062 友達と森へ勉強に




 数日ぶりにギルドへ顔を出したら、クロエが担当を代わって、シウに話しかけてきた。

「学校、忙しかった?」

「あ、違うよ。この間採取した残りを、いろいろ処理してたんだ」

「……あんなにヘルバを採取してきたのに、それ以上に採っていたの?」

 あははと笑って誤魔化した。

 クロエも苦笑しつつ、話を変えてくれた。

「最近、変な噂があるのよ。竜の大繁殖期が来るんじゃないかって」

「え、そうなの?」

 おお! もう話が広まっている。

 わざとらしく聞こえないか気にしつつ、クロエの話に相槌を打った。

「ロワイエ山でも異常があったと聞いたの。この間ヘルバの異常繁殖があったでしょう? だから少し心配で」

「何か関係あるのかもね」

「ええ。だから、あちら方面へ行くのは控えてくれると有り難いのだけど」

「……はい。了解です」

 仕方ない。

 ところで気になることがあった。

「クロエさんは、どこでその情報を?」

「ああ、その」

 クロエの顔が少し赤味を帯びた。

 なんだろうと思っていたら、彼女が顔を寄せて、小声で教えてくれた。

「ザフィロとね、居酒屋に行って、そこで薬師たちの話を聞いて」

「ああ、デートで」

 思わず口にして、クロエから艶めかしい睨みを頂いた。




 その週の最後の通学日にリグドールからある提案をされた。

「シウ、あのさ。明日、王都の外の森へ一緒に行かないか?」

「何しに?」

 若干、嫌な予感がして半眼になって聞いてしまった。

 リグドールも言い難そうに、小声で答える。

「……来週から防御や戦法戦術の授業が本格的になるだろ? それでその、予習というか」

 必須科目の実践授業がそろそろ難しくなってきたようで、今日の授業も難しそうに顔を顰めていたのを思い出した。

「魔法実践の授業も、付いていくのがやっとでさ、その、家庭教師? やってもらえたらなーって」

 こわごわ、窺うように聞いてくるのでなんだか可哀想になってきた。

 最近はずっと座学の方も一人で頑張って勉強しているが、パンク寸前のようだった。

 この辺で息抜きをした方がいいのかもしれない。

「いいよ。じゃあ、明日、行こうか」

「本当か!? やったー!!」

「その代わりびしばしやるからね?」

「……はい」

 がっくり落ち込んでいたが、自らやる気になっているのは良いことだった。

 えらいえらいと頭を撫でていたら、アントニーが笑いながら寄ってきた。

「何やってるの? ていうか、君たち本当に仲良いね」

「トニーか。ちょっとな、シウに家庭教師頼んでたんだ」

「あ、いいねえ」

「いいだろ。あー、良かった。引き受けてもらえて」

 二人の会話を聞いて、シウは顔を引き締めていた。

「トニーも午後の授業あるんだろ。なんだっけ?」

 だけどどうしても笑いが漏れそうになる。

「言語学と生物学。嫌だなあ」

「俺は教養。トニーは教養は免除だもんな? って、シウ、なんで笑ってんの?」

「あ、ごめん」

 だって。

 トニーと誰かが呼ぶ度に、友人のグラディウスがトニトルスという名剣にトニーと愛称を付けていたことを思い出してしまう。

 アントニーが不思議そうな顔をしてシウを見るので、なんでもないよと笑って誤魔化した。


 その日、シウはリグドールと一緒に帰り、アドリッド家に寄った。

 ルオニールは不在だったが、執事のロッドに会えたので明日の遠出の話を通しておく。

 リグドールはまだ子供なので何かあったら心配だろうし、なによりも報告は大事である。

 もちろん、何もないように護衛を兼ねるつもりだ。

 ロッドも念のために護衛を付けようかと言っていたが、リグドールが頑として受け入れなかった。

 何のための予習かと、言いたいらしい。

 このへんは視野の狭い子供らしいところだ。

 シウはロッドに視線で、護衛も請け負うからと伝えた。

 彼は即座に了承してくれた。後でリグドールに軽くお説教でもして終わるだろう。


 シウにそこまで任せてくれるのは、スタン爺さんを護衛した旅の経験があると知っているからだ。

 また、かつてリグドールの家庭教師をしていたのでシウの能力をある程度理解している。アドリッド家お抱えの護衛たちとも仲良くなっているので、防御に関してなら自信があることをよく分かっていた。

 はたして。

 翌朝ロッドから、くれぐれもよろしくお願いしますと頭を下げられながら、怒られたであろうぶすくれた様子のリグドールを渡されたのだった。




 早朝なのでリグドールは少し眠そうな顔をしていたものの、王都の中央門を出る頃には元気いっぱいで機嫌が良くなっていた。

 二人はアドリッド家の兎馬に乗って移動している。

 本当は普通の馬か騎獣に乗りたかったようだが、これもロッドに反対されたようだ。

 まだ騎乗術に慣れない子供が大きな馬や騎獣に乗るなど絶対にダメだと、言われたそうで。兎馬なんてと、ぶつぶつ文句を言っていた。

「でも兎馬可愛いよ」

「可愛いけどさ……女子供が乗るものだろ」

 小さくて可愛いのにと、シウは自分の乗る兎馬を撫でた。性質は穏やかで命令もよく聞く。見た目も可愛らしく、長い耳が特徴的だ。

 それと、何故か兎馬だとフェレスが嫉妬しない。

 他の騎獣に乗ろうものなら、ぷんぷんしているのだが――最近は特に――兎馬が引き出されてきたのを見たときは「あー、あれかー」みたいな反応だった。

 どういう基準かよく分からないが、フェレスに尻尾で叩かれないのは良いことだ。

「女子供って、僕たちまだ子供だけど」

 一応たぶん。

 そう思って言ったのだが、この時期の少年らしく背伸びがしたいのか、ふんっと鼻息荒く返してきた。

「俺はもう魔法学校にも入学した立派な男なの!」

 ふうん、とよく分からない相槌を打つ。

 難しい年頃だ。


 朝が早かったせいか、森に到着した時はまだ朝のうちだというのに、リグドールは腹が減ったと漏らしていた。

「しようがないなあ。じゃあ、軽くね、はい」

「やった! シウのサンドイッチだ!」

 昼ご飯はリグドールもロッドから用意されていたようなので彼のリュックサックに入っている。こうした装備をちゃんと持たせているのも勉強のうちだ。

 ただ、近くの森ということで食糧を余分には持ってきていないので、シウの方から取り出した。

「美味しー。この飛兎の揚げたのがまた美味しくて! 俺、ほんと、これ好き」

 竜田揚げは子供や男性には大人気で、ドランの店のランチメニューでも上位に入っている。

 この国には片栗粉というものがなく、揚げ物は小麦粉を付けたものぐらいでメニューが少なかった。

 そこに下味を付けて、ジャガイモから作ったデンプン粉に塗して揚げるというメニューを投入したらあっという間に人気が出たのだ。カリカリとした食感が好まれている。

 他にもパン粉を付けたコロッケや、天ぷらも人気がある。

 当然ながら、子供はこういったものが大好きだ。

 父親のルオニールからも、そしてシウからも話を聞いていたリグドールは、ドランの店で食べてからシウのレシピの大ファンになっていた。

「どうやったらこんな味付けとか、考えられるんだ? すごいなあ」

 純粋な称賛に、申し訳ない気持ちがないわけではない。

 それを考えたのは自分じゃないんだけどなあ、などと考えながら全方位探索を広げる。

 いつものではなく距離を広げたもので、最近は無意識にやりつつある《広範全方位探索》だ。

 幾つかの気になる点はあったが、離れていたので無視することにした。

 リグドールが食べ終わるのを待って、また兎馬に乗る。

 彼の手の浄化はシウが掛けた。

 魔力量が多いので、水属性を持つリグドールなら手洗いぐらい簡単だろう。

 しかしこれから、浅いとはいえ森の中に入る。

 魔力温存のために今は使わせない。

「森に入った時から本番だよ」

「はい!」

 わくわくした様子のリグドールに苦笑しつつ、シウたちは森の中へ足を踏み入れた。

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