第五章 魔法学校 後半

217 夏休みも終わり




 学校が始まるまでの五日間、シウは毎日忙しく過ごした。


 冒険者ギルドに顔を出すと、養護施設の子たちが仕事を続けており、十級の仕事は極端に減っていた。不良物件もあるが、そちらはギルドの担当者が受けている。

 シウが受けられそうな仕事は残っていなかったので、ギルドを後にした。

 商人ギルドにも行って、販売のことや特許のことなど定例報告を聞いた。

 ドランの店オリュザにも顔を出す。店は順調に売り上げを伸ばし、厨房にも人が増えていた。給仕は相変わらず近所の主婦たちだ。

 また、ドレッシングを別の商人が販売したのだが、オリュザの店のレシピだと言って売り出したことで相乗効果があり忙しくなっているらしい。

 高級喫茶ステルラは夏だというのに繁盛している。

 桃のお菓子もさることながら、冷たいシャーベットなどが人気だそうだ。


 別の日には、知り合いのところへお土産を渡しに行ったり、デルフ国で狩った鬼竜馬や黒鬼馬の残りを解体し、部位別で真空パックにしたりと、毎日なにかしらやることがあった。

 溜まっていくばかりの魔核も半分は魔道具用に下処理したりと、やろうと思えばなんでも仕事は作れるのだ。

 もちろん、イオタ山脈にある爺様の家の見回りも欠かせないし、最近ではもはや自分の土地のように使い込んでいるロワイエ山のコルディス湖にも行った。

 湖畔にはテントではなく、間引いてきた木材を使って小屋まで建ててしまった。

 誰かの領地だと怒られるかもしれないが、王領でもなんでもないし、そうそう冒険者も入り込んで来ない場所なので、やりたい放題というわけだ。

 恩賞に、ここの一角をもらっても良かったのか、ということはこの時に気付いた。


 ところで、このロワイエ山での小屋づくりの最中、シウはとんでもない魔法を成功させた。

「……空間ごと転移するってことは、そういうことなのかあ」

 自分でやっておいてなんだが、唖然として宙に浮かぶ小屋を見た。

 ふと、何気なく、転移してみたのだ。

 すると、作った小屋が地面まるごとすぐ隣に移動した。

「家が転移するってことは、これから、野営に困らないってことだよね」

 それは嬉しいかもしれない、と思ったものの、

「あ、でも、誰にもバラせない……」

 すぐに、こんな魔法皆の前では使えないということに気付いた。

 がっくりきてその場に倒れ込むと、フェレスが上に乗っかってきた。

「重い重い! フェレス、自分の大きさ自覚してー」

「にゃぅにゃぅ」

 ふふふと笑って誤魔化された。とはいえ、フェレスも全体重を乗せてきたりはしない。ちゃんと前足で踏ん張っているので、半分冗談なのだ。ただ、残り半分が、重い。

 猫の愛はなかなか大変なのである。


 コルディス湖は景色が素晴らしく、ここでの滞在はシウのみならずフェレスも気に入っているので、勝手に小屋まで作った上に庭も作ってしまったが、一応隠す気はある。

 湖畔から丸見えとならないよう、大きな木の陰に作ってみた。

 木の陰ではあるが、森の中へ入り込んでもいないから窓から眺める景色は最高だ。

 とはいえ、見付かって面倒事になるのも嫌だから、いざという時に仕舞えるかどうか、試しに空間庫へ入れてみたら入ってしまった、というわけだ。その後、庭ごと入ることも確認できた。

 魔法って素晴らしいなと、シウはしみじみ実感した。




 そんな楽しい夏休みを過ごし、一ヶ月ぶりの学校が始まる風涼しの月へと替わった。

 こうして楽しく思えるのも、規則正しい学校生活があるからこそだ。

 学校へ通う前は特に何も考えずに毎日働いていたし、日々の小さなことが楽しかったけれど、休み自体を楽しいと思ったことはない。

 面白いものだ。

 働くことも大切だけれど、休みを取ることも大切なのだと知った。





 久しぶりの学校は、夏休み明けのだれた生徒が半数以上を占めていた。

 残りは仲良しの友達に会える喜びで、はじけている。

「久しぶりだね。元気にしてた?」

「うん。アレストロも元気そうだね。ヴィクトルは焼けた?」

「せっかくシルラル湖の別荘で楽しんでいても、ヴィクトルは毎日朝から晩まで剣の稽古三昧だったからね」

「それは言い過ぎです。朝から昼までで、午後からは空気砲を練習していました」

「……稽古だね、それは」

 ヴィクトルは斜め上に視線を向けて、そうかな? と考えているようだった。

「三人は闘技大会に行ったんだよね? 面白かった?」

「面白かったよ。アレストロも一緒に来れたら良かったのにな」

 リグドールが答えたら、アレストロは肩を竦めた。

「もう少し早く分かっていたらね。僕も残念だよ。兄上や姉上のお供もあって、六番目は忙しいんだ」

「きょうだいが多いとな。俺は気持ちが分かる」

「ああ、レオンのところも、きょうだいが多いってことになるものね」

 角が取れて丸くなったレオンと、アレストロは普通に喋っている。

 アントニーたちもやってきて、教室はわいわいがやがやと煩くなってきた。


 授業はいつも通りに行われ、お昼休みにまた皆が集まってそれぞれの夏休みについて話す。

 お土産合戦も始まった。

 リグドールはボルナ王都の出店で見付けた品々を、それぞれに渡して回った。

 アリスに渡す時だけはちょっと照れていたが、アリスが喜んだので得意満面の笑みを見せた。その後すぐに表情を改めようとするから面白い。

 レオンもこうしたことには興味がないかと思ったが、旅行で浮かれていたらしく(本人がそう言った)、全員にお土産を配っていた。ただし、投げナイフだ。

 どういう気持ちでこれを買ったのだろうと、シウももらったので手にして考え込んでしまった。

 シウは、鬼竜馬の角で作った護符を渡した。マルティナなどは気味悪そうに見ていたが、効能を教えると喜んでスカートのポケットにしまいこんでいた。

 ちなみに効能は、攻撃魔法を阻害する、である。大体、魔獣の角には何かしらの効能があるのだが、鬼竜馬も例にもれずそうした機能があった。小さく加工してもそれは残っており、自らを傷つけるようなものは自然と弾いてくれる物となった。

 アントニーはルビーやサファイアなどの宝石が混じった鉱石をくれた。父親の仕事の関係で避暑に行き、そこで鉱山の試掘に連れていってもらったそうだ。小さいから価値は大したことがないんだけどと言って謙遜していたが、鉱物としても綺麗だし、置物にもちょうど良さそうだった。

 アリスはリグドールと同じで、各自に合わせて小物を買って来たようだ。シウにはエプロンが渡された。同じ布で、スカーフも渡され、そちらはフェレスへとのことだった。

 コーラとクリストフは慌てて王都で買ったらしいお菓子。別にいいのにと思ったが、お茶請けに! と渡された。

 ヴィヴィもどこにも避暑なんて行ってないので用意してないわよと言いつつ、皆に紅茶を奢ってくれた。こちらもいいのにと思ったが、食堂の紅茶は学生割引が利いていて安いからいいのよ、と返されてしまった。

 マルティナは薄い金でできた栞をくれた。シウ以外はあまり使いそうにない代物だ。リグドールなどはぺらぺらと指でつまんで動かしていたから、そのうち折ってしまいそうだ。

 ヴィクトルからは何故か袋を渡された。立派なビロード生地の布だ。貴族が大切なものを入れるのに相応しいような生地である。

 皆が顔を見合わせてなんだろうと思っていたら、最後にアレストロからすごいのが渡された。

 ちなみに持ってきたのは彼の従者エミルだ。重い荷物と言わんばかりで、真っ赤な顔をして担いできた。

「……熊の置物、ですか」

 アリスがちょっと呆然としていた。

 アレストロはにこにこ笑っている。

 彼には全く悪気がない。

「面白いでしょう? 熊が魚を口に咥えているんです。勇ましいけれど、三目熊と違って怖くないので女性にも良いかなと思ったんです。皆に同じものをと思って買い揃えました」

「……熊」

 唖然とする皆に、アレストロは熊の置物を作った人は現地の芸術家で、と説明を始めた。

 その横でヴィクトルが黙々と箱から全員分の熊の置物を取り出した。エミルも慌ててそれに倣う。

 更に黙ったまま、置物を先ほどの布に仕舞っていった。

 つまり、熊の置物の入れ物だったのだ。

 ヴィクトルはアレストロの買い物を止められなかった。代わりに入れ物をと思ったのだろう。良い従者だなあと思ったが、本当に良い従者はこの買い物を止めてくれるはずだなと思い直した。

 アレストロは最後まで、皆の微妙な空気に気付くことはなかった。

 午後の授業が始まる鐘の音が鳴るまで、延々と芸術家について語っていたのだから。



 戦略科のクラスでは休みの人が多かった。

 どうしてだろうと思いつつ先生を待っていたら、エドヴァルドが滑り込みでやってきた。

 授業終わりに教えられたが、高学年の貴族の子弟たちは成人してるので、社交界へ出る機会も頻繁に増え、疲れているそうだ。特に避暑地では毎日がパーティー三昧らしい。

 夏休み明けはいつもこうだと教えてくれた。

 話し終わってから、シウはエドヴァルドにお土産を渡した。

「デルフの闘技大会に行って来て、ついでなので古書店めぐりをしたんです。これ、良かったらどうぞ」

 古代語で書かれた判例集を渡すと、飛び上がらんばかりに喜んでくれた。

 抱き着かれたので慌てて剥したのだが、何故かエドヴァルドの従者たちはにこにこしていた。主が幸せならそれでいいのか。乱暴に剥したのに、怒られなくなっただけマシなのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る