218 再会と別れ、飛び級
翌日の水の日の午前中に、シウはキアヒたちと再会した。
王都には七日も前に来ていた彼等だが、アグリコラに剣を預けてから王都の外での依頼を請け負ったりしていたそうで、昨日ロワルに戻って来たらしい。
「トニトルスが戻ってきたら、またエルノワ山脈に行くの?」
と聞いたら、キアヒはいやと頭を振った。
「竜騎士たちと仲良くなってな。オスカリウス領の地下迷宮が面白そうだから行ってみようと思う」
「アクリダ?」
「いや、アルウスの方だ。騎士たちの訓練にも使っているというし、アクリダは商業化されていて、俺たちには物足りないだろうと言われた」
「そうなんだ」
「隻眼の英雄が持つ最短記録を更新しようと思ってな」
「最短記録って何?」
「地下迷宮で最短記録って言ったら、最深部まで到達した時間のことを指すんだよ」
へえ、と驚いて相槌を打った。
「最下層まで行くのも大変だがな。挑戦するのも楽しいだろうと思ってよ」
「そういうのが楽しいんだねえ」
へえーとしか言いようがなくて、ぼんやり答えてたら皆に笑われた。
「シウなら誰も打ち出せない記録を樹立しそうだ」
「やだよ。面倒そうだもん」
「相変わらずねえ」
彼等の定宿である鷹の目亭の部屋で語り合い、それからまた出発の時にでもオスカリウス邸で会おうと決めた。
仲良くなって、竜騎士たちの交替の時期に合わせて連れて行ってもらうことにしたそうだが、ちゃっかりしている。
キアヒたちと分かれると、学校へ向かった。
早めに着いたので、獣舎でフェレスと共に他の子とも遊ぶ。
騎獣たちは、懐かしい顔を見付けたと、喜んで遊んでくれた。
遊んだあとは、ブラッシングしたり水を与えたりとお世話する。時間があったので、厩の方も掃除した。
どちらも常に厩務員や家僕がいて、世話の慣れたシウが邪魔しても怒ったりしない。やりたいようにやらせてくれて、良い人ばかりだった。
午後の授業を終えると、担任のマットに呼ばれた。
教務員室へ入ると、何人かに挨拶されて、それぞれに「飛び級試験を受けて」と言われる。
マットの用件もそれらしく、頼むから受けてと言われてしまい、受けることになった。
上からの圧力がすごくてこのまま一年生をやらせられないということだった。
「たぶん、卒業試験も年末に受けさせられると思う。元々、シーカーに入りたかったんだろう? すでに大物の魔法使いから数通紹介状が来ているそうだから、あとは卒業させるだけだってな」
「……でも本当に? まだ一年なのに」
「本校始まって以来だよ。と言っても、二年で行った奴もいるからなあ。まあでもその人は当時十七歳だったらしいけど」
頭を掻きながら、机に寄りかかってシウを見る。
「とにかく、上級クラスを複数受けるか、高学年の専門クラスをもうひとつ増やすかしてくれたらいいんだ。何かやってみたい科目はないのか?」
「うーん」
「特殊科の魔道具作成とかはどうだ? 本職じゃないか」
「だって、ごくごく初歩的なものしか作ってなかったから」
「そうか……」
二人して唸っていると、教師の一人が近付いてきた。
「兵站科はどうだい」
ヴァレンという兵站科の教師だった。
「兵站かあ」
「物資輸送の勉強は、戦争関係なく楽しいがな」
「だったら、指揮科もいいんじゃないのか。シウ、お前確かクレール=レトリアと仲良くなっていたよな?」
「おい、マット。俺が勧誘しているのに邪魔するんじゃない」
二人がじゃれ合う中、他のクラスを思い出してみて、特に良さそうなのものも思いつかなかったのでヴァレンに声を掛けた。
「では、兵站科で。よろしくお願いします」
「おー、よしよし。今、専門科で他に受けているのはなんだ?」
「戦略科です」
「時間がかぶるな。あ、だが、あそこは火の日の午後一番だったよな?」
「はい」
「じゃあ、その日は休講でいいか。いない間のは補講か、課題を出すことにしよう」
「はあ」
ヴァレンがウキウキと話を進めていく。マットは肩を竦めて傍観の構えだ。
「あとは水の午後と、木の午前二番にあるが、調整は可能か?」
「飛び級試験を受けて合格したら、ほぼ空くことになるので。必須科目も教養の上級しか残っていないし」
「おー、そうかそうか」
「シウなら戦士科でも良かったのになあ」
「マット先生、戦士科も担当?」
「いや、時々手伝うぐらいだよ。戦士科だと相手が要るだろ? で、さあ、俺にはブロスフェルト師団の知り合いがいてな。お前の話も聞いたわけだ。身軽で、魔獣もさくさく殺していたそうだから、戦士科にちょうど良いと」
「それって的替わりってことですよね」
「あー。まあ、下っ端はそうなるのよ。ははは」
マットは悪びれもなく笑って、ヴァレンからは鉄拳制裁を受けていた。
結局、木の午前に飛び級試験を受けて、教養の上級以外は合格してしまった。
来週から高学年クラスの兵站科が増えて、その代わりに必須科目はすべてなくなった。教養の上級も、厳密に言えば必須科目ではないからだ。卒業するには中級まで修了していればいい。
最後に卒業試験と、研究成果を示せば良いのだが、紹介状をもらっているシウにはあまり意味のないことらしい。
そうはいっても残りの学生生活を正しく過ごすことに変わりはないのだけれど。
大幅に休みが増えてしまったシウのために、ではないが、学校側から手伝いの申し出があった。どうせ学校に行く日だから一日使ってしまっても良いかと思い、それを受けることにした。
水の午前と金の午後は中途半端に空いているので各授業の手伝いだったり、マットの話ではないが、的になることもあるのだろう、補助ということで入ることになった。
よって、火の午前と土の日が一日完全な休みとなった。
そうした話をしていたらリグドールたちから「お願い」をされた。
「火の午前に、補講?」
「うん。俺たちにも飛び級したり、授業の変更なんかで、それぞれ火の午前に穴が開いてるのが多いんだ。それを利用して、追いついてない授業の補講を頼めないかなと思ってさ」
「えーと、それはつまり、家庭教師みたいな?」
「そう。マット先生に相談したら、シウの空きを利用したらって言われて」
リグドールの説明に、アレストロが肩を竦めて笑う。
「マット先生、教えるのが下手だからね。逃げたんだよ」
「だね。はっきりと、俺は攻撃しか教えられん! って言い切っていたよ」
呆れ口調のリグドールに、周囲もうんうんと頷いた。
「ちゃんと家庭教師代は払うし」
「それは、いいよ」
「いや、そういうわけには」
「あー。本当にいいんだ。僕、今年で卒業になるらしいから、この学校ともお別れになるし。学校や皆に恩返し? 少しの間だからなるべく学生生活満喫してみたいし」
「……そう言われるとねえ」
「ていうか、そうか。シウ、いなくなっちゃうのか」
リグドールが目を潤ませるので、アントニーやアリスたちも悲しそうな顔になってしまった。
「あ、まだだから! まだだし」
「うん……」
「そういうわけだから、別に教えるのはいいよ。火の午前も、じゃあ朝から来たら良いってことだよね」
「うん……」
まだ落ち込んでいるリグドールを必死で宥め、皆もしんみりしつつ笑顔でリグドールを慰めた。
その週の終わり、キアヒたちがロワルを発った。
見送りにオスカリウス邸へ行ったのだが、ちょっとそこまでといった感じで手を振って飛竜に乗っていってしまった。
これぐらい気楽な方がいいなあと思う。
リグドールは幼い頃は体が弱くて、同年代の友達もいなかったようだから初めての友達に近いシウに思い入れがあるのだろう。
シウなど、転移ができるからか、人との別れがさほど大袈裟に感じられない。
最初にキアヒたちと別れた時の感傷は、初めての友達だったと気付いたからだが、今のリグドールも同じことを感じているのかもしれず、どうにも身の置き所がない気分だ。
ようするに気恥ずかしいのである。
まあ、まだまだ時間はあるので、それまでに、リグドールのためにも思い出を作っておこう。それと、人と人はいつでも出会えるのだということも、教えてあげたい。
そう思ってオスカリウス邸にはリグドールも連れてきていた。
「あっさり、行っちゃったな」
「うん」
「……いつも、こんな感じ?」
いつもというと語弊があるが、そんなものだと思って頷いた。
「そっか。まあ、会おうと思えばいつでも会えるんだよな」
「だね」
「通信魔道具もあるし。シウなら、飛んできそうな気もするし」
割と勘が鋭い。シウは笑って、そうだねーと答えた。
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