219 休みの過ごし方と補講授業




 週末の三日間、シウはあれこれと物づくりに徹していた。

 鬼竜馬と黒鬼馬の解体したものから、コラーゲンを抽出したり。使わない部位や表皮の下の皮膚部分も大いに役立った。骨からも大量に摂れた。鑑定してみるとかなり上質なものと分かった。

 これらを精製してから、ガラス瓶に保管していく。

 コラーゲンは化粧品関係に使うので別にした。試しに化粧水に混ぜて自分で使ってみたが、相変わらず艶々した肌なので違いが分からないとエミナには言われてしまった。

「ぷるぷるなのよね」

「そんなにぷるぷるしてるかなあ?」

 エミナにはつんつんと頬を突かれた。

「うん。シウって、地味ーな顔してるけど、よく見たら肌が綺麗で顔も可愛いのよね。……なんで地味に見えるんだろ?」

「さあ」

「ま、羨ましいし悔しいけど、こうして化粧品をもらえるからいいわ」

 ありがとーとクルクル回って喜びを表していた。


 こんなに上質なコラーゲンや美味しいお肉が取れるなら、もっと狩ってみたいと思って冒険者ギルドに顔を出して依頼がないか調べてみたが、王都のギルドにそんなものは出ていなかった。鬼竜馬や黒鬼馬なんて凶暴な魔獣が王都の近辺にいるはずがないのだ。

 少し考えれば分かることなのに、バカだ。

 落ち込みかけたが、クロエと顔を合わせたので世間話をして帰った。


 商人ギルドには新しい化粧品の特許を出して、すぐさま業者との打ち合わせに入ったりと、その日を過ごした。


 他には心のメモを思い出して、クナイを作ったりもした。

 調子に乗って、小さい頃に失敗した撒菱も鉄で作ってみたが、重くなるのでやはり使い道はなさそうだった。

 けれど、光の日に遊びに来たアグリコラへ見せてみたら、随分と面白がっていた。投げナイフとして使えそうなクナイよりも撒菱の方が気になるらしく、改良してみたいと言うのでどうぞと渡した。



 明けて火の日。

 いつもは午前中休みだったが約束していたので朝から学校に向かう。朝の挨拶が終わった頃合いで、普段なら閑散としている教室には生徒たちが集まっていた。

 クラスの教室は、朝の挨拶や小単位集会などでしか使わない。残りの時間は自習室になったり荷物置き場になっていた。

 その空いた教室を使うようマットが取り計らってくれたようだ。

 実技の場合は一番小さい中庭を開けておくので、そこを自由に使っていいとも言われた。随分と手回しのいいことだった。

 そして、マットやリグドールたちの話を聞いて、他のクラスメイトも数人残っている。

「俺たちも一緒に教えてもらいたいのだが良いか?」

 ということなので、いいよと快く受け入れた。

「じゃあ、何からやろうか。時間割って決めてた方が良い?」

「あ、こっちで考えてきた。こういうの」

 リグドールが紙を出してきたので、他のクラスメイトも覗き込んできた。

「魔術理論と薬草学が一番足を引っ張ってるんだよな。アレストロたちも同じく。これは攻撃や防御と違って、見てるだけでいいってわけにいかないし。基礎の方は皆なんとかなってるから、大丈夫だと思う。君らはどう?」

 リグドールがイーサッキというクラスメイトに聞いた。いつもはアルゲオの取り巻きとして近くにいるが、今日は一人だった。

「僕も薬草学が苦手なんだ。魔法実践も厳しい」

「あ、分かるわ。わたしも魔法実践は苦手」

 とは、ブレンダだった。他の女子生徒二人もいる。

「じゃあさ、魔術理論、薬草学、魔法実践の順番で午前中を割り振ろうか」

「どうせならさ、最後が実技になるなら、もうひとつ戦法戦術もまとめてみてもらえないかな。攻撃や防御の科目も、見てるだけでいいとは言っても、最終的に試験はあるわけだし」

「課題が出るものなあ」

「四つに分けて、毎週やるということで、いいかな?」

 アレストロも交じって話し合いが進み、十分ほどで話が付いた。


 教えてもらう側の学習成果にもよるが、おいおい中身を変えて行こうということになり、早速補講が始まった。

 魔術理論は本の内容を諳んじるだけなので、本当は難しくない。

 ただ眠いだけなのだと思う。むしろシウの方が彼等よりずっと、この本の理論が理解できなくて苦しかったほどだ。

 だって、中途半端な魔術の構造を覚えさせられるのだ。

 せめて大昔の古代語でならばまだ良かったのに。

 なので、最初にシウは皆にどちらをとるか選んでもらった。

「本を丸暗記する方法を勉強したい人と、魔法が使えるようになる理論を勉強したい人に分かれてもらっていい? 両方に教えるから」

「……そういえばシウは、独自に理論を編み出して論文を提出したんだよなあ」

「うん」

「正直そちらを習いたいところだけど、今からじゃ厳しいかな?」

「アレストロたちは節約術の、簡略化について知っているから、そうでもないと思う。あの流れだし」

「うーん、じゃあ、魔術理論の科目は落とす覚悟で、そちらを受けてみようかな」

「俺もそっちだな」

 リグドールやヴィクトルもそちらを選んだ。

 イーサッキやブレンダたちは丸暗記を選ぶ。コーラとクリストフも丸暗記派だ。

 机を両端に分けて並べ、それぞれに方法を教えた。

 丸暗記の方も、基本的に魔法のイメージ力について知っていないと理解できないので、最初は同じように説明する。

 とにかく、目で見て、事象がどうなっているのかをよく観察することから勧めた。

 やはり火を説明するのが一番早くて分かり易いので、火の構造についてを話した。

 少ない魔力量で火を灯せたイーサッキたちはかなり驚いていた。

 その後も授業で教わる内容の、ちょっとした隙間を埋めていき、最初の補講は終わりとなった。


 次の薬草学だが、これこそ丸暗記の最たるものなのだけど、実際に自分に関係があると分かれば興味もわいてくるだろうと、それぞれ出してみた。

「男子は怪我を治す薬ね、あと回復のポーションや、二日酔いの薬もそろそろ気になるんじゃない?」

「おおっ、これが実物かあ」

 と集まってくる。

 薬草学の授業では、本を開いてこの葉はどういった効能があって、といった流れで習うので実物を見たり、また薬草を使った現物がどういうものかまでは教えてもらわないのだ。そうしたものは高学年で習う。

「二日酔いの薬なら、俺も欲しい」

 イーサッキがそう言って瓶を手に矯めつ眇めつする。

「女子は、こっちの方が興味深いかも」

「わ、これ可愛い。なんなのこれ、シウ君」

「保水美容液だよ。化粧水の次に付ける、お肌をツヤツヤにするポーションのようなものだね」

「それはどういったものですの!」

 ずっと傍観者としてつまらなさそうにしていたマルティナが飛びついてきた。彼女は授業にはさして興味がないらしく、ただアリスの付き添いのためだけに勉強しているだけだった。

「マルティナ様」

「あら、ごめんなさい、ベアトリス様。よろしいかしら?」

 最初に質問していたのはベアトリスだが、一応謝りはしても割り込んだまま当然のような顔をしているマルティナに、シウが苦笑しつつ説明しようとしたら、

「マルティナ、だめよ。ベアトリスさんが聞いていたのに」

 アリスに注意されていた。マルティナはばつが悪そうに、半歩下がった。

「あ、いえ、よろしいのです。アリス様、わたしは」

「いいえ。この授業は、いえ、この学校では生徒たちは誰もが平等なのですから」

 いいわね、とマルティナにも言い渡し、アリスはシウに向かって頭を下げた。

「ごめんなさい。お話を止めてしまいました。どうぞ、続きをお願いします」

「……はい。では、この美容液に入っているものですが」

 と言って、成分を説明していく。男子たちは自分に関係ないという顔をしていたが、

「将来、恋人や奥さんにプレゼントすることもあるんだよ? 成分って大事だから聞いていた方がいいよ」

 と言うと慌てて身を乗り出していた。

「こうした成分というのはね、魔術理論にも関係することだけど、どういう効能があるのか、どういう場合に効くのかといった地道な研究の末に分かったものなんだ。それらを組み合わせて、更に良くするのが今の僕のやってること」

「先人たちの知恵を利用して、ということですの?」

「そうだよ。その薬草学の本も、元になっている。ここにあるヘルバはポーションの基礎中の基礎で、基材となるものなんだ。他に精製水も必要だね」

「あ、習ったわ」

 シウはにっこり笑って続けた。

「ヘルバは、一般的な基材の元になるもので、他の薬草を邪魔しないんだ。そして人体に吸収させやすくする、中間的な役割も持ってる。魔力との相性も良いから、他の素材と混合するのにもとても向いているんだ」

「へえ、そうなんだ」

 男子たちも身を乗り出してきた。

「同じような役割としては他に、メディヘルビスが中級、これね。それからプロフィシバが上級薬の基材となるんだよ。これは乾燥させたもの。同じ基材でも精製水で煮込んで使う場合と、乾燥させて砕いてから浸しておくものなど、使い方によっても違ってくるんだ。飲むポーションと、体に付けるものでは作り方も違ってくる。それは、吸収率だったり、効能の濃さだったりするんだよ」

「濃ければ濃いほど良いってわけではないの?」

「うん。人間の体はね、何事もほどほどにしておかないとダメなんだよ。特に体の中に取り入れるものは、良いものでも摂り過ぎれば毒になる、ということもあるんだ」

「そうなの……」

「たとえば、そうだね。美味しくて栄養のある肉があります。体にも良いし美味しいからたくさん食べようと、そればかり食べる。そうすると、どうなると思う?」

「……お肉ばかりでは胃がもたれるわ」

「臭いもひどくなるよなあ。あと、飽きる」

「栄養過多になるかもね。ほら、丸々太った貴族のようになるよ、こんな」

 とアレストロが手で示す。皆が笑った。

 そして、顔を見合わせて、シウの話が分かったと頷いた。

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