってさっき言ってたよね?」
「だが」
「アウルの好きな果物も入れておくね」
「……うむ」
アウレアはこの季節に果物が食べられるとは思ってなかったようで、ひどく喜んでくれた。菜食者ならば食べられるものも限られるから、それは嬉しいだろう。
「この辺りは全部野菜だけで作ったスープとかジュースだからね。ガルも食べてね」
「……む」
「肉と魚と、それ以外で分けて入れたから。スープも魚出汁とかは入れてないよ。安心してね、アウル」
「ありゃがと」
ほにゃっとした顔で笑う。
アウレアは白い肌に金髪碧眼という、まるで想像上の天使のようだ。やはり長い髪で、こちらは結っていない。さらさらと金糸のように流れ落ちている。
「あうる、しーう、すき」
「ありがと。僕もアウル好きだよ」
可愛いなあ。懐かれ具合がフェレスと同じで、ついつい頭を撫でてしまった。
幸いにして、ハイエルフは頭を撫でても良いようだ。
今度、学校で先生に各種族について教えてもらわねばならない。
また失敗したくない。
本にも載っていないので、あとは先生に聞くしかないのだ。あるいは。
「シウは、シーカーで学ばないのか?」
そう、ラトリシアの魔法学校だ。あそこには他にはないほどの規模の本があるという。
「シーカー魔法学院へ入学するには、推薦を貰うか、各国にある最高魔法学府の上位成績者でないと無理なんだって。でもどうして?」
「……お前ならばと、思った」
「一応、目指してるんだけどね」
「そうか」
「本を読みたいんだ」
「……本が目的なのか? てっきり偉大な大魔法使いを目指しているのだと」
それは誰なんだと思ったが、シウは苦笑して頭を振った。
「僕、偉大ななんとかにはなりたくないよ。堅実に謙虚に静かに暮らしていたいんだ」
「……難しいのでは?」
「そうかなあ。とにかく、本を読んでいろんなことを知りたい。そしてたくさんの景色に出会いたい。ガルと違って、仕事らしい仕事がないからこんなこと言ってられるんだけどね」
「不思議な子だ。だが、お前らしい気もする。……シウよ、我等はまた出会うだろう」
ただの挨拶のような韻ではなかった。
どこか、厳かな響きがあった。
そしてシウも同じことを考えた。
ガルエラドとアウレア。この二人にまた再会するだろうと思った。
「うん。また会おう」
「しーぅ、ばいばい」
可愛らしい小さな手が、ひらひらと揺れる。
別れの時が分かっているようだった。
いろいろと詰め込んだ鞄をガルエラドに渡し、シウは聞いてみた。
「この辺りで異変があるって、どうやって知ったの?」
「ワイバーンの噂話だ」
「……話が通じるんだ?」
思わず呟いたら、何故だか苦い様子で、
「あいつらはギャーギャーと煩くて話を聞き出すのが難しいのだ」
と言った。
どうやら会話をするのは大変らしい。
「少し前からロワイエ山に近付けなくなったとかで、煩かった。同位種か高位竜の縄張り争いだろうと思っていたが」
大災害を引き起こすかもしれない大繁殖期に入っていたというわけだ。
「他に幾つか気になる場所がある。そちらを調べてから一度、竜人族の里に戻るつもりだ」
いつか行ってみたいと思ったが口にはしなかった。
代わりに。
「気を付けてね。僕も気になることがあったら、調べてみる」
そう、口にした。
「無理はするな」
「もちろん。僕にしかできないことを、やるよ」
「……そうだな。そうしろ」
了承してもらったので、シウは目の前で彼に通信魔法を使った。
「(聞こえる? これで、何かあったら伝えるね!)」
最後にガルエラドの見開いた目を見られて良かったと思った。きっと彼の精一杯の驚き顔だったに違いない。
思い出すたびに何故か笑いが漏れるシウだった。
新しい友人たちとの邂逅で、昼ご飯の時間が長々と過ぎ、午後は採取を止めた。
すでに目当ての量は採取できていたし、それよりも余韻に浸っていたかった。
フェレスも同じように思うのか、ごろごろするでなくコルディス湖を眺めていた。
その色は、アウレアの瞳に似ていた。
夜、遅い時間になってシウたちは転移で王都の外へ戻った。
王都の中央門を抜ける時に、門番から「子供はもっと早くに帰りなさい」と注意を受けたので、ごめんなさいと謝ってから急いで家に帰った。
エミナはおらず、スタン爺さんが一人で月見酒をしていたので、シウはフェレスを先に寝かせてからお邪魔した。
ガルエラドの話をしておきたかったのだ。
スタン爺さんになら能力は知られているし、話の流れも説明しやすい。
「大繁殖期じゃと? それはまずい」
「そんなに大変なことなの?」
「うむ。その竜人族も言っておったろうが、大災害を引き起こすのじゃ」
「……そうなんだ」
「戦争よりも悪いと、言う者もおる」
忌むべき戦争よりもというからには理由があった。
「時と場所を選べないのじゃ」
「戦略的には、困るね」
「予想がつかんのでな。天候災害よりも更に難しい」
どこにどう防御を立てておけばいいか予測が成り立たないのだから、確かに大問題だ。
「だとしても、言えぬしのう」
そうなのだ。
どこからの情報か、ギルドにも言えない。
話の流れを説明するには、大前提のシウの存在が困ったことになる。
「どのみち、予測のつかないことじゃから、言ったところでどうしようもならんしの」
「……噂話程度にも流せないかな?」
「ううむ。そうじゃのう。まあ、知っておくのと知らないのとでは、少しは違うかもしれんが」
悩みながらも、スタン爺さんは伝手を頼って噂を流してくれると言ってくれた。
子供のシウには難しいので、有り難いことだった。
どちらにしても対症療法しかできないのが災害だ。
事前に対策が取れることなど知れている。
それでもいつか災害が来るかもしれないと知っていれば、普段から身に着けられるものが増えるかもしれない。
できれば人や環境に影響のない場所で、行ってほしいものだ。
それが人の我が儘な意見であると分かっていても、やはりそう願ってしまった。
翌日の早朝にギルドへ顔を出して依頼のヘルバを提出した。
かなり多めに渡したので計算が遅くなり、学校へはまた遅刻ギリギリとなってしまった。
学校から帰宅した後は半日を使って一昨日と昨日に採取したものの下処理を行ったり、調合したりして過ごした。
水竜の調理研究にまでは手が回らなかった。
予想以上に採りすぎたようだ。
考えないようにしていたが、もしかしなくても必要量を大幅に超過している気がする。
気がするも何も、実際のところ多すぎる。
「……かと言ってギルドに持って行っても目を付けられるだけだし」
オーバースキルもいいところだ。ばれた時が怖い。
闇市でオークションに掛けることも考えたが、とりあえず保留にした。
魔法袋が高額で取り引きされると聞いて以来、一度オークションは見てみたかった。
が、下調べもなしには行けない。
最低限、子供であることがバレないようにする必要もある。
夜、シウはスケジュール表にあれこれと書き込んだ。
その横ではフェレスが相変わらず邪魔をする。幼獣の間だけの癖かと思っていたが、彼はたぶんこのまま成獣になっても変わらない気がした。
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