063 土属性魔法
兎馬を歩かせながら、シウは馬上から座学で習った薬草などについて説明した。
「あれがヘルバ、このへんは森の浅い場所だし、あまり生えていないから採取は禁止」
「ええと、採りすぎたら株がなくなって、二度と生えてこないから、だな?」
「そう。あと、あっちの小指の爪ぐらいの白い花が咲いてる野草、あれは軽い毒を持っているから気を付けて」
「毒!?」
「そう。ちょっと痺れるぐらい、かな。大量に飲むと死にはしないけど、内臓を悪くして最悪は寝たきりになるよ」
「治癒魔法でも治らない?」
「早期なら、治るよ。ついでだから言うけど、怪我でも病気でもね、発覚してすぐなら魔法で治るんだ。だけど気付かないうちに進行していたら、体がそれを受け入れてしまって、治せなくなる」
「先生が『治癒魔法は常態に戻す』って言ってたのは、そういう意味だったんだ……」
なんでも治癒術で治ると思っている人も多いが、それは無理がある。
失った腕を取り戻せたりはしない。
壊れてしまった内臓も元には戻らない。
時戻し、という名の嘘か真か分からないような薬なら可能だろうが、現在では物語上の産物だと言われている。
「一番いいのは怪我をしないこと、病気にならないこと。危険なことはしない、だよ」
「……冒険者のシウに言われたくないなあ」
「僕は、危ないことが何か知ってるし、知らないことは知ろうと勉強してるよ」
「そうなの?」
「うん。危険な目に遭わないように、最大限の努力をしてる、つもり」
不思議そうな視線が飛んできたので、シウは隣を向いた。
「普段からなるべく歩いたりして体力を付けてるよ? お風呂に入った後は柔軟体操。筋力を上げる運動もしてる。そうして体を鍛えれば怪我は少なくなるからね。それから、食事も好き嫌いせず、万遍なく食べて栄養素を取り入れてる。病気に掛かり難くなるよ。家に帰ったらうがい手洗いで病原菌を払う。それから、危ない場所へは近付かない。どうしても行くというのなら、事前に下調べは行う」
最初は「なんだそんなこと」といった様子のリグドールの顔が、段々と真面目な顔付きになってきた。
「どのルートがいいのか、幾つものルートを考えておく。どれだけのパターンを考えていても無駄にはならない。むしろ足りないのだと思う。持参するものも吟味するよ。持てるだけの量を考えたら、あとは必要か必要でないかを仕分けていく。食糧は多めに、服は少なく。何が一番大事なのか。その時その時の自分に問うんだ。今、何を一番大事にしなきゃいけないのか」
そう言って、もう一度リグドールの顔をジッと見た。
彼も見返してきて、少し考えた後にこう言った。
「……今は、何が一番大事?」
シウは即答した。
「リグドールを無事に帰すこと」
「……シウ」
「僕、冒険者だからね。だけど、もちろん、そうじゃなくてもリグドールを守るよ」
笑うと、リグドールから力が抜けた。
そして気遣うようにチラッと兎馬の横を歩くフェレスに視線をやった。
シウは笑いながら、
「フェレスはもう大人に近いから。逃げろと言えば、僕等より早く逃げられるよ」
逃げてもいいんだよと、フェレスにもリグドールにも伝わるように呟いた。
リグドールは神妙に頷いたあと、そうっと兎馬の鬣を撫でていた。
森の奥の拓けた場所まで行くと、兎馬から降りた。
「フェレス、この子たちを見ていてくれる?」
「にゃ」
繋いでおくのもいいが、何かあった時のことを考えて離しっぱなしにした。
フェレスにもそろそろ何かを見張っておくことや守ることを覚えさせたかった。
「じゃ、防御からやろうか」
荷物を置いて、説明する。
リグドールは今日も学校の制服を着ているが、これは制服の生地自体が防御を成すからだ。高級な生地は伊達ではなかった。
ちなみにシウは、厚めの白シャツにエミナから貰った女性用のチュニック、厚地の綿布生地で作ったズボンという地味な格好だ。ただし、一番上に三目熊の毛皮で作ったベストを羽織っている。
「それにしても猟師みたいな格好だなあ」
苦笑でシウを見つめて、リグドールは肩を竦めた。
「せめて毛皮の胴着をローブに替えたら、まだましなのに」
「僕にはその格好の方が恥ずかしいんだけど」
魔法少年みたいで、気恥ずかしいのだ。
シウも肩を竦めて、話を進めた。
「リグは水と土と木属性だったよね?」
家庭教師をした際、先生に隠し事はできないとステータスを教えてくれた。
魔力量は五十五ある。
そもそも、学力がそれほどないリグドールが魔法学校の一クラスに入れたのはこの魔力量の多さなどによる。本人もそれは自覚していて、足を引っ張る学力を底上げしようと頑張っている最中だ。
「それぞれレベル二だったよね?」
「うん。だから一クラスだったんだろうけど、今となっては足枷だー」
普通の庶民は水属性がレベル一だけ、といった感じで、大抵はひとつの属性でレベルも一しかない。
複数属性があるだけでも魔法学校に入れる資質はあり、更にはレベルが二あったり、魔力量が多いとクラスも上がっていく。
シウの場合、レベルは一ばかりだが――もちろん偽装である――各属性が揃っていることで上位クラスへ配されたようだ。
「レベル二あるのは、良いことだと思うけど」
「そうかなあ。俺は器用なシウの方が羨ましいけど」
「あー、僕の場合は節約しないと使えないからね」
「器用貧乏? あれ、こういう場合には使わないか。言語学で落とされそうだ……」
「はいはい、落ち込むのは後ね。じゃ、まずは各属性だけで使用してみよう」
真面目な顔をすると、リグドールも背筋を伸ばして視線を強くした。
シウの言葉のひとつも漏らなさいよう、前を向いている。
彼の一生懸命さに心の中がほんわかするのを感じながら、シウは教え始めた。
基本的なことは学校の授業でも習っているので、その復習がてら水を出したり、土を盛らせたりした。木は難しいので、後回しだ。これは他の人でも同じで、考え方、イメージの問題だから使えないことが多いらしい。
「防御に使うなら、水の盾、土壁だね」
「できるかな……」
「レベル二あるなら、自分の身を守るぐらいの盾は作れると思うよ」
不安そうなリグドールに、イメージを強めるための説明を続けた。自信がないと使えるものも使えない。
根気よく、イメージを伝えていく。
「火が飛んできたら、包むようにして消すのか、あるいは弾きたいのか。それで盾の形も違ってくるよね」
「うん」
「土壁は大きいと難しそうって考えて、失敗するんだと思う。だから、最初は自分が屈んでみたらどうだろう」
「屈む?」
「そう。小さい壁に隠れる感じ」
「おお! それならできそう」
などとやっているうちに、いつの間にか使えるようになっていた。
「あとね、土魔法がすごいのは、穴掘りが簡単にできることだよ」
「穴掘りって?」
「敵の足を止めることができる、すごい技なんだけど」
「え、そうなの?」
うん、と頷いて、続けた。
「岩猪が襲ってきても、穴掘りして落とせば足止めになるよね。直前で掘ってもいい。あらかじめ掘っていてもいい。そこに穴があると分かったらなかなか踏み出せないよ」
「ああ、それ」
「これが戦法戦術に役立つ話」
「そっか!」
「土魔法はかなり使い勝手が良いから、いろいろ考えると良いよ。過去の情報を集めるのも大事だからね。知らないよりは知っていた方が、断然いい」
「生き延びるために、だな」
「そう」
森の中での勉強だからか、特に身が入っているようだった。
実感として、危険な空気を感じ取れるからだろう。
どこか遠くから聞こえる獣の声。普段、見ることのない薄暗い景色に、現実を感じさせてくれる。
「水と土の複合技も、覚えておくと便利だよ」
「複合……。でも俺にできるかな?」
難しいとされているが、シウはイメージの問題だと思っている。
「考えて。ここに水と土を混ぜたらどうなるかを」
「……泥?」
「泥があったら、敵はどうなる?」
「……足が取られる、ぬかるんで鬱陶しい、えっと、あれ? 水を多くしたら、埋まる?」
シウはしゃがみこんで、手のひらサイズの泥だまりを作った。水だけを出して、指でかき回しただけの、小さな泥だまり。
リグドールは男の子だから、大商人の子とはいえ、庭で泥んこ遊びもしただろう。
その経験が今に至る。
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